2026年8月31日月曜日

吉田成之:ロシアは勝てない

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【特報】「ロシアは勝てない」…CIA長官がモスクワ電撃訪問でプーチンに突きつけた〈侵攻停止〉と〈和平交渉開始〉

公開日時:2026/08/30 19:00

吉田 成之

新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

開始から4年半が経過したウクライナ侵攻が8月末、大きな局面転換を迎えた。

モスクワを8月25日に電撃訪問した米中央情報局(CIA)のジョン・ラトクリフ長官がロシアのウラジーミル・プーチン大統領の側近らに対し、ウクライナによる長距離ドローン攻撃拡大などにより、ロシアが戦争に勝つのは不可能であり、侵攻をやめてウクライナとの和平交渉に応じるよう求めたからだ。

ラトクリフ長官は、プーチン大統領がこれに応じなければ、アメリカはウクライナへの本格的な軍事支援を行うとの通告も行った。

「ロシアの勝利は不可能」と初めて伝えた

トランプ政権が戦局に関して、勝つ見込みがないとの評価をロシアに伝え、侵攻停止と和平交渉開始に応じるよう要求を突き付けたのは初めてである。

今後の焦点は、この驚くようなラトクリフ長官の通告に対し、プーチン大統領がどのように対応するか、だ。

しかし、ロシア軍はラトクリフ訪ロ直後の8月28日、キーウに対し大規模な攻撃を実施。数十人規模の死者を出すなど、侵攻をエスカレートさせており、現時点で和平に応じるような構えは示していない。

ラトクリフ長官はその後、ウクライナと欧州主要国に対し、今回のモスクワでの協議内容について正式のデブリーフ(報告)を行った。これを受けウクライナのアンドリー・シビハ外相は、9月初めにアイルランドの首都ダブリンで開催される欧州連合(EU)の外相級会議に出席して、欧州側と今後の対応を協議することになった。

25日にラトクリフ長官がモスクワで会談したのは、情報機関のツートップであるロシア対外情報局(SVR)のセルゲイ・ナルイシキン長官と、連邦保安局(FSB)のアレクサンドル・ボルトニコフ長官。いずれもプーチン大統領の側近だ。

「軍部は正しい戦況をプーチンに伝えていない」

会談は個別に行われた。事情に詳しい関係筋が筆者に明らかにしたところによると、ラトクリフ長官は以下のような趣旨の指摘を両長官に行ったという。

「ウクライナのドローンによる長距離攻撃などにより、ロシアは大きなダメージを受けており、もうロシアは勝てない。ゲラシモフ参謀総長はじめ軍部は戦況について、プーチンに正しい情報を伝えていないのだろう。だから、君たちが伝えろ。もしプーチンが戦争終結に応じるなら、和平に向けた協議をしよう。こちらも悪いようにはしない。しかし、もし協議を拒否し、侵攻を続けるなら、トランプはウクライナ側に明確に付いて武器を供与する」

この発言が意味するところは何か。まず、プーチン大統領が侵攻を続ければ、今後トランプ政権は、相互連携を強めているウクライナと欧州の輪に明確に加わるということだ。つまり、ウクライナ・欧州+アメリカに対し、中国、北朝鮮がロシアを支援するとの対峙の構図が明確になる。

一方で、和平交渉に応じれば、プーチン大統領に対し、悪いようにはしないとの発言の意味ははっきりしないが、和平実現後も大統領としてのプーチン大統領の立場を尊重する、といった趣旨である可能性もある。

トランプ大統領にとって、今回の突然の路線変更の背景には、今年11月のアメリカ中間選挙をにらんだ、選挙戦略があることは間違いないだろう。

今年2月に始めたイラン戦争がアメリカの思惑どおり運ばず、出口も見えない中、ホワイトハウスとしては、中間選挙前に、ウクライナ侵攻をめぐる停戦を実現し、貴重な外交成果をアピールしたいところだ。

一方のウクライナは、今回のラトクリフ長官の訪問結果をもろ手を上げて歓迎した。冒頭のデブリーフの全容を明かさなかったものの、ウラジーミル・ゼレンスキー大統領は8月28日、こう述べた。「今後何をすべきか、また何がなされるべきかについて、アメリカは非常に現実に沿った見方を示してくれた」。

これまで、国力や兵力に勝るロシアがいずれ勝つだろうとの見方を基に、ロシア寄りの仲介工作をしてきたトランプ大統領は今年夏以降、徐々にウクライナ寄りに姿勢を変化させてきた。

それがついに、ウクライナの軍事的優位を前提にした和平仲介を行うという、ホワイトハウスの大きな戦略転換へ進展した。今回のデブリーフにより、ゼレンスキー大統領はその手応えを明確に感じたのだろう。

トランプ政権は実務的な裏の交渉ルートを持っていた

ラトクリフ長官の訪ロで初めて判明したことはまだある。

これまでもラトクリフ長官がSVRのナルイシキン長官らロシアの情報機関との間で、侵攻をめぐる協議を行う交渉ルートを水面下で持っていたという事実だ。

これまで外交の表ルートでクレムリンと協議していたアメリカ側の主役は、ウクライナ和平を担当するスティーブ・ウィトコフ和平交渉担当特使とトランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏だった。しかし、両氏がモスクワを訪問し、プーチン大統領らと会談したのは今年1月が最後。両氏による和平調停は事実上、ストップしている。ウィトコフ氏は度々ロシアにすり寄る姿勢を示し、ウクライナや欧州から反発を買っていた。

つまり、トランプ政権とクレムリンは、情報機関同士の、よりプロフェッショナルな、実務的な裏の交渉ルートを持っていた。

この裏交渉ルートの存在が表面化して筆者が思うことがある。ナルイシキン長官は、22年2月22日の侵攻開始直前に開かれたクレムリンでの安全保障会議の場で、侵攻への支持を求めたプーチン大統領に対し、支持を即座に明言せず言葉を濁したため、プーチン大統領から「支持するのかどうか、はっきり言え」と一喝されて初めて支持を明確にした、という経緯がある。いわば消極的な侵攻支持派だった。

一方のラトクリフ長官は、トランプ政権の閣僚クラスでは、数少ない対ロシアのタカ派である。その意味で、両者の間で今後も交渉が続くか否かも注目点である。

他方、ウクライナは、年末までの停戦実現という目標を掲げている。今回の米ロ協議でのラトクリフ発言は、その実現に向け、確実に追い風になりそうだ。長距離ドローン攻撃の拡大に加え、秋には完成したばかりの初の弾道ミサイルを実戦配備して、ロシア全土の石油精製施設や軍事関連施設への攻撃をさらに拡大する方針だ。

これが狙い通りにいけば、今年末までに、プーチン大統領が音を上げる形で、停戦交渉に応じざるをえなくなる状況を作ることが可能と、ウクライナ側は見ていた。今回のホワイトハウスの戦略転換が、これに大きな弾みを与えると期待しているのは間違いないだろう。

ロシアはどうか。プーチン大統領は上記したように、軍事作戦をエスカレートしており、9月半ばの下院選挙後には数十万人規模の追加動員を行うとみられている。しかし、今回のラトクリフ提案を受け、ロシアの支配層内で、侵攻継続への反対論がいっそう広がる可能性が出てきたと筆者は見る。

ロシア・エスタブリッシュメントで広がる「侵攻継続反対論」

アメリカと欧州がウクライナ側に明確に立つということは、ロシア支配層にとって恐怖だからだ。プーチン大統領の支持率は今年に入り、じわじわ下がっているが、この要因の1つが戦争の長期化であることは間違いない。そればかりか、プーチン大統領に近い経済界大物からも侵攻継続に消極的な意見が続出しているのが実情だ。

今回、ラトクリフ長官がロシア側に対し、侵攻について「暗い見通し」を伝え、状況がさらに悪化する前に和平を実現するよう呼び掛けたことは当初、米有力紙ニューヨーク・タイムズ紙が最初に報じ、これを基に筆者が追加取材し、同長官の発言内容がより詳しく判明した。

ラトクリフ長官は今回、ロシア側に対し、アメリカが発表した対イラン制裁拡大に協力し、イランへの軍事面も含めた協力を止めることも要求した。一方で、同氏がロシアに対し、バルト3国など北大西洋条約機構(NATO)加盟国への武力攻撃をしないよう牽制したとの情報も流れたが、今回の協議では、バルト攻撃問題は出なかったという。

日本政府は今回のデブリーフを受けたのか

最後に筆者として、気になる問題に触れたい。

それは、モスクワでのラトクリフCIA長官の協議内容について、日本政府がウクライナや欧州主要国と同様にデブリーフをアメリカから受けたか否かである。

たまたま、この米ロの高官協議の直後、船越健裕・外務事務次官が8月27日から29日の日程でワシントンを訪問し、クリストファー・ランドー国務副長官らと協議した。次官は9月に予定されるアメリカでの米中首脳会談やイラン情勢などについて話し合ったといわれる。


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