ディミトリ・ラスカリス:「イラン人を解放する」と言いながら殺してる
https://www.youtube.com/watch?v=_so9DMN9_6s
They're 'Liberating' Iranians By Murdering Them
Reason2Resist with Dimitri Lascaris
こんにちは。デメトリ・ラスカリスや。2026年3月21日、テヘランからReason to Resistのためにお届けする。トルコから国境を越えてここに来てからおよそ2日が経つ。3月20日の早朝にトルコとの国境を越えた。
最初のレポートで話したように、トルコとの国境からテヘランに至る道にあるタブリーズについて報告した。20日の夜通し移動して、タブリーズに午前4時半頃に到着した。タブリーズとその周辺で丸一日かけて爆撃現場を調査してアメリカとイスラエルによる爆撃の被害者たちと話した。このレポートはそれについてや。タブリーズに1日滞在して調査できた残虐行為についてのレポートや。
それから20日の夜遅くにテヘランに向けて出発した。今朝の午前4時半にここに着いた。午前6時にはモサラー・モスクに向かった。10万人を超える大規模な集会があってな。テヘランで今日見て行ったことは、明日公開予定の別のレポートで扱う。今日はタブリーズに集中する。
タブリーズについて
タブリーズはイラン最大の都市の一つで、国の北部にある東アゼルバイジャン州の州都や。そこにいる間に知った興味深い事実がある。今年1月にイランで起きた最近の抗議と暴動の際、地元住民によるとタブリーズは静かやったらしい。その説明として聞いたのは、シャー(国王)の時代、ペルシャ民族主義者やったシャーがイランのその地域、特にタブリーズのアゼルバイジャン人大人口に対して好意的やなかったということや。だからシャーに対する長年の嫌悪感が他の地域よりも強く残ってる。イランの海外在住者や一部のイラン国内でシャーの帰還を求める声に対してほとんど同情はない。それがタブリーズが1月に他のイランの都市で見られたような抗議や暴動を経験しなかった理由を説明してる。
このレポートに登場する人々は、はっきり言って君主主義者のファンやないし、イスラム共和国の維持に強く傾倒し続けてる。
第一現場:破壊された住宅
タブリーズでの最初の停車地は、数日前に米・イスラエルの空爆で破壊された住宅ビルやった。空爆で父親と3歳と13歳の二人の息子が殺された。母親は攻撃時に居合わせたが、軽傷で生き延びた。この惨事の現場を訪問した際、母親と家族を助けに来た救急隊員と話した。二人とも話している間、非常に取り乱してた。
(地元のムハンマド大学教授による説明): ここには洗濯機、冷蔵庫、ガス、完全に普通の家があるだけや。
タブリーズへようこそ。ここはイランで最も重要な都市の一つや。タブリーズはイランのメガシティで、テヘランとマシュハドに次ぐイランで3番目の都市や。完全に経済的な都市で、この街の心臓部はバザールや。ここは住宅街や。この看板に書いてあるのは「アメリカの犯罪の証拠」や。イスラム革命の時代から50年間、ずっとこのスローガンを持ち続けとる。
ここは住宅地で住宅マンションや。このマンションには3人のシャヒード(殉教者)がいた。父親は床屋、散髪師やった。二人の息子も。先週、イスラエル空軍に直接標的にされた。
重要な点を言わせてくれ。イランには軍人家族や政府支持者のための特別な居住区や地域はない。イランの全ての地区は混在してる。一般市民も軍人家族も全員一緒に住んでる。だから「軍人が多い特別な地区を標的にした」とは言えへん。完全に混在してる。この都市の一般市民に何が起きたか見てくれ。
ラスカリス: 他にも何世帯かここに住んでて他の人も怪我したと言ってたな。政府はなぜこのビルが攻撃されたか何か見当がついてるか?事故やったと思ってるのか、それともイスラエルが意図的にやったと思ってるのか?
ムハンマド教授: ここは完全に中産階級の人々が住む住宅地や。完全に無差別な攻撃やったと思う。これが知ってることの全てで、これは法的な言い訳さえない住宅地で爆撃された別の都市でも起きてる。
ラスカリス: 近くに軍事施設はあるか?
ムハンマド教授: 何もない。ここで殺された男性は床屋やった。この地区の有名な散髪師やった。イランでは、特にタブリーズのような都市では、軍人家族や政府支持者のための特別な地区はない。どの地区にも政府に反対する人、ヒジャブなしの女性、ヒジャブをつけた女性、軍人家族、政府支持者がいる。そういう社会的な分類は存在せえへん。特にこの地区では、隣人の中には政府に文化的に反対する人もいたけど、このマンションの隣人やったし、このマンションは完全に住宅マンションや。古いマンションで中産階級の人々のものや。そこに書いてある、「アメリカの犯罪の証拠」と。
母親の証言
ムハンマド教授が空爆の被害者の母親を紹介してくれた。彼女の家族が殺されたのはほんの数日前やということを頭に置いて聞いてほしい。しかも彼女自身もこの攻撃で怪我をしてる。
(翻訳を通じて): 攻撃は夜に起きた。息子が歯医者から帰ってきて薬を飲んだところで、午前5時やった。礼拝の準備のために手を洗っとった。突然爆発が聞こえた。マンションの反対側の階段に投げ飛ばされた。叫んで「ハビブ、助けに来て」と呼んだ。何も聞こえへんかった。何も言わへん。どこも真っ暗になった。体が動かせへんのがわかって「助けてくれ」と叫んだ。このビルから出られる方法がなかった。「神様のために助けてください」と叫んだ。誰も爆発やと信じてへんかった。「事故かもしれへん」と思ってた。でも事故やなかった。爆弾やった。
外に出たら隣人たちがくれたような布と服をもらった。そこに走っていった。後ろに見える瓦礫、それが全部ここに積み重なってた。子供たちの上に倒れ込んできた。「瓦礫を動かさんといて、子供たちが中にいる」と言ったけど、「もう車がある、連れ出した、見せてあげる」と言われた。瓦礫が子供たちの上にあった。救急隊員に「息子たちが出てくるまでここを離れられへん」と言った。「安全にできる、でも死んでた」と言われた。
病院で家族みんなに「家族はどうや、子供たちは、父は」と聞いた。「安全や」と言われた。父は床屋、普通の人やった。三人が殺された。ハビバの写真を見てくれ。この地区の有名な散髪師やった。そして二人の息子。何歳やったか?一人は3歳、もう一人は13歳。マフールは3歳、マハンは12歳か13歳。生き残った子はいるか?2人だけ。
息子の荷物が爆発でここまで飛んできた。後で映像を見て気づいた。
救急隊員の証言
父親と二人の息子を救おうとしたが果たせなかった救急隊員の話も聞いた。話しながら彼も母親も涙が止まらへんかった。
救急隊員(ムハンマド・アハメド、この州の救急部門長): この事件が起きた日、システムからの通知があった。ザーフェラーニーエ地区が標的にされて被弾したとの報告が入った。すぐに救急隊員とグループメンバーをこの場所に送った。到着した時、通りの全員が「助けてくれ、人を救って」と叫びながら懸命に助けようとしてた。
「瓦礫の下の人たちがまだ生きてる気がする、急いでくれ」と言ってた人がいた。イランのイスラム共和国では、救急隊員として現場に行くたびに、そこにいる人たちを自分の家族のように感じる。最善を尽くして救助する。
最初は瓦礫の量が大量すぎてアクセスできへんかった。手で機械でできる限り瓦礫を動かそうとした。壁の隣に何かを見つけた。足が見えて、人間やとわかった。
(母親が割って入って): 子供たちはどうなってるか?もし全員殺されても、無実の人々が死んでるという大きな問題がある。3歳と13歳の子供たちを殺した。本当に助けに来たなら、イランの国民に何故こんなことをするのか?トランプとその支持者たちは大きな問題を抱えることになる。大切な人を失ったから、彼らはその代償を払う。
タブリーズの被害状況
救急隊員たちはタブリーズとその周辺でアメリカとイスラエルが3週間にわたってイランの人々に対して戦争を仕掛けてきたことによる死者と破壊の規模を説明してくれた。
ラスカリス: 戦争が始まってから何棟のビルが被弾したか?
救急隊員: 3,500棟のビルが報告ファイルとして記録されてる。そのうち完全に破壊されて修復不可能なものが1,000棟以上ある。死者と負傷者は?東アゼルバイジャン州全体で89人が殺されて殉教した。タブリーズ市では96人が死亡。23人はここで埋葬されたが、例えばテヘランに住んでてタブリーズ出身だから遺体が運ばれてここに埋葬された人も含まれる。39人は一般市民の普通の人々で、そのうち9人は12歳以下の子供やった。東部の別の都市では兄弟2人と妹1人が殺された。その3人の子供の写真、戦争の3日か4日目に殺されたんや。
壁の文字について
最後にムハンマド教授に、破壊されたビルの壁に見えた殺された最高指導者アリー・ハメネイの写真について聞いた。
ムハンマド教授: タブリーズの学生、イランの学生がここに書いたんや。「真っ赤な死はアメリカの支配の下で生きるよりマシや」と書いてある。赤というのは血まみれという意味や。これはイマーム・フサインから学んだ言葉や。アシュラの文化、イマーム・フサインの文化から学んだ。死ぬまで戦うが、アメリカとイスラエルの支配は決して受け入れへん。
ラスカリス: 名前を聞いてもいいか?
ムハンマド教授: ムハンマドや、ムハンマド・アガリや。大学教授で文化研究者や。文化とコミュニケーションの博士号を持ってる。テヘランのイマーム・サーデグ大学に勤めてる。タブリーズ生まれのタブリーズ育ちや。
第二現場:ゴミ収集施設
次の停車地は、理解しがたい理由で米・イスラエルの空爆で破壊されたゴミ収集施設やった。残骸となった施設で、致死的な攻撃の後すぐに現場に来た市の職員と話した。
市職員(フセイニ): ここに戻る途中やった。ゴミを運ぶトラックが8台あって、ひどい被害を受けた私有車もあった。準備中やったんや、これらのトラックが仕事の準備をしてた。私はこれらの車のガソリンを調達するために出かけてて離れた場所にいた。戻ってきたらこの車の運転手が死んでて、5?6人の作業員が負傷してた。爆発の衝撃波でひっくり返ってた。左に見えるボックスは全部市の機器が入ってた。屋根の損傷もそれ以前からやったか?それも爆発の衝撃波でや。
運転手1人が死んで、5人が負傷した。そしてあの住宅街では30人が負傷した。爆発の衝撃波があそこまで届いて、窓もガラスも全部割れた。家はずっと向こうにある。そこで30人が負傷した。
取材中に爆撃警報
このゴミ収集施設での撮影を止めた後、遠くで2回大きな爆発音が聞こえた。その時点で市がタブリーズが爆撃を受けてると宣言した。
救急隊員: 市が今「赤色警戒」を宣言した。この市は今、爆撃を受けてる。今聞こえた音は爆発音やった。大きな爆発が2回。
市が爆撃中と発表して数秒も経たへんうちに爆発音がした。タブリーズが爆撃を受けてると知ったとたんに、遠くで防空システムが作動する音が聞こえた。
当局が市が爆撃中という警報を解除した後、破壊されたゴミ収集施設を離れて次の目的地に向かった。
第三現場:アザルシャフル、郵便配達員の死
次の目的地は東アゼルバイジャン州のアザルシャフルという町やった。人口約37,000人で、タブリーズ市から車で30分ほどの場所や。3月10日、米・イスラエルの空爆がこの町を直撃して、職場にいた郵便配達員が殺された。ガイドが殺された郵便配達員の家族と話せるよう手配してくれてた。到着すると、被害者の父親とアリ・アクバルという名前の10歳の息子から話を聞いた。アリ・アクバルは父親の死への復讐を誓った。
(マルティルの隣人): こちらがシャヒードの家や。郵便官やった。米・イスラエルの攻撃の際に殺された。隣に家族と友人がいて、何が起きたか説明してくれる。
父親(ラーマン): 来てくれて感謝する。私の名前はラーマン。殉教した息子の父親や。息子が殉教者になったのは私の名誉や。それが私の名誉で夢やった。イランの武力と革命の指導者に挨拶を送る。はっきり言う、息子の血は報われなあかん。
息子(アリ・アクバル): 父は人々に奉仕してた時に殉教した。それは私の名誉や。大きくなったらイスラエルとアメリカから父の血の復讐を取る。夢は大きくなったらイスラエル政権に同じことをすること。父に対してしたことと同じことを、彼らの首相と官僚たちに対してする。誇りを持って家族の側に立ち、誰にも家族を傷つけさせへん。父の名前と名誉を貶めることは決して許さへん。父の人格と個性を守り続けて、誰にも父について何も言わせへん。
ノウルーズの祝い
タブリーズでの1日を締めくくるために、夕方に市の中心部に戻ってイランの新年、ノウルーズのお祝いに参加した。中央広場に着いたとき、こんな光景が目の前に広がった。
後で夜になって、旗を振るイラン人たちが「降伏せず、妥協せず、アメリカと戦う」というシュプレヒコールで新年を迎えた。
以上がタブリーズからのレポートや。次のレポートでは、テヘランでの最初の1日に見たことを伝える。非常に特別な1日やった。両方のレポートが参考になることを願ってる。2026年3月21日、テヘランからのサイン・オフや。


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