ビル・ゲイツは不倫をネタにジェフリー・エプスタインに脅迫されていた
2023年5月22日月曜日 - 午前5時00分
マイクロソフトの共同創業者であるビル・ゲイツが、ジェフリー・エプスタインと「食事をしただけだ」と言ったのを覚えている。
2人には、ロシアのブリッジプレーヤー、ミラ・アントノヴァという共通点があった。(もちろん以前からわかっていたことだが。)
Wall Street Journalによると、ゲイツは2010年にブリッジの大会でアントノワと出会い、不倫関係になった。3年後、ゲイツの同僚であるボリス・ニコリックがオンラインブリッジビジネスで失敗し、50万ドルを集めるためにジェフリー・エプスタインに彼女を紹介した。エプスタインは彼女がコーディング教室に通う費用を支払った。
2014年、アントノヴァは「エプスタインが提供したニューヨークのアパートに短期間滞在」したが、彼女の教育費を支払った人物とは会っていないと主張している。
2017年、小児性愛者の金融業者エプスタインはゲイツを脅迫した。ゲイツにアントノヴァの教育費を払い戻すようメールで要求した。ゲイツは、この2017年のメールを、2010年の不倫を暴露する脅しと解釈した。
哀れな勃起不全のゲイツは、実はずっとエプスタインの被害者だった。報告書のためにインタビューを受けた全員が、エプスタインのロリコン性売買作戦について何も知らず、「彼のすることに嫌悪感を抱いた」などと言っている。
2013年3月、2人がBFFブレスレットを捨てるずっと前に、2人はノーベル平和賞委員会の委員長(当時)であるThorbjorn Jaglandの家でたむろしており、そこで2人は「ゲイツ氏のポリオ撲滅活動の一環として、アフガニスタンの治安状況について話し合った」とゲイツのスポークスマンが言った。そりゃそうだろう。
慈善基金に取り組んでいたエプスタインは2013年、エプスタインのタウンハウスを訪れていたゲイツやノルウェーの関係者と面会した。エプスタインはゲイツ財団の元職員に、自分はノルウェー人と知り合いであり、ゲイツがポリオ撲滅のためにノーベル平和賞を受賞するのを手助けできる、と話した。
以下は、報告書に記載されているその他の内容である。
「2011年からゲイツは、エプスタインのニューヨークのタウンハウスでの夕食を含め、エプスタインと数回のミーティングを予定していたことが文書で明らかである。」
ゲイツは2013年3月、エプスタインのロリータエクスプレスジェットでニュージャージーからフロリダへ飛んだ。「同月、2人はフランスでノーベル平和賞委員会の関係者と会った。」(Thorbjorn Jaglandのこと。)
2012年、エプスタインはゲイツに、JPモルガンが運営する、最低金額1億ドルの慈善基金への投資を持ちかけた。この投資計画はのちに頓挫した。
ジェス・ステイリーとメアリー・エルドーズに宛てたメッセージの中で、エプスタインはゲイツのチームにファンドを売り込む方法をJPモルガンの幹部たちに実質的に指導した。
エプスタインは2011年8月16日に、「このファンドにより、ビルは、彼の結婚生活や現在の財団職員を損なうことなく、より質の高い人材、投資、配分、ガバナンスにアクセスできるようになる」と書いている。
翌日、エプスタインは「ビルはひどく苛立っている。彼は、うまくいっていないものを捨て、うまくいっているもののいくつかを後押ししたい」と書いた。
6週間後の10月2日、エプスタインはジェス・ステイリーとメアリー・エルドーズに、JPモルガンのプレゼンテーションを批判する別のメールを送った。「プレゼンがビルをターゲットにしたものではなかった。重要なのは彼だけ、たった一人なのに。」
チャリティーファンドは軌道に乗らなかった。JPモルガンの広報担当者はエプスタインについて、「会社は彼を顧客として必要としなかった」と述べた。「紹介する必要もなかった。エプスタインの所業がおおやけになったいま、エプスタインとの取引がなければよかった。」
同銀行の広報担当者は、エルドゥースはコメントを控えた。JPモルガンに在籍していないステイリーの弁護士は、コメントに応じなかった。ステイリーは以前、エプスタインとの友好関係を後悔していると言った。(ウォールストリートジャーナル)
2012年くらいにこの取引が決裂し、2013年に2人がノーベル平和価格委員会委員長の家で歓談したことを考えると、2人が仲直りしたことは明らかだ。
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