キット・クラレンバーグとか:デクライン・アンド・フォール・ショー
『デクライン・アンド・フォール・ショー』
みなさん、おかえりやで。このデクライン・アンド・フォール・ショーはな、あんたがずっと行ってみたかった場所、もしかしたらずっと逃げ出したかった場所に連れてったる番組や。ところで、この2、3年のあいだにパレスチナ連帯デモに参加したことあるか?
あのシュプレヒコール聞いて、自分も混ざりたなったことあるか?ほな、あんたの耳のすぐそばで、えらい気に障る声の上品ぶったおっさんが、政治家に向かってこう叫んどるの聞いたことないか。「なんでハーグにおらんのや!」て。「ネタニヤフをハーグへ連れてけ」「バイデンをハーグへ」「トランプをハーグへ」「バーナムをハーグへ」「スターマーをハーグへ」て、ここに好きな名前入れたらええんや。これな、わしに言わせたら特にタチの悪い種類のガーディアン読者がよう言うセリフでな。まあ今どき、タチの悪くないガーディアン読者がおるかっちゅう話やけど、とにかくよう聞く要求や。そこで問わなあかんのは、なんでや?っちゅうことや。
なんでよりによって、西側帝国主義に容赦なく殺されとる人々との連帯を示すはずのデモで、そんなことになるんや?なんで西側帝国主義が、自分とこの手下を、ICC、つまり国際刑事裁判所っちゅう場で裁かなあかんのや?あれはな、西側が指定した敵を裁いて投獄するために、場合によっては獄中で殺すために(それは後でまた話すけどな)作られた機関やねんで。なんでアメリカが、自分らがその規則に従う、その判断に従うなんて認めるんや?
もし誰かがアメリカをその判断に従わせようとしたら、アメリカはハーグに侵攻して、逮捕されて拘束されとる人間を奪い返すだけの話や。ほな、なんで左派の多くが、この数年そんだけの時間と労力をかけて、アメリカ帝国主義に「あんたらが作って、あんたらが牛耳ってて、アメリカとその同盟国(主にイギリスや)に世界全体の管轄権を与えるために作った司法制度を使え」て要求しとるんや?
なんであいつらが、一番忠実な手下、つまりベンヤミン・ネタニヤフをそこで裁判にかけると思うんや?答えは決まっとる。かけるわけないやろ。ばかげた要求や。金を盗んだ詐欺師に「あんたの口座、確認してくれへんか」て頼むようなもんやで。せやけど、西側の左派が相手にしとる妄想のレベルっちゅうのはそういうもんなんや。
人権の国際基準っちゅう昔からのプロパガンダがあるやろ。あれは最初から西側の敵にだけ適用するもんやったのに、それが西側自身にも適用できるっちゅう妄想があるんや。怪物を、その生みの親に向けることはできん。フランケンシュタインの怪物とちゃうねん。あの怪物は、最後までには自分に良心があることを証明するやろ。せやけど今わしらが相手にしとるもんには、良心も魂もないんや。
ほな、これは一体どこで始まったんか。法の建築物として帝国主義のために作られたはずのもんを動かそうっちゅう要求を、左派が掲げるところまで、どないして来てもうたんか。その起源は50年以上前にさかのぼって、一番最近の劇的な進展もそこから地続きや。これは何十年も続く一つながりの過程でな、今日はそれがなんでなんか、そして「ここにアホのクズ野郎Xの名前を入れて、ハーグへ送れ」っちゅう要求が、なんでえらいアホな要求で、息の無駄づかいなんかを突き止めていくで。
その物語で重要な役割を果たす場所、かつてあって、いずれまた現れる社会主義ユーゴスラビアのあたりにおるキットに、ここは勢いよくいってもらおか。これはどこから来とって、なんでみんなこんなことに時間を無駄にしとるんや?
ああ、ほんまにええ質問やな。わしら、お互いに内々では、ずっとずっと、ほんまに長いこと、自分らに問い続けてきたことやと思う。せやけど、ガザのジェノサイドが勃発してから、特にこれに拍車がかかったんや。ガザのジェノサイドはな、最初からジェノサイドやった。誰が見てもジェノサイドやった。否定しようがなかった。イスラエルの学者らですら、えらい早い段階から公然とそれを認めとったくらいや。
ほんで去年の6月まで話を進めたら、国連がイスラエルをジェノサイドで公式に非難したんやけど、みんなそれをもう忘れとる。なんで忘れとるかっちゅうと、国際法なんてもんは最初から全部完全にクソやったからや。その土台はめちゃくちゃに偏っとって、その起源はひどく腐敗して、自己都合で、帝国主義的なんや。
それで、これがどんだけ来てもうたかっちゅう証でもあるんやけど、あんまりええ方向でもないところにな。わしはまだ覚えとるくらいの歳なんやけど、ガザのジェノサイドが勃発した直後、法律の専門家やらジェノサイドの専門家やら言うとる連中も含めて、えらいいろんな人間がおったんや。それまでパレスチナについて一回もしゃべったことなかった連中とか、反帝国主義者を名乗る連中とかな。ほんで、今ここに3年後におるわけや。(いや、これ始まったんは3年前の、つい3週間前みたいな感覚やけどな。)何が起こった?完全に何もや。
わしはあの時、青くなるまで人に警告し続けたんや。あの専門家とやらの一斉射撃を無視せえ、てな。あいつらは「西側帝国主義がもたらしたこのひどい結果を解決する最善の方法は、西側帝国主義に頼ることや」て言うとったんや。それが、70年代から作られて、90年代に拍車がかかった世界がどんなもんかを物語っとると思う。この、深く深く自己欺瞞的な考え方がな、国家のレベルだけやのうて、一般の人々のレベルでも西側世界のあらゆるところに広まったんや。しかもいわゆる左派まで完全に感染させてもうた。国際法は客観的で中立で公正なもんで、それを守るんはなぜか西側の責任なんや、っちゅう考えや。
ついでに言うとな、この議論が進むなかで、あの人の話にも入ってくけど、ひとつ指摘しとく価値はあると思う。あの人はなんか忘れ去られとるんやけど、アメリカとイスラエルに人生を明らかにめちゃくちゃにされたんや。制裁を食らって、他のICC職員の何人もがそうで、もう個人的にでもマイクロソフトすら使われへんくらいになって、そのほかにもえらいキチガイじみたことが起きとる。
彼がネタニヤフとヨアブ・ガラントの逮捕状発行について話しとったとき(これは2024年6月、えらい前の話や)、またしてもそれが結果として完全に何も生まんかったのが見えたわけや。ネタニヤフは今でも全世界をまったくの不処罰で飛び回っとる。人々も、あいつには何も起こらんやろうっちゅう事実をほぼ受け入れとる。アメリカは実質的に世界中でイスラエルの空軍をやり続けて、特にイランとイエメンに対してな、ホワイトハウスもそうや。
さて、カリム・カーンのことやけど、あれは遠い昔に鍛えられた人権と国際法の世界から出てきた男でな。ほんまの信者やったんや。ICTY(旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所)で腕を磨いて、そこでの仕事でスター検察官みたいな評判を得て、それがICC検察官になることにつながった。ICCは直接ICTYに触発されて作られたもんや。これもまた後で詳しく話すで。
さて、彼は5月に…2024年5月に、主流ニュース局を回って、ICCがイスラエルの官僚に対する案件を組み立てとる間に、多くの西側の人間から脅されたことを公然と話しとったんや。そしてカーンはこう言うたんや。「われわれはそういう風には見ていない。この裁判所はニュルンベルクの遺産である。この裁判所は、力と暴力に対する法の勝利であるべきだ」て。まあ、ええ話やな?せやけど、それだけの話や。それだけの話やったんや。
ここでわしは、故ロビン・クック元英外相の言葉を持ち出したいんやけど、ICCが創設されて、アメリカが自分らを何に対する責任からも法的に切り離して、もし誰かがそうしようとしたらハーグに侵攻するぞと脅しとったときにな、彼は…まあ、そういうことや。国際正義を信じとる、ICJとICCならガザのジェノサイドを止めるために絶対何かできる言うとったこの信者らがおるやろ。そしてカリム・カーン本人も、「われわれはそう見ていない。この裁判所はアフリカ人とプーチンのためだけのもんではない」て言うとった。いや、そうなんや。昔からずっとそうやったんや。そして、このクソを信じたことで、あんたらは考えられる限り最も深刻な形で代償を払っとるんやで。
ほんで、これ全部、ほんまに完全なでたらめやと思うんや。人工物や。西側の侵略と犯罪を正当化する、あるいは覆い隠す手段で、西側に逆らった連中を罰する手段やねん。その連中はたいてい、ちょっと一線を越えただけの、かつての傀儡やったりするんや。
それでわしが特にこの特集をやる気になったんは、タイムズ・オブ・イスラエルが、ICCがEUの最高人権賞を獲ったと報じとるのを見たからなんや。もうとんでもなく、いろんな意味でメタやろ。完璧なフックやと思う。せやけど言うたように、この話は70年代に始まるんや。あんまり覚えられてへん、そして世界的にひどい代物、ヘルシンキ合意やな。2025年8月がその署名から50周年やったんや。それなりに画期的な日付やったのに、メディアの論評も認知もほとんどなく過ぎてもうた。ありがたいことに、アレックスがここにおって、あの金婚式で欠けとったソ連の視点の分析を提供してくれるで。ほな、アレックス。
そうやな。さて、そこに入る前に、1919年のボリシェヴィキ党綱領から、国際連盟創設についてのコメントを一つ読ませてもらいたいんや。というのも、これから話すことは、1975年までにソ連共産党がどんだけ堕落してもうたかを示すことになるからな。1919年のこれや。
「これらすべては必然的に、個々の国家内での内戦と、自衛するプロレタリア国家による革命戦争、および帝国主義列強の軛に対する被抑圧民族の革命戦争との組み合わせにつながる。こうした状況では、平和主義、資本主義下での国際軍縮、仲裁裁判所などのスローガンは、反動的なユートピアにとどまらず、搾取者の武装解除という課題からプロレタリアートの目をそらし、武装解除させるための、勤労者への露骨な欺瞞である」
これが1919年のボリシェヴィキ党の綱領で、こういった様々な機関を作ろうとした最初の試みにコメントしとるわけや。キットがそこで話しとった仲裁裁判所とか国際法とか、そういうもんをな。レーニンの言葉で言うたら、反動的なユートピアなんや。
ほな、レーニンがそう書いてから56年後に、ブレジネフとソ連の他の指導者らが、レーニンが正しく糾弾したことの全部、それどころかもっとひどいことをやるヘルシンキ合意に、喜んで、いや、狂喜して署名したんはなんでや?答えはソ連の軌跡にあるんや。
第二次大戦後、規模も力も増していく一派がおってな、ソ連国内でより親資本主義的な改革を求めて、貿易を通じてソ連を帝国主義の西側とつなげようとしとったんや。この傾向は、フルシチョフ指導部でしばしば矛盾を抱えながら、ジグザグを繰り返して現れた。それが、ソ連のコーカサス地域、アゼルバイジャンなんかで、巨大な石油・ガスの鉱床が発見された後でまた強まったんや。ソ連の指導者らの狙いは、これを西欧に、ひいては最終的にアメリカにも売ることやった。
ほんで、同時期に動きがあった。ソ連は両方に秋波を送り始めたんや。有名なニクソンの中国訪問のことやな。あれが、中国の親資本主義改革につながる時期の幕を開けた。せやけど同時に、ソ連との関係を開く動きもあったんや。ヘルシンキ合意はこの一部で、ニクソン、それから後継のジェラルド・フォード、ジミー・カーターらがやろうとしとったことの一部は、ソ連をアメリカ主導の世界システムの中に埋め込むことやった。特に西欧への石油・ガスの供給を通じてな。
アメリカ議会の内部でも、これをめぐって政治的な争いがようけあった。反動的な議員らが、ソ連とそれ以上の貿易関係を結ぶな言うて、法案をいくつも通したり提出したりしたんや。ヘルシンキはこの駆け引きの一部で、ソ連の指導部は、革命を放棄して、世界革命への信念なんかとっくの昔に捨てとって。実際、50年代のフルシチョフの駆け引きの全体は、西側の指導者らに、自国の共産党が本質的に無害で無力なもんで、モスクワから路線をもらっとるけど、全然革命的ちゃうんやと見せつけることでもあったんや。
もう一度言うけど、この狙いは、主にソ連の天然資源の顧客基盤を西側に確保することやった。その代償は、ソ連が増え続ける人権の教義を受け入れなあかんことやった。ヘルシンキはその一部や。ヘルシンキは最初の頭金、言うたらええかな、ソ連指導部が西側市場へのアクセスと、ゆっくりとした統合のために払った頭金や。自分らだけやのうて、かつて「人民民主主義」と呼んどった東欧諸国も、ゆっくりアメリカ主導の秩序に統合されていくことになる。
ちなみに脇道やけど、キットはよう知っとると思うけど、すでにIMFの融資が、チトーのユーゴスラビアにえげつない条件で出とったんや。後に80年代にアメリカによって全面的に強制された。ポーランドにもえげつない条件で出て、それが70年代のあらゆる災厄を引き起こす一因になった。ハンガリーにもな。こうして、かつて「社会主義圏」と呼ばれた国々は、西側支配の金融システムにゆっくり統合されていって、さらにその方向に進もうとしとったんや。
せやからヘルシンキっちゅうのは、そのときのフォード政権が、ソ連とは一切関係を持つなと要求する超反動的な議会の連中をなだめて、ソ連の側が、アメリカとその急増しとったNGOの群れに、ソ連の内政に介入する権利を実質的に与える方法やったんや。「ああ、反体制派の人権を確保したいんや、言論の自由を確保したいんや」っちゅう言葉で飾ってな。その一方で、アメリカはもちろん、ラジオ・フリー・ヨーロッパやあらゆる心理作戦を強化して、より多くの反体制派を募って、それらの国に戻して、最終的には内側から切り崩すネットワークを立ち上げさせとったんや。ヘルシンキはそのうちの一つにすぎん。
こうした全部の最終的な狙いは、弱体化したソ連を支えの一部として取り込むことやった。ほんで、その請求書はどんどん膨らんでいったんや。ブレジネフはある程度そっちに動いたんやけど、アメリカの要求は絶え間なかった。人権についてのあらゆるくだらん話の裏にある本当の要求は、言論の自由とか結社の自由とか、ブルジョワ民主主義の大事な仕組みとか、そんなんとは何の関係もなかったからや。そんなもんは全部でたらめや。ソ連の指導者らにかけられたあらゆる圧力の本当の狙いは、計画経済を廃止して、国家による外国貿易の独占を廃止して、国有財産を廃止して、…を実行することやった。ソ連への敵意の本当の土台はそれやったんや。半世紀以上も、西側が締め出されてきた違う原理で経済を築いた世界の一角があったからな。それが全てやった。
ほんでいざそうなると、ゴルバチョフ時代っちゅうのはまさにそれやったんや。ソ連経済をアメリカ主導の秩序に、従属的な一部、原料の供給者として組み込むことやった。ほんでアメリカからの最終要求は、計画経済そのものを廃止せえ、そしたら商売したる、っちゅうもんやった。ゴルバチョフは忠実に全部やめてもうた。東欧から全面撤退して、ルーマニアのニコラエ・チャウシェスクに対するクーデターに関与して、その画策も手伝った。あれは実際には西側の作戦というより、むしろソ連の作戦やったと言えるくらいや。そして最終的にゴルバチョフとその一派は崩壊して、バラバラになった。ソ連は最後の反革命に見舞われた。そしてエリツィンが出てくる。
せやけど、ICTYやICCなんかを作ったその建築物はな、ソ連に加えられた政治的圧力の上に築かれとったんや。ソ連内部の反対派を支援して、ソ連の体制を国際的に正統性のないもんにして、内部の親資本主義の潮流を支援するための圧力や。それがアメリカに与えたんは、ソ連の政治に介入する権利やった。逆方向には同じことは適用されんかった。一回もな。ヘルシンキ合意には、社会権なんかについてのあらゆることが入っとったけど、アメリカが自国での人権侵害に対するソ連の監視を受け入れたことが一回でもあるか?まったくあらへん。一方通行やったんや。
ほんで、ソ連の指導者らがそれを受け入れたことは、1975年までにソ連指導部がいかに腐りきっとったかを示しとって、ゴルバチョフがどこからともなく現れたんやないことも示しとる。彼はソ連修正主義の肥沃な土壌から出てきたんや。それはアメリカ主導の秩序の中に自分の居場所を作ろうとしたもんやった。それが最終的に行われたことで、その代償を最後に払ったんはソ連の人々自身やった。ほな、ここでキットに投げ返すで。これを引き取って、もっと先まで走ってくれ。
ああ、もちろんや。うちのコメント欄で、えらいお世辞を込めて「ほんまに理解するには放送を2回聞かなあかん」て言うてくれとる人らがおるんやけど、アレックスが言うたことはじっくり吟味する価値が大いにあると思う。ここにはいろんな筋が絡んどるからな。ほんで、ヘルシンキ合意のせいであらゆる意味でいまだに揺さぶられとる地域の、長年の住人としてな、これはほんまに重大な転換点やったと思う。人権っちゅう概念が、それを破っとるとされる国々を非難する正当化の根拠になった。ほんでそれが、制裁にせよ不安定化工作にせよ、帝国主義の残虐行為を正当化するんや。
一番の遺産は、階級や経済、物質的な条件についての議論を、人権の定義から恒久的に、取り返しのつかんほど切り離してもうたことやと思う。これは一番大事なことの一つやと思う。ソ連では、疑問の余地がないもの、国家の基本機能として当たり前とされとったもんがあったんや。無償教育、住宅へのアクセス、保障された休暇、保障された仕事、そのほか、ソ連末期、ほんで同じようにユーゴスラビアでも、政治家は誰一人としてほぼ全期間にわたって疑問にすら思わんかった基本的な保護がな。むしろそういう保護を改善して、権利を拡大することに焦点があったんや。せやけど、ヘルシンキ合意が定義した人権には、そういうもんが、具体的に、完全に欠けとるんや。
ほんでこの話には、苦い皮肉があってな。ヘルシンキ合意は、ワルシャワ条約機構内で結成された、こうした分離主義の反共産主義グループ全部の実質的な決起の号令であり、宣言文やったんや。ポーランドの連帯とか、チェコスロバキアの憲章77とかな。彼らは明確に、ヘルシンキ合意の実施、ほんでソ連がそれを守っとるかどうかの監視を掲げて活動しとった。このグループは、全米民主主義基金(NED)やCIAから莫大な資金をもらって、ヘルシンキの人権議定書のコピーを世界中、特にワルシャワ条約機構圏の人々に配って回ったんや。
ほんで、えらい苦い皮肉なんやけど、憲章77は1980年代に西側を巡業して、ソ連の全体主義との闘いを語っとったんや。実は、彼らが言うとったことの多くは、共産主義に非常に好意的、というか強く支持するような内容やった。代表者らは、共産主義のあらゆる…を維持したいんやとはっきり言うとった。アイルランドで、確か前にあったと思うんやけど、憲章77のメンバーがあるイベントで講演して、えらい反ソ連の内容として宣伝されとったのに、実際は大半の時間、チェコスロバキアの階級制度が根絶されて、金持ちの家に生まれたというだけで優位や優先権を持つ人間がおらん社会が作られたのを、自分らの目でどう見たかについて話しとった記録が残っとるんや。
ほんで、中・東欧の実に多くの人々が、ああ神様、その素朴さを祝福してやってほしいけど、1980年代に信じとったんがそれやと思う。「ええもんは全部維持して、それに加えて政治的自由とかなんとかを手に入れるんや」てな。これは今でも東ドイツで非常にそうや。ええもんは全部維持して、政治的自由も手に入れるんや、て。それが売り込み文句やったことも、結果として起こることやったことも、一回もなかったんや。
さて、ヒューマン・ライツ・ウォッチのことを言うたけど、この組織とそこで働く全員に対するわしの軽蔑は底なしや。さて、ヒューマン・ライツ・ウォッチの現ディレクターのケン・ロスな。カリム・カーンがICCから追い出されそうな雰囲気になったとき、ケン・ロスはツイッターに張りついて、カーンは間違うた男やとか、国際正義を守らなあかんとか、そんなことを投稿しとったんや。カーンを排除する目的全体が、ICCが二度と何もせんようにすることなんや。何も、やけど特に、西側の指導者やその代理人、傀儡が何かやったことで裁かれる可能性すら、持ち出さんようにするためや。
ほんで、まあ、ひょっとしたら、傀儡のICCを許して、トランプのブランドでも付けて改名して、よろよろ生き延びさせるかもしれんけどな。でもケン・ロスがICCの弔いの鐘を鳴らしとるのは特に皮肉なんや。というのも、わしが書いたもんで、わしのサイトで読めるんやけど、実はわしの一番人気のエッセイの一つで、それは嬉しいし誇りに思うとるんやけど、ヒューマン・ライツ・ウォッチが、先に言うたICTYの創設にいかに決定的な役割を果たしたかを記録したんや。
ユーゴスラビアについては、ICTYにも触れた2回シリーズの特集を丸ごとやったから、ぜひ見てほしい。あの放送で言うたことは全部、今でも支持するで。アレックスも同じやと思うけどな。せやけど、ICTYは、いろんな理由で深刻な欠陥があった。その点を細かく掘り下げるんは今はやめとく。ただ、要点はな、ICTYの創設は、元ユーゴスラビアで犯されとると言われとった、そして実際に絶対に犯されとった残虐行為を理由に、ヒューマン・ライツ・ウォッチが特に後押ししたもんやった、ということや。
彼らが言わんのは、ヒューマン・ライツ・ウォッチがユーゴスラビアの破壊に絶対的に根本的な役割を果たしたことや。彼らの役割は、ユーゴスラビアが粉々にされることをアメリカが支持するための世論の合意を作り出すことやった。というのも、公式には、西側諸国、ヨーロッパもイギリスもアメリカも、ユーゴスラビアを維持することにコミットしとったのに、実際には、それを解体しようと力の限りを尽くしとったからや。
80年代後半から90年代の初めにかけて、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、アメリカにユーゴスラビアを解体せえと、直接的に、あるいはほぼ直接的に求める一連の報告書を出した。しかも、多くの人が、ごく当然のことやけど、ユーゴスラビアの解体は、いろんな側の人々が混じって暮らしとることなんかのせいで、とんでもなくむごたらしい紛争を引き起こすやろうと信じとることを、積極的に認めとったんや。
その十字軍を率いた女性が、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、というかヘルシンキ・ウォッチの創設者、ジェリ・ラバーやった。彼女は1990年の末に、ニューヨーク・タイムズに「なぜユーゴスラビアを一つの国に保つのか」っちゅう論説を堂々と書いたんや。そこではあらゆる場所で行われとるひどい人権侵害について語って、それを防ぐためにアメリカはユーゴスラビアを粉砕せなあかん、と述べとった。
ほんで2002年12月まで時間を進めると、ジェリ・ラバーは、スロボダン・ミロシェヴィッチのICTY裁判に専門家証人として出廷した。ミロシェヴィッチに反対尋問されて、彼女はユーゴスラビアの文化、歴史、法制度、政治制度についての、驚くべき無知をさらけ出したんや。チトーがクロアチア人やったことすら知らんかった。ええか、ユーゴスラビア破壊のための世論の合意作りに決定的な役割を果たした専門家が、チトーがかなり有名なクロアチア人やったことすら知らんのやで。
彼女の証言で深く恥ずかしかった点はそれだけやない。ユーゴスラビアの首相に何人もクロアチア人がおったことも、クロアチア戦争が勃発したとき、実はユーゴスラビアの国防省がクロアチア人に牛耳られとったことも、まったく知らんかった。これは面白い詳細で、ヒューマン・ライツ・ウォッチやICTYが、あの戦争がなんで起きたか、そこで何が起きたかについて言うとることの多くを、かなり損なうもんなんや。
ただ、要点はな、これらの点についてのラバーの無知は、実のところ別に例外的でも特筆すべきことでもないんや。むしろこれこそ、こういう組織が働いてきた、そしてそれ以来ずっと働き続けとるやり方の見本やと思う。つまり、極めて無知な西洋人が外国に行って、現地の人間から「残虐行為があった」とされる話を聞かされる。それを書き上げて、メディアに載る。ほんで人々が「なんとひどい」と思う。そしてそれが西側の介入のための太鼓を叩くことになるんや。そう、それがずっとやり方やったんや。
さて、スパイらや。これが連中の仕事やからな。西側の諜報機関は、ICTYを、望む筋書きを何でも押し進めて、一見中立な人間らにお墨付きを出させる、絶好の機会と見たんや。連れてこられた証人にも、完全にゴミみたいなんがようけおった。たとえば、残虐行為を自分の目で見たと主張しとったけど、反対尋問で自分の子どもの名前すら思い出せんと認めた男もおった。冗談ちゃうで。あるいは、セルビアのプロパガンダの専門家やのに、セルビア語もほかのバルカンの言語も話せへん男もおった。ICTYの創設に注ぎ込まれた専門性のレベルがこれや。
ほんで、ICTYの「成功」とされるもんが、ICCの創設につながったんや。ほな、これでICCがどういうもんやったか、今どういうもんか、わかるやろ。そう、諜報屋のための情報の集積所みたいなもんや。いつもの通りMI6が主導して、ほかの西側諜報機関も、という広い枠組みの中にはまっとる。
そうなんや。これはOPCW(化学兵器禁止機関)への浸透で、シリアの汚い戦争のあいだ、でっち上げの化学兵器攻撃にお墨付きを与えるために使われて、悪用されたんや。こういう一見中立で客観的な仕組みがあることで、特定の証拠は隠せて、特定の証拠、汚染されたもんであれ、完全にでっち上げたもんであれ、何らかの形で歪められたもんであれ、提出できるようになる。仕込まれた証人とか、完全に捏造されたもんとか、そういうのをな。
これは連中にとって絶好なんや。たとえばイラク戦争みたいに、イラクにありもせん化学・生物兵器があるとMI6が堂々と嘘をついてバレた例とは違って、そういう黒いプロパガンダの責任は、代わりにOPCWに押しつけて汚れ仕事をやらせられるからや。
ほんで、フランク・キットソンのことを思い出させられるな。まだ見てへん人は、うちのアイルランド特集もぜひ見てくれ。彼は、反乱鎮圧戦では、法を単なる武器の一つとして使うべきで、望まれん市民の処分のためのプロパガンダの隠れ蓑にせえ、と言うたんや。心理の領域で、かなりの対反乱戦が戦われてきたんや。その最前線にあるのがICCや。
ほんで、冒頭で言うたように、諜報機関を含む、巨大な国際的な星座、巨大な国際産業があるんや。ほんで、多くの人間がそれに関わっとって、実際にICCも、民間の、いわゆる「独立した」形でそれをやっとる。
そうなんや。ほんで、このクソを信じ込んで、帝国の暴走を防ぐために帝国の暴走に訴えとったことに気づけんかった、数えきれん人々がおるわけや。しかもその帝国の暴走が、ガザのジェノサイドっちゅう形で現れとるのにな。それで、知っとくべきことは全部わかると思う。
それとな、わしが見る限り、ウクライナ代理戦争の最初の頃は、西側のエリートらに、プーチンを裁きにかけたい、それができると本気で信じて望む気持ちがあったんやと思う。そんなことは起こらん。ほんで実際、これらの国が…できへんかったことは。
ほんで、最後にこれだけ言わせてもらうけど、わしはジャーナリストとして、法律の専門家やないし、それが全然問題やとは思わへん。だって全部完全なでたらめやからな。せやけど、NGOとか、あるいは国々の調査結果に基づいた記事をいくつか書いたことはある。イスラエルが、これとこれとこれについて有罪やと示すことには、ある程度の価値はあると思う。それらは以前に訴追されて、有罪判決につながったもんやからな。せやけど、それがほぼ終わりや。
ほんで、わしが見る限り、まだ何人かおるんや。少なくとも彼らの発言から受け取るメッセージはそうなんやけど、プーチンはウクライナで犯された戦争犯罪、まあ戦争犯罪とされるもんに責任を取らされるべきやと考えとって、そして実際に、ネタニヤフも、純粋な重力かなんかで、いつかは被告席に着くと信じとる。そんなことは起こらん。起こらんのは、そうなるはずのもんやないからや。ICCにはそれをすることが許されとらんのや。
そうやな。まあ、これもまた、戦艦に自分自身に向けて砲撃せえと頼むようなもんやな、本質的には。せやけど、これは、そういう人間の多くが、ほんまにどれだけ驚くほど素朴かを示しとる。多くの人間、特に1990年代に成人した連中は、国際的な法的基準があった時代があったっちゅう信念から抜け出されへんのや。もちろん、そんなもんは一回もなかった。あったんは、アメリカ帝国主義が指定した敵に対する勝者の正義だけや。ほんでアメリカ帝国主義の一極時代は、だいたい1991年から、まあ、だいたい今までやけど、あんたが説明してきたまさにその過程で特徴づけられとったんや。
ちなみに、アムネスティ・インターナショナルはな、実はえらい怪しい組織で、初期には、第二次大戦中にイギリスの暗号解読者やった男、ピーター・ベネンソンによって創設されたんや。初期にはイギリス外務省がスポンサーやった。その組織がどういう性格かが、それでわかるやろ。しかもベネンソンは狂信的な反共主義者で、アムネスティは一度、ネルソン・マンデラを「良心の囚人」リストから外したんや。南アフリカ共産党に関わっとったからや。ほら見てみ。どうやら良心っちゅうもんは、自由主義までしか届かんらしい。それ以上は届かんのや。
ほな、過去30年以上、今で35年になる、構築されてきた法秩序の話に戻るで。これがやったことは、国際正義の名の下に(それを他のいろんな「国際統治」の形にも結びつけられるけどな)、世界銀行、世界貿易機関、国際通貨基金、そのほか似たようなもんが、ほんまに国際的で、ほんまにグローバルで、アメリカとイギリスと西欧の帝国主義列強の狭い利益以外の何かを代表しとるっちゅう考えのことや。これは1990年代の妄想や。
まあ確かに、今どきIMFや世界銀行やWTOについて妄想を抱いとる人間はもうほとんどおらんけどな。最後のやつについては、中国政府はまだ妄想を持っとるかもしれんけど。ただ、90年代に作ろうとした国際法秩序は、まだちゃんとそこにあるんや。ほんで、それがもたらしたんは、人々が期待したような、戦争犯罪や弾圧の犯罪を犯した全員を裁く中立的な機関やなかった。そんなゲームになるはずは最初からなかったんや。
もたらしたんは、アメリカがICTYみたいなもんを支持する立場から、ICCについては、確実に設立させて、しかも自分らには絶対に、絶対に、絶対に適用されんようにする立場に移ったことやった。元英外相のロビン・クックですら認めとったように、ジョン・マケインやジョン・ボルトンらがはっきり明確にしたようにな。これはわしらのためのもんやない、あんたらのためのもんや。わしらがあんたらを裁く。つまり、わしらの標的になる者らをな。あんたらがわしらを裁くことは絶対にない。ボルトンやマケインの言い方は、少なくとももう少し正直やったで。
ただ、根本的にそれがもたらしたんは、アメリカが、アングロ帝国世界秩序の二つの中心の一つとしての役割の結果として(もう一つはもちろんロンドンや)、中立的な国際法やなしに、アメリカの管轄権が世界のどこにでも及ぶっちゅう主張に基づいた、国際的な法的枠組みやった。というのも、この90年代の動きは最終的にそこへ行き着くからや。つまり、アメリカ本土とその直接の領土のために作られた法律を、どこでも執行できると主張するんや。
外国の元首を、たとえば麻薬密売で訴追できるとな。マドゥロにやったことがそれや。「太陽のカルテル」っちゅうでっち上げの組織を使ってな。もう一回言うけど、でっち上げの組織で、存在せえへんで、起訴状からも外された。せやけど、そんなことができること自体が、長年アメリカが目指して進んできたことの産物なんや。制裁体制に関して、国際法的管轄権を主張した。イランと商売をした会社に、ちょっとでも変な目を向けただけの人間に対して、二次制裁を実行する権利を主張した。
ほんで、SWIFTシステムとか、国際銀行システムとか、ニューヨークとロンドンを経由する国際決済システムを一元的に支配しとるから、この国際秩序の中心、一極世界の中心にある二つの帝国主義国に、前例のない法的・金融的な力が与えられて、人々に罰を課せるようになったんや。
たとえば、ジャック・ボーみたいな人間がなんでEUに制裁されとるか、っちゅうのを見たら、国境を越えて働く国際法についてのあらゆる話が、最終的に行き着くんはここなんや。強い国家が、その時々で気に入らん相手に誰彼かまわず罰を与える権利や。
ほんで、これはアメリカが外国の元首を自国の法廷で裁判にかけるところで終わる。その行動は全部、アメリカ自身も認めとるように、ベネズエラ国内で行われたもんやのにな。アメリカが主張する怪しい理屈は、「ああ、あいつは麻薬密売人で、その麻薬の一部がアメリカに行き着いた」っちゅうもんや。全部でたらめや。ほんで、これは1980年代後半のパナマ侵攻の言い訳にも遡るんや。もう一人の元CIA月間最優秀職員、マヌエル・ノリエガを排除するためのな。彼は麻薬密売人と呼ばれた。実際、確かに麻薬密売人やったんやけど、麻薬密売のほとんどは、CIAの職員やった頃にやったことなんや。そういうこともあるんやな。
せやけど、これが帝国主義の力が行き着くところや。ほんで、1880年代、イギリスが首都の近くまで川を砲艦で遡って、数時間砲撃して、ほんで物を盗んどった時代とは違って、近代では、ニュルンベルク裁判やその他の国際法の前例を作った事件の後やから、すべてを人権の言葉、平等の言葉、合法性の言葉で飾らなあかんようになった。せやけど現実には、アメリカが尊重する唯一の合法性は、自国の法律だけやし、その法律ですら、自国のエリートには絶対に適用されんようにするんや。
ほんで、もっと先に進む前に、ニュルンベルクの例について最後に一言な。ニュルンベルク裁判が行われたんは、第二次大戦で勝者側におったソ連が、それを強く主張したからなんや。イギリスの軍と政治の上層部では、ナチの将軍らを大勢裁判にかけることに対して、深い反対があった。なんでか?イギリスとアメリカの将校団は、こいつらに一種の親近感を持っとったからや。結局、「命令に従っただけや」っちゅうナチの弁明は、イギリスやアメリカやフランスの将校ら自身も使うことになる弁明やったからな。
しかもナチの将軍らが犯した犯罪は、フランス、イギリス、アメリカがそれぞれいろんなレベルで自分らも手を染めた犯罪やった。ニュルンベルクが進んだんは、ソ連が、東欧のソ連の人民に対して巨大な犯罪を犯した男らに対する、何かしら国際的に認められた裁判がなければあかんと主張したからや。せやけど、あらゆる段階でイギリスの軍と諜報の連中に反対された。当時政権の外におったチャーチルにも反対された。
しかも西ドイツでは、アメリカとイギリスが可能な限り早く切り上げて、諜報や軍の機構で働いとった、とんでもなく有罪な男らの大半を雇い入れることができるようにしたんや。せやから、こういうリベラルの連中が漏らすほど大騒ぎする、その前例そのものが、あいつらみんなが嫌っとるソ連が最初に主張したからこそ実現したんやで。イギリス人とアメリカ人に任せとったら、せいぜいゲーリング、ヒムラーの死体、ルドルフ・ヘス、あと何人か、ユリウス・シュトライヒャーとアルフレート・ローゼンベルクあたりを裁判にかけるくらいで済ませとったやろ。残りの機構は、おとがめなしで逃げおおせとったはずや。実際、連中が望んどったのはそういうことなんや。
せやから、次にリベラルがニュルンベルク裁判を恍惚と語り出したら、思い出させたり。ニュルンベルク裁判は、スターリンがあいつらにもたらしたもんやて。
ああ、それは隠された歴史っちゅうやつやな。それとな、ついでに左派をもうちょっと蹴っとくと、この歴史が隠されとる理由はな、「西側がええモンや」っちゅうロマンチックな物語に水を差すからやと思う。ほんまに単純で、子供っぽくて、二項対立で、白か黒かの話や。せやけど、MI6やCIAを動かしとるキチガイらは、ある程度は、ほんまにこれを信じとるんやと思う。特にMI6はな。ほんまに信じとると思う。ジェイコブ・リース=モッグが、タッカー・カールソンとの対談で、まさにその論法を堂々と使っとるのを、わしら見たところやしな。これはほんまに蔓延しとって、最終的にそれに引っかかる人間が大勢おるんや。
シリアは、多くの点で、非常に、非常に捉えどころがなくて、興味深くて、あんなに露骨であからさまな、また一つの政権転覆工作に、いったいどないして、あんなに多くの人間が引っかかったんかについて、真剣な検証があんまりされてへん。国際正義・説明責任委員会(CIJA)は、CIAやMI6の人間が運営しとって、シリア戦争が始まる前に、シリアの官僚を…連れていくために設立されたんや。せやから、戦争が実際に始まる前に設立されたんは、なんとも都合ええ偶然やな。
せやけど、こいつらはまたICTYで腕を磨いた連中で、シリア危機が勃発する何カ月も前から準備しとったんや。わしは、シリアにおったイギリス諜報機関の隠れ蓑を、いくつも取材して報じてきた。その複数が、シリア人にビデオ制作を訓練して偽旗攻撃を演出させることに加えて、国際人道法についても明確に訓練しとったことに言及しとる。特に、少数派や女性に、国際人権法の下での権利を教えることに焦点が置かれとった。せやから、ようけの事件を、…できるようになるんや。
しかもそれに加えて、証人への指導が、またも膨大にあった。メディアにどう話すか、人権団体にどう話すか。ほんで、その訓練をしとった連中は、これらの残虐行為を引き起こす手助けをしとった、同じ連中やったんや。関わっとった人間らは、そのことを認識しとらんと思う。そんな自己認識はないと思うんや。あいつらはそれほど自己陶酔的で、サイコパスで、ほんまに見えてへんのやと思う。
つまり、シリア人に国際法の大切さとか、政府の責任をどう追及するかを教えると同時に、ISISに資金を出しとるんや。この残虐行為を犯しとる武装勢力に武器を与えて訓練しとって、国家による残虐行為とされるもんが起きとる戦争そのものを作り出しとるんやで。せやけど、それはまたしても、意図的に、完全に抜け落ちとるんや。
アムネスティの件やけど、わしは調査を書いたんや。ぜひ見てほしい。この調査は、わしが望んだり思ったりしとったほどの影響は与えられへんかったけど、あの時点でシリアはもうだいぶ忘れ去られとったからやと思う。アムネスティ・インターナショナルは、シリアの汚い戦争の最前線におった、数多くの個人や組織と、深くて一貫したつながりがあるんや。インコストラットっちゅう会社があって、リーク・ファイルの中で、アムネスティ・インターナショナルのソーシャルメディア戦略を手伝っとったと言及しとる。イギリス諜報機関の隠れ蓑が絡んどるのを考えたら、これはかなり気味が悪い話やで。
つまり、現地でこの西側の代理人らによって、ものすごい数の人々が最も恐ろしい状況で殺された、極めて残虐な汚い戦争のために、効果的なPR活動を全部やると同時に、アムネスティ・インターナショナルとの関係も維持して、ブランディングを手伝っとるんや。ほら、この手のもんがどんだけ閉じた輪っかになっとるか、ってことや。
しかも、アムネスティの神聖な地位のせいで、たまにはええ仕事もするんやけど、たいてい最近は跡形もなく沈んでまう、という点にはまだ触れてもおらん。いつも通り、彼らが取り上げるあらゆることで、西側の役割には触れへん。これはよう見落とされる特徴や。1970年代、アムネスティ・インターナショナルは、非の打ちどころのない客観的な情報源という評判を得とったから、イスラエルは、アムネスティを、反ユダヤ主義についての偽りの話を広める、そしてパレスチナの抵抗を…するための、絶好の手段と見たんや。
アムネスティ・インターナショナルは、必ずしもその用語を使うてへんくても、いや多分、何度も使うたと思うんやけど、「テロリスト」とされる人間が裁かれることについて語っとったし、非国家主体を専用の法廷でどう責任追及できるかについての解説を出しとった。そういう全部な。彼らはこの全体の中で、非常に重要な結節点なんや。しかもそれを非常に自覚的にやっとる、とも付け加えとくで。
しかも、この組織が何で、そこで働いとる人間がどんな連中で、この組織が果たしとる役割がどんなもんか、オープンソースから分かっとる全てにもかかわらず、その不思議なほど揺るがん評判の証拠として言うとくと、わしはアムネスティ・インターナショナルをめぐって、左派の人間から膨大な反発を食らったんや。過去にええことをしたことがあるからっちゅうてな。ほんで、いや、A、ほんまにそんなにええことやったんか?ほんまにそんなに大したもんやったんか?B、そこが狙いなんや。こういう組織を作ることで、出すもん全部がアジプロやクソみたいな政権転覆プロパガンダやない、っちゅう状態にするんやけど、肝心な時には、そうなるんや。
わしの調査でも書いたけど、シリア危機のあいだ、アムネスティ・インターナショナルの役員が、ティーン・ヴォーグに、シリア空爆を求める論説を書いとったんやで。冗談ちゃうで。ほんまに起きたことや。ほんでそれは、ほかの人権団体なんかもそうやけど、諜報機関のプロパガンダの、絶対に理想的な導管で、文化への感染装置なんや。
それで、これが多くの人間が、無意識のレベルでこのゴミに引き寄せられる理由やと思うんやけど、ヒューマン・ライツ・ウォッチの語り口とその成果物、アムネスティも同じやけど、その中にはな、「西側はええモンで、文明化された、啓蒙された人間や」っちゅう考え方が含まれとるんや。犯罪を犯しとるんは、汚くて、臭くて、いやらしい外国人らで、あいつらは後進的なんや、て。それが非常に中心的な含意や。たとえば、HRWやアムネスティの中国報道を読んだら、それは相当はっきり感じられると思う。
しかも彼らの中国報道の多くは、共産主義的なもんを指さして、共産主義やからダメや、と言う、あのでたらめな反共のルートをたどるんや。ほんで、反革命勢力やファシスト勢力に対する世界的な闘いの文脈では、それを心に留めておくことが非常に重要なんや。
ほんまにそうやな。ほんで、ここが議論を締めるのにええ場所やと思う。というのも、聖なる牛を、一頭や二頭やなく、少なくとも三頭、内側も外側も屠るところまで来たからな。『デクライン・アンド・フォール』の一回としては、なかなかええ調子やと思う。
それと言うとくべきなんは、PSYOPに引っかからんようになりたかったら、さっきキットが使った言葉で言うたら「ええ仕事もする」組織を、捨てる覚悟が要る、っちゅうことや。それが要点や。あからさまに人種差別的なプロパガンダチャンネルを持つこと自体は、もちろんイギリス政府がやっとることや。あいつらは年中あからさまに人種差別的なもんを流しとる。それがGBニュースの目的なんや。せやから放送を許されとるんや。
せやけどそれには、リベラルな感性のため、左寄りの人間のための、付随物が必要で、それが西洋優越主義とネオコロニアリズムへの支持の感覚を植えつけ続けるんや。それがアムネスティ・インターナショナルみたいな組織の仕事や。左翼を名乗りながら、狂信的に反共で、狂信的に介入賛成の、いろんな組織の仕事や。しかも、その中には自分らを革命的組織と名乗るもんまである。
せやけど、ジョン・ル・カレのセリフに戻るとな、ジョージ・スマイリーが、ロイ・ブランドと話しとる場面や。ブランドは東欧が専門の左翼の学者で、ずっと前に「サーカス」(MI6)にスカウトされた男や。つまり、彼の仕事は、MI6の予算がなかったら誰も聞いたこともないような小さな左翼組織を運営することやったんや。そういうのはようけあって、大きいのもあれば小さいのもあるけど、多くは、森にいるわしらの古い友達にまでたどれるんや。
『メディア・ツワッツ』では、これからまだまだあるで。諜報とメディアを結ぶ、いわば「ツワッツ連合」の特別編が出るかもしれん。そのバナーの下には、ようけの個人の名前が挙げられるやろ。それに、もうすぐ、さらにワクワクする番組が来るで。せやから、チャンネルはそのままで。サブスタックの登録もよろしく。経済的に支援できる人は、ほんまにありがたいし、この最高評価の、というか、高品質で啓発的としか言いようのない番組をもっと届けるのに役立つんや。あんたの「アンチ・サイオプ」チャンネルやと思ってくれたらええ。PSYOPに引っかからんようになりたいんやったら、『デクライン・アンド・フォール・ショー』が一番最初に来るべき場所で、実際、あんたが来なあかん唯一の場所や。
ほな、今週の「ひと言」は、ホジャ(ホッジャ)の地下壕におる同志の共同ホスト、キットに渡すで。
ああ、これは速報やねんけど、この回が放送される頃にも状況はあんまり変わっとらんと思う。ポール・メイソンが、共産主義の世界史を語るとか言うとる、あの見るに堪えん著書『レッズ』の一章を宣伝しようとしたことを、みんなに知らせとくわ。昨日の朝にシェアしたんやけど、「いいね」が一個ついただけやで。
せやから、そのことで、紳士淑女のみなさん、ぜひ「いいね」して、シェアして、登録してな。メイソンやアムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチ、そのほかわしらの敵対者とは違うて、わしらには政府がついとらんからな。ご視聴ほんまにありがとう。情報空間がでたらめと、全然意味も重要性もないニュースで汚染されとるからこそや。そしてそれがなんでなんかを説明するために、わしらはここにおるんや。ICCと国際正義、そのほか多くの間違うた連中について、この放送でそれができたことを願っとる。ご視聴ありがとう。もう一度、「いいね」、シェア、登録をお願いするで。友達にも、近所の人にも伝えたってな。ほな、またすぐ会おうな。闘いを続けるんやで。


0 件のコメント:
コメントを投稿
登録 コメントの投稿 [Atom]
<< ホーム