2026年4月6日月曜日

ガビっていうイタリア出身の兄ちゃんが、10年前にドバイで働いとった時の実体験

 https://www.youtube.com/watch?v=MNtmBGJG6lE

ドバイからどうやって脱出したか? 誰も語らんドバイの暗部

序章:パスポートを取り上げられた日

なあ、これが誰も言わんドバイの暗部や。あいつら、俺のパスポートを返してくれへんかったんや。ある時点で、もう「脱出」するしか道はなかった。それしか選択肢がなかったんや。

ドバイの光と影

いま俺はドバイにおる。世界で一番リッチな街の一つと言われ、スーパーカーが走り回り、ぶっ飛んだ摩天楼がそびえ立っとる。世界一高いブルジュ・ハリファ、世界一デカいドバイ・モール、7つ星ホテルのブルジュ・アル・アラブ……。みんなこの街の「輝いてる側」や「表向きの顔」ばっかり見てるけど、その裏にある暗部を知っとる奴はほとんどおらん。

たとえば首長の娘たちの話(ラティファ王女の監禁事件とか)もあるけど、この動画では俺自身の体験、10年前にここで実際に肌で感じた「俺の暗部」を話そうと思う。

期待に胸を膨らませてドバイへ

俺はイタリアでホテル経営を学んで、アメリカのヒルトン・ロサンゼルス空港でインターンをしたんや。LAでの1年間は最高やった。研修生やのに月1,700ドルから2,000ドルもろて、フロントで楽しく働いとった。でもビザが切れてしもて、次を探しとった時にドバイのヒルトンの求人を見つけたんや。

新しい5つ星ラグジュアリーホテルのオープニングスタッフや。期待したわ。でも提示された条件は最悪やった。月給2,500ディルハム。当時のレートでたったの400?450ユーロ(約6?7万円)や。でも「宿泊も食事もつくし、まだ23歳やからキャリアのために我慢しよう。履歴書に書ければええわ」と思って、給料を犠牲にしてフロントデスク・スーパーバイザーとして行くことに決めたんや。

始まった悪夢:パスポート没収

2012年10月、ドバイに着いてホテルに行き、人事(HR)へ挨拶に行った。そこでいきなり問題が起きたんや。「書類に使うからパスポートを出して」と言われて渡したんやけど、一日の終わりに返してくれへん。

翌日、人事部長に「パスポート返して」って言うたら、こう言われた。

「ここらのポリシーなんや。全従業員のパスポートはうちで預かる。金庫に入れるから安心しろ。イタリアに帰る時とか、ドバイの外に出る時は返してやるから、その時にまた持ってこい」

これ、今思えばめちゃくちゃ巨大なレッドライン(警告)やけど、当時の俺はまだ23歳やし、周りのスタッフもみんな当たり前みたいに渡しとった。ヒルトンっていう大企業やし、悪いようにはせえへんやろ、と思って信じてしもたんや。仕事に集中しようと自分に言い聞かせてな。

労働環境という地獄

ホテルはオープン2週間前やのに、まだ工事しとるし、組織はめちゃくちゃ。カオスそのものや。契約では「1日8時間、週6日勤務」のはずやったのに、実際は1日10時間、12時間、ひどい時は16時間労働や。俺はスーパーバイザーやったから、責任を押し付けられて休む暇もあらへん。

週に1日の休みも、なんやかんやチーム会議だの活動だのと理由をつけて呼び出される。結局、週7日ホテルに縛り付けられとった。

「砂漠の真ん中の監獄」

仕事が終わっても、ドバイの豪華な夜を楽しめるわけやない。ホテルの外にミニバンが待っとって、スタッフを寮まで運ぶんやけど、その寮が街中やなくて、砂漠のど真ん中にあんねん。周りには何もない、ただの砂漠。

その寮はまるで監獄やった。セキュリティゲートがあって、ミニバンで着いたら部屋に入って寝るだけ。ほんまに気が滅入る場所やったわ。

同僚の多くはインド、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、アフリカ諸国から来とった。俺はスーパーバイザーやったから個室やけど、彼らは相部屋で、俺よりずっと少ない給料で働いとった。彼らはそのわずかな金を、フィリピンやベトナムの家族に送るためだけに働いとったんや。10年も20年もそんな生活をしとる奴もおった。

洗脳とマインドコントロール

数ヶ月経って、俺は心身ともにボロボロになった。精神的に限界やった。「ガビ、なんで辞めてパスポート返してもらって帰らへんかったんや?」って思うやろ。今の俺ならそうする。

でも当時の俺は精神的に弱りきっとった。マネジメント層に巧妙に操られとったんや。「お前は責任者やろ」「手本にならなあかん」「みんながお前を見てるんやぞ」って罪悪感を植え付けられ、洗脳されとった。

結局、さらに半年我慢して、1年経ったところで「休暇」を取ることにした。イタリアに帰る時にパスポートを返してもらえるから、そのまま二度と戻ってこんとこう、と心に決めてな。

「連帯責任」という最後の罠

休暇の申請に行ったら、人事部長が紙を一枚出してきた。

「パスポートは返してやる。でもな、同僚二人が署名せなあかん。お前がもしドバイに戻ってこなかったら、この二人が責任を取る。ペナルティとして、その二人とマネージャーの給料を丸々1ヶ月分カットする」

っていう契約書や。

信じられるか? 自分だけの問題やなくて、他人を人質に取るんや。結局、俺のマネージャーと同僚がサインした。俺が戻らへんかったら、彼らの1ヶ月分の生活費が消えるんや。

イタリアへの脱出

パスポートを取り戻して、イタリアに飛んだ。実家に帰った瞬間、ようやく客観的に自分を見ることができた。「俺、なんて惨めな状態やったんや」「あんなに洗脳されて、人間やなくて奴隷として扱われとったんや」って気づいたわ。

俺はドバイに戻らへんことに決めた。もちろん、ホテル側はペナルティとしてマネージャーと同僚の給料を1ヶ月分没収した。同僚の分は、俺が自分のポケットマネーから全額払ったわ。あいつはいい奴やったから。でもマネージャーの分は払わんかった。あいつは俺を洗脳して、無理やり働かせとった張本人やったからな。1ヶ月分タダ働きになればええねん、と正直思ったわ。

それでもドバイの闇は深い

俺はドバイから逃げられた。その時のトラウマで、ホテルの仕事はもう二度とせんと決めた。今は自分のビジネスを持って、最高に幸せな生活をしとる。

でも、俺の話なんてまだ「パラダイス」みたいなもんや。

ドバイの本当の闇は、建設業界にある。あそこでは労働者がガチで奴隷扱いや。パスポート没収は当たり前、給料は極少、寝る場所は建設現場のタコ部屋。ホームレスみたいな扱いを受けとる。

それに人身売買や。特にマッサージ店やスパ、売春の分野やな。「ドバイでいい仕事がある」と騙されて連れてこられた女の子たちが、パスポートを取り上げられ、性奴隷として働かされとる。

ホスピタリティ業界(ホテル)もひどいけど、建設や性産業に比べればまだマシっていうレベルなのが、この街の恐ろしいところや。

最後に

この豪華な街のファサード(表向きの顔)の裏には、苦しみや奴隷制、人身売買の物語が山ほど隠れとる。俺の小さな声が、この問題に光を当てるきっかけになればええなと思ってる。

この動画を出したことで、ドバイから出禁にされるかもしれん。ブラックリストに載るかもしれん。でも、そんなん知ったこっちゃないわ。ドバイに行かんでも、俺は生きていけるからな。

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