2015年5月16日土曜日

アフガンのこと。平和部隊のこと。

アフガンの人口統計で2002年までのぶんが見つからない。ないのかもしれない。

アフガンは1973年7月まで王政つまり封建制度だった。ということはいわゆる近代国家になったのが1973年。それまで人口統計がなかったとしても無理はない。近代化されて6年後の1979年12月にソ連軍侵攻、それにひきつづくほぼ戦争状態が今にいたるまで続いているので、2002年まで人口統計がなかったとしてもしかたがない。

人口統計だけではなくて、アフガンが内戦のない共和国らしい共和国だったのがたった6年間だったのであれば、民主主義なんて根付くわけがない。まるでロシアが1917年に封建的農奴制からいきなり社会主義国家になったように。ソ連の場合、革命の内戦状態からレーニンが勝って、それからスターリンになり、第2次世界大戦でナチと戦い、戦後フルシチョフになって、ゴルバチョフのとき1991年12月にソ連が崩壊。ロシアだって民主主義っぽくなったのはここ20数年にすぎない。エリツィンのときには「ロシア政府はエネルギー産業の政治部門にすぎない」と言われた状態だったので、民主主義が機能していたかどうかも定かでない。

ソ連がアフガン侵攻したのはブレジネフのときだそうだけれど、勝てなかった原因は、気候とかアフガン人のことがよくわからなかったからだと言われている。

民主主義については、アメリカだって偉そうなことは言えない。黒人にまともな権利が認められたのは1964年なのだ。今に至るまで運転免許証には肌の色を記載する欄があるアメリカは、人種差別主義国家であり続ける。バラク・オバマはアメリカ史上初の有色人種大統領だそうだが、運転免許証の肌の色の記載事項を問題にすらしない鈍感さは白人そのものだ。求人の際に年齢、性別を記載できない国なのに、免許証に肌の色を記載することを許す不思議さ。この鈍感な国が民主主義を広めるという旗のもとに世界中で戦争するのだ。

アメリカに平和部隊(ピースコープス)というのがあって、日本の青年海外協力隊みたいなものなのだけれど、この組織の歴史を眺めるととても面白いことに気づく。
最初の派遣国は、アフガニスタン、ベリーゼ、ボリビア、ブラジル、カメルーン、コートジボワール、キプロス、ドミニカ共和国、エクアドル、エルサルバドル、エチオピア、ホンジュラス、イラン、ジャマイカ、リベリア、マレーシア、ネパール、ニジェール、ペルー、シェラレオーネ、ソマリア、スリランカ、セネガル、タイ、トーゴ、チュニジア、トルコ、ベネズエラ。派遣開始当時の派遣者数は2816人。

アフガンは設立当初からの派遣国。1962年にはじまり1979年に終わるまで、1652名を送り込んでいる。おやおや、「平和部隊」なんて名前やけど、当初からの派遣国の多くで、というか半分以上が紛争国になっていて、明らかにアメリカの介入で悪化している。ということは、平和部隊ではなくて、平和を壊してアメリカの国益に服従させるためのスパイ養成機関と断言していいのではないか。どおりでボランティアのはずなのに、身分保障とか、兵隊なみにしっかりしているわけだ。

こんなことを調べ始めたのは、2012年9月に在リビアのアメリカ大使クリス・スティーブンスがベンガジの総領事館で殺され、彼がモロッコ派遣の平和部隊OBであることが報道にのっていたから。2011年に始まったシリア内戦の反政府軍への武器供与のハブのひとつがベンガジといわれていた。大使閣下であり、アラビア語に堪能な彼が、なんでベンガジ領事館にいて殺されたのか、いまだによくわからない。いやいや、わかっているけれど言えないのだろう。

平和部隊は派遣地の言語を学び、派遣地の地面に近いところで活動する。そうしてその国の歴史や人々がなにを考えているかを会得する。アフガンに1652人も送り込んでいて、そのなかにはCIAとか軍隊とか外務省に就職するOBも少なからずいるだろうし、政治家になっている人もいるかもしれない。アフガンのことを地面レベルでよく知っているはずの人間をこんなにたくさん抱えたアメリカが、土人相手の戦争に勝てない? アフガン人の気持ちをわかっていない?歴史や制度や伝統についてよく知らない?まるでソ連じゃないか。おかしいと思いませんか?

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