2015年3月22日日曜日

ペルシア語とか教科書のこと

こないだ拙宅(テヘラン某所)で外大会を開いたときのこと。
大阪大学外国語学部ペルシア語学科(旧大阪外大)からやってきた留学生に聞いたのですが、イラン人の先生は文語を教えていて、日常生活の用法は教えてくれなかったとのこと。

木村肥佐生さんの本にこんなことが書いてあったことを憶えています。
モンゴル語の教科書では、「お願いだから殺さないでください」「お金をあげるから命は助けてください」など、たとえば飛行機が墜落してパイロットが敵に囲まれたときに使うような例文が書いてあったと。

木村肥佐生さんは10代なかばで蒙古善隣協会の研修生としてモンゴルの農場で羊の品種改良の仕事をして、それから外務省のスパイになってチベットまで行き、そこで終戦を迎え、日本に帰ってきたという人です。「チベット潜行10年」などの本を出しています。

我が輩が若いころ勉強した中国語の教科書事情も同じような時代背景があります。我が輩の教官の世代が日華事変から大東亜戦争の時代に学んだ教科書には、スパイを捕まえた時の具体的な用例、「正直に話したら命は助けてやる」など、日常?生活に密着した用例があったとか。

学ぶ言語により、教科書の背景が違うということです。

我が輩がパキスタンに赴任するまえ、ウルドゥー語の教科書をあれこれ見定めしていたところ、数少ない用例集は、ほとんどがぶっきらぼうな命令形で書いたものがあり、ずいぶんと違和感を覚えました。
「もっと別の料理を出せ。早くしろ。」
「違う色のものはないのか。」
「勘定書きをもってこい。」
「そうではない、こっちに行け。」
など、正確な記憶ではありませんが、ことごとく傲慢とも思えるくらい上から目線の命令形の例文が並んでいました。

しかしこの違和感は、パキスタンで暮らすうちに消えてしまいました。
使用人に命令形で言わない限り、彼らが理解しないのです。
ついでに言えば、男尊女卑が徹底した社会で使用人は運転手、掃除夫、洗濯人、料理人などふつうはそのことごとくが男であること、そして誰が雇用者で誰が被雇用者なのか徹底していても、徐々に被雇用者側に日常生活が侵略される(使用人の生活範囲が使用人部屋をはみだして雇用者のリビングルームを侵略するとか、冷蔵庫の中身が徐々に侵略されるとか)という事象が普通に起きること、背景に抱えている貧困がほとんど奴隷の生活であることから、同じレベルで付き合えないということがわかってきました。

たとえばリビングルームのソファに寝そべって本を読もうとすると、どこからかカレー臭いホームレス臭が漂ってくる。そういうときは使用人に、「マスターが不在のときにリビングルームのソファーで昼寝をしてはいけない。」
「毎日沐浴をしろ。この石鹸を使い、この消臭コロンを体にふりかけろ。」
「もし守れないのなら明日から来なくていい。」
と具体的に命令形で指示を出さなければなりません。
「頼むから〜しないでください」なーんて言おうものなら、速攻でナメられてしまいます。
雇用者がマダムの場合などなおさらです。

てなわけで、ペルシア語に文語からはいると聞いた時、イランはなんて平和なのだろうと思い、さらにさすがハフェーズ、オマール・ハイヤムなど詩人の国だ、と感嘆したわけであります。

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