2015年5月22日金曜日

「ほんとうは困ってなんかいないのかもしれない。」

田中淳夫さん「森林からのニッポン再生」
第3章 森から見たムラの素顔 第6節 田舎は「困っていない」
要旨はつぎのとおり。
林業が不振なのは競争力がないからなのだけれど、何十年も改善されていない。
部外者に状況を説明すると、「林業関係者は、ほんとうは困っていないんじゃないか。」と問われてしまった。地域づくりでも同じことを問われたことがある。
補助金の申請をするのも自治体、その補助金は既存事業の継続や拡大に使われるのではなくて、「補助金があるから何かやろうか」という程度のものなので、補助金が打ち切られたら終わってしまう。地域づくりでも起業でも意欲を感じさせないどころか、熱心にすすめる外部者を煙たがるひともいる。
山村はじり貧かもしれないが、いまとのころ生活を続けることはできる。

筆者の田中さんの意見は、「今はそれでいいかもしれないけれど、山村はゆっくりと尊厳死を迎えるような終末をまねくのではないか」という問題意識。

我が輩は筆者の問題意識をここで云々するのではなくて、上にざっと紹介したような文脈は、いわゆる開発業界と開発途上国の関係にぴったりとあてはまるんではなかろうかと思った。

我が輩はいわゆる開発業界では、マレーシア、インドネシア、パキスタンで暮らして仕事をしてきて、そして今はイランで働いている。「ほんとうは困ってなんかいないのかもしれない」というのはマレーシアとインドネシアで強く感じてきたことであり、パキスタンでは、困っているみたいなんだけれど誰もそれを真剣に考えていそうにないし、それを真剣に考えるほど国を愛している人が見当たらなかった。そりゃそうだ。いつも乞食をやっていて、裕福な旦那衆がたまに金を出してくれたらそれを着服して国外逃亡する親なんて、誰が愛するものか。

それはともかく、裕福な旦那である日本人(あるいは西欧の人々)が開発途上国をみて、開発途上であるとか、困っていそうだと考える視点や発想そのものが「ちょっと違うんじゃないか」と考えている開発業界人は多いと思う。ただ多額の補助金が流れているので食いついているだけの人がいる、というのも山村に共通している。

稲作のちょっとしたコツを教えたり、多少の台風や地震で壊れない橋をかけたり、まじめに働く日本人の姿を見せて人生設計を考えてもらったり、というのがじわじわと効いてくるのを見て嬉しくなるというのもあるけれど、それは必ずしも「先進国>開発途上国」という枠組みでのみ生まれるのではない。いろんな国に住んでいて、我が輩と家族が生きざまレベルで対等に学ぶことも多かったのだから。東南アジアでは男たちに浮気や博打や過度の飲酒、そして若者に麻薬をやめさせれば離散しないですむ家庭はそうとうあるだろうし、学校をやめないですむ子供たちの数も減ると思う。でもイランのように、仕事より楽しいことを優先させるとか、パキスタンのように雨がふったら仕事を休むとか、インドネシアのように日曜の夜中まで遊んで月曜日は朝一番で病院に行くとか、それでも社会がなんとなく機能しているのはいいのかもしれないと思う。 そういう社会がゆっくりと尊厳死なんか迎えずに、何百年も生き延びたりしているのだ。

開発業界というのが善意とか正義の味方ではなくて(麻薬拡販や戦争目的もふくめ)西欧の市場開拓だった、そして日本の開発業界もどうやら市場開拓の方向にむかいはじめている。1980年代の別荘ブームを経験した長野県諏訪郡原村の人は、「われわれはすでに街の人たちとの軋轢を経験しました」というけれど、どうやら街出身者と原村出身者は交わらずにモザイクみたいに分布しているようだ。西欧と開発途上国もモザイクになるのかもしれない。ニューヨークのように。

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