マイケル・ハドソン:FRBはどないしてバブルを愛するようになったんか
https://michael-hudson.com/2026/07/how-the-federal-reserve-learned-to-love-bubbles/
2026年7月7日(火)
ジオポリティカル・エコノミー・アワー第76回、2026年7月1日「18年間FRBを率いて経済の時限爆弾を残した男」
ラディカ・デサイ:
こんにちは、第76回ジオポリティカル・エコノミー・アワーへようこそ。この番組は社会主義的・反帝国主義的な視点、つまり世界の多数派の視点から、めまぐるしく変化する政治経済・地政学経済を照らし出す番組やで。うちはラディカ・デサイ、みんなが見てるんは「ラディカ・デサイ:地政学経済学者」やで。
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ほな、今日の本題に戻るで。今日はいつものゲスト、マイケル・ハドソン教授と一緒やで。ようこそ、マイケル。
マイケル・ハドソン:
来れて嬉しいで。世界中、特に金融面でいろんなことが起こっとるから、話す価値あるで。
ラディカ・デサイ:
その通りや。実際、マイケル、うちらがジオポリティカル・エコノミー・アワーを始めてからずっと、一番人気の話題のひとつがドルシステムやってん。今週、これに注目させる大きな出来事が二つ起こったんや。両方ともFRBに関することやで。「始まり」があって「終わり」があったんや。これから話すで、崩壊しつつあるアメリカ帝国のいろんな部分にとってどういう意味を持つかもな。まぁ「帝国」って言うのはちょっと皮肉やで、うちは前々から「アメリカ帝国なんてもんは存在せえへんかった」って主張してきたからな。せやけど、それはまた別の話や。これはただ、崩壊しつつあるアメリカの力のいろんな側面についての話やで。
その前に、みんなにお願いしとくわ。この動画に「いいね」してシェアして、YouTubeチャンネル登録してや。できたらYouTube、パトレオン、サブスタックで寄付もお願いするわ。みんなの支援が、あらゆるプラットフォームで質の高いコンテンツを無料で維持する助けになるんや。
ほな、マイケル、うちが言うた「始まり」と「終わり」やけど、「始まり」はケビン・ウォーシュがFRB理事に就任して、金利を決める連邦公開市場委員会(FOMC)の初会合に出席したこと。「終わり」は、100歳で亡くなったアラン・グリーンスパン、あの「マエストロ」、20年近くFRB議長を務めて、ロックスターみたいな中央銀行総裁になった男の死や。うちに言わせたら、いろんな意味で、グリーンスパンっちゅう人物こそが、うちらの現代経済運営における中央銀行金融政策の「中心性」が確立された時期を象徴する人物やと思うんや。彼は、他のあらゆる種類の政府・公的行動が後回しにされて、経済の手綱がFRBや他の中央銀行に委ねられるようになった、まさにその転換点の人物やったんや。
この「始まり」と「終わり」、両方とも起こっとる今、AIバブルとインフレっちゅう二つの脅威、そしてそれに支えられとるドルシステムのアメリカ金融システムの健全性について、いろんな憶測が飛び交っとるで。マイケル、最初の反応はどないや?
マイケル・ハドソン:
まぁ、アラン・グリーンスパンについて話せて嬉しいわ、なぜなら、うちらは今も彼が始めた時代の中におるからやで。実は60年代に、うちは短期間やけど彼と仕事せなあかんかったことがあるんや。うちはチェース・マンハッタン銀行で石油業界の国際収支を担当しとって、ソコニー・モービル社が「石油業界のヨーロッパでの収支と利益を計算するために彼を雇え」って強く要求してきたんや。まぁ、うちの上司は、ミルトン・フリードマンの推薦でチェースに来た人やったんやけど、うちに「グリーンスパンはただの提灯持ちや、クライアントの望むこと何でも言うやつやで」って言うとった。彼は自分のレポートを「売り物」にしとることで悪名高かったんや。
デイヴィッド・ロックフェラーとの話し合いで、彼はこう言うたんや。「グリーンスパンが関わっとったら、みんなうちらの調査を信用せえへんやろな。石油業界のロビイストとしてやっとると思われるで」ってな。せやから、うちの上司ジョン・ディーヴァーはうちに彼の仕事をチェックさせたんや。「彼の統計に何かおかしいとこないか見てくれ。あの小僧め、どっかで絶対何かやらかしとるはずや」ってな。それが1960年代のグリーンスパンに対する世間の見方やったんやで。案の定、うちは彼がヨーロッパのデータで数字をでっちあげとったんを見つけたんや。その結果、うちが彼のオフィスに行って「プロジェクトから外れてもらう」ってニュースを伝える役目を任されたんや。うちは「アラン・グリーンスパンをクビにした男」っちゅう妙な名声を得たんやけど、まぁただの下っ端が命じられてやっただけやで。
まぁ、この人物がどうやってFRB議長にまで上り詰めたんか、それが問題やな。答えは1980年代にあるんや。彼が台頭した時代は60年代とは全然違うもんやったんや。ロナルド・レーガンの時代、共和党、反連邦主義者の時代やったんやで。今週初め、マット・ストーラーがサブスタックでめっちゃええレポート書いとって、ニュート・ギングリッチが共和党のために政府を縮小する戦略を丸ごと設計したことを説明しとった。それでどうするかっちゅうと、議会を縮小するんや。1980年代、初めて議会が共和党に乗っ取られたんや。共和党がやったんは、マットが説明しとるとこによると、政府スタッフの予算を全部削ることやったんや。議員たちが反独占的に、公益のために働けるようにリサーチしとったそのスタッフの予算を全部削ったんや。それが全部解体されてもうたんや。
彼のレポートから少し引用すると、こういうことが書いてあったで:1995年、共和党がニュート・ギングリッチと、自らを「ジハーディスト」と呼んだ少数の右派政治家グループに率いられて、下院を制した、彼らは1949年から民主党が握ってきた議会の刷新を目指しとった、っちゅう趣旨やったな。
それがアラン・グリーンスパンがFRB議長に任命された環境やったんや。彼の仕事は基本的に彼らのクライアント、つまり商業銀行を代表することであって、経済全体を代表することちゃうかったんや。人が「独立した」FRBって言う時、それは「アメリカ政策から独立」「議会や大統領の政策から独立」ってことを意味しとるんや。つい数日前、最高裁がドナルド・トランプは連邦政府のどこの政策決定者でもクビにできるが、FRBだけは別や、って裁定を下したんやで。その「独立性」ってのは、銀行が公益のために資金と信用を運用・管理されることから比較的独立しとる、ってことを意味しとるんや。
まぁ、それがアラン・グリーンスパンがやったことなんや。彼は全部規制緩和した。彼はただ座って、巨大な貯蓄貸付組合バブルが爆発するのを見過ごした。1998年のドットコムバブルが爆発するのも見過ごした。それはまさに今日うちらが見とるのと同じ政策なんやで。グリーンスパンがメディア中でこんなに大きく取り上げられた社説や追悼記事を得られたんは、彼がこの仕組みへの扉を開いたからやねん。
「独立」であることによって、銀行システムは事実上、政府の税制、金融政策、信用配分を支配しとるんや。誰が信用を得るんか、何のために?まぁ、その信用がバブルを作るために使われとるんは分かっとるやろ。これが1980年代のグリーンスパンの下で起こった変化全ての結果なんや。
ラディカ・デサイ:
まぁ、まず、あんたが言うたことのひとつ、これは絶対に中心的なことやと思うんやけど、強調しときたいわ。グリーンスパンは1987年にFRB議長になったんや。実際、彼が議長になったんは1987年の株式市場暴落のわずか数週間前やったんやで、これは後でまた触れるわ。せやけど、皮肉なんは、彼がロナルド・レーガンに議長として任命されたのは、彼が金融政策に関して「操りやすい」って大統領に印象づけたからなんや。
これは、ポール・ボルカーがそういう風に操られることを拒んだからやねん。ロナルド・レーガンは彼に金利を下げてほしかったんやけど、ポール・ボルカーは絶対折れへんかったんや。せやからアラン・グリーンスパンがその地位に潜り込んだんやで。皮肉なことに、彼らはそれから「中央銀行のいわゆる独立性」の時代を開始させたんや。
さて、この「独立性」ってのは二つのことを意味しとって、今もそうなんや。一つ目は、あんたが言うたように、中央銀行は当時の政府に影響されたらあかん、ってことや。当時の政府は中央銀行に影響を与えたらあかん、それが中央銀行独立の教義なんや。つまり、金融政策は政治的考慮なしに決められる、これは実質的に「普通の人が何を必要としとるか」を考慮せんっちゅうことなんや。
二つ目に意味することは、実際の金融政策はFRBがその産物である金融機関によって決められる、ってことや。これについてもう一つ二つ言うとくわ、多くの人は中央銀行の独立性を「自然なもんや、なんとなく独立してなあかんはずや」みたいに思っとるからな。実は逆で、他のあらゆる経済政策の側面と同じく、金融政策には巨大な分配的影響があるんや。普通の人のポケットから金を取って金持ちのポケットに入れることもできるし、その逆もできるんや。せやけど、いったん中央銀行が金融機関のポケットに入ってもうたら、前者しかやらへん、後者は絶対せえへん。普通の人からお金を取って金持ちのポケットに入れることしかやらへんのや。
せやから、この「独立性」がすごく根強い考えになってもうたんや。せやけど、あらゆる経済政策と同じく、金融政策は本質的に政治的なもんや。民主的統制の下に置かれるべきやし、他のどこにも置かれたらあかんのや。これはもっと大きな「専門家文化」の一部やねん。うちらの政治はすごく劣化してもうたから「まぁ専門家に決めさせよか」って言う方が楽になってもうたんやな。
最後にもう一点、中央銀行独立の時代っていうんは、基本的にどこでも、特にアメリカでは、政府が本当の経済政策を持つことをやめた時代でもあったんや。つまり、財政政策は何の役割も果たさへんはずやった。いや、むしろ財政政策に許された唯一の役割、つまり「政府がどこからいくら税収を得て、それをどう使うか」を決める問題は、後回しにされたんや。今、政府に許されとる財政政策上のことといえば「金持ちの減税」だけなんや。それ以外は、中央銀行総裁が経済管理者になってもうたんや。
それが、グリーンスパンがわざわざ「謎めいた男」っちゅうカルト的イメージと、神託みたいな言葉遣いを育んだ理由やねん。「マエストロ」っちゅう言葉、これはボブ・ウッドワードが書いたグリーンスパンの伝記のタイトルでもあるけど、それが使われた理由でもあるんや。これが、この男を見る上でのより大きな背景なんやで。
マイケル・ハドソン:
そうそう、その通りや。それがFRBの正体なんや。今うちらが見とるんは、市場の完全な規制緩和の結果やで。フィナンシャル・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルでさえ「ちょっと待て、あんたら銀行の資本要件を下げて、この融資に対して保有せなあかん準備金の量を減らしとるやんか」って言うとる。この融資は主に人工知能セクター向けで、自社株買いと配当支払いに使われとるんや。これはバブル形成中や、それが銀行の利益になっとるんや。彼らは自分の信用がバブルを作った時に儲けるんや。彼らの顧客もバブルで儲けて、その利益の中から、負債レバレッジに使うた融資を銀行に返済するんや。
あんたは金融政策が政府の手にあるべきって話をしとったな。政府の仕事は、社会全体の経済成長のために金融政策を運営することで、それには通貨と銀行業を公共事業として扱うことが必要なんや。せやのに、FRBは民営化されてもうた。公共事業ちゃう、中央銀行への選挙資金提供者とバブルの受益者の手に握られとるんや。
うちらは経済の金融化を目の当たりにしとるんや、中国やアジア諸国みたいに金融化を避けて産業政策を追求しとる国々とは対照的にな。
ラディカ・デサイ:
そういえば、うちの本『Geopolitical Economy』でこれらの出来事の多くをカバーしとるわ、この金融化がどう起こったか、そしてそれがドルシステムとどう関係しとるかについての説明や。せやけど、グリーンスパンがボルカーより「マシ」やと支配層に見なされてたもう一つの理由に戻るわ。ボルカーはある程度まで規制緩和に向かったけど、グラス・スティーガル法を廃止するとこまでは規制緩和する気はなかったんや。
グラス・スティーガル法の廃止が実際起こったんは1999年やった。あの法律は投資銀行業務と商業銀行業務を分離しとって、後者は連邦預金保険の対象にすることで保護しとったけど、投資銀行業務は保険なしで自己資金で自由に賭けることが許されとったんや。彼らは好きなだけ投機できたけど、その損失を公的資金が払うことはなかった。つまり、投機は一定の範囲内に抑えられとったんやで。
グラス・スティーガル法の廃止を求める圧力は、実は商業銀行から来たんや、彼らは「いいとこ取り」したかったんやで。連邦預金保険を持ち続けたいけど、同時に株式市場で賭けることも許してほしかったんや。彼らは、投資銀行が比較的小さなブティック銀行やのに対して、自分らには巨大なアドバンテージがあることを知っとったんや。アメリカの一般庶民の貯蓄と預金を丸ごと持ってきて、この巨大な取引にぶち込むことができるからやな。マージンが小さくても大きくても儲かるんや、なぜなら十分な金をぶち込んだら、どうしても大儲けできるからな。
この議論はもう80年代後半から始まっとったんや。1999年まで実現せえへんかったのは、関わる大きな利害関係者たちが合意でけへんかったからやで。商業銀行、投資銀行、保険会社が妥協案で合意でけへんかったんや。せやからそんなに時間がかかったんや、結局最後にはグリーンスパンがそれを強行させたんやで。重要なんは、グリーンスパンが「市場を自由に働かせたら自己調整する」っちゅう完全にイデオロギー的で非現実的な信念を持った自由市場論者やったってことやな。
もちろん、皮肉なんは、グリーンスパンは市場を自由に働かせへんかったっちゅうことやで。ここで「グリーンスパン・プット」の話になるんや。グリーンスパン・プットは、後に「FRBプット」って呼ばれるようになったな。取引用語で「プット」ってのは基本的に、ある価格で売る権利、つまりヘッジとして機能するオプションのことやで。グリーンスパン・プットっちゅうのは、就任後最初の危機の一つでのアラン・グリーンスパンの行動を指すんや。彼は1987年8月に就任して、1987年10月には大きな株式市場暴落が起こった。彼はそれに対して流動性の水門を全開にして、資産・株価を支えるためにマネーを市場に注ぎ込むことで対応したんや。これは「危機を救った」と見なされて、みんな「グリーンスパンの天才のおかげで暴落は実体経済にたいした影響を与えへんかった」って言うとった。
それは完全にでたらめやで。暴落が経済にそんなに大打撃を与えへんかった理由は、この時点で既に金融の世界が実体・生産経済との直接的な関係を失っとったからなんや。この流動性注入が、それ以来「標準的な対応」になってもうたんや。ドットコムバブルが崩壊した後も同じことをやった。2008年の後も同じことをやった。どんな危機にも、低金利、量的緩和、なんでもかんでも流動性の水門を全開にすることで対応したんや。彼は規制緩和と緩和的金融政策の父やったんやで。
マイケル・ハドソン:
あんたはさりげなく重要なことを言うたな、視聴者、特に外国の視聴者に説明しとかなあかんことやで。あんたは商業銀行対投資銀行の話をしとったな。これらはグラス・スティーガル法が廃止されるまで全然別の世界やったんや。商業銀行業界は地味な業界で、あまり高い報酬もあらへんかった。その融資の大半は不動産、一部消費者信用、有形資本投資を担保にした企業向け融資やったんや。商業銀行は株式市場とはあまり関係あらへんかった。それは投資銀行の領域やったんや。
1980年代はドレクセル・バーナムと企業買収の10年やったんや。ドレクセル・バーナムとその法律事務所、スケイデン・アープスが登場する前は、商業銀行は企業買収のために金を貸したりせえへんかった、それは「紳士的やない」って見なされとったんや。「ホワイトシュー」って呼ばれとった老舗の法律事務所は、そんなことはやれへんかった。ドレクセル・バーナムが、巨大な企業襲撃をやりたい投資銀行家のグループをまとめ上げたんや。ちなみに、うちは何度も彼らの年次総会で講演したことがあるんやで、ドレクセルのうちの友人たちはうちのキャリアを後押ししてくれて、めっちゃオープンやったんや。彼らは「商業銀行は買収のために金を貸さへん、それはうちらの仕事やで。個人の貯蓄を集めて、自分らの金も入れて、この巨大な企業襲撃をやったるで」って言うとったんや。それがレバレッジド・バイアウトの正体やったんやで。
ジャンク・ボンドは投資銀行業界が作ったもんで、商業銀行業界が作ったもんちゃうで。投資銀行業界の力が強くなって、バブルを作れるようになっていくにつれて、商業銀行は彼らを「信用できる融資先」と見なすようになったんや、元々自分らはその商売をやることを許されてへんかったのにな。そこでビル・クリントンが登場して、グラス・スティーガル法を廃止したんや。それまでかなり地味やった商業銀行が、まさにその投資銀行のメンタリティを持った投資銀行に変貌させられたんや。
建設、不動産、有形資本投資に融資する代わりに、銀行は突然、株式市場を中心としたこの金融化された経済に吸収されてもうたんや。彼らは高金利のジャンク・ボンドで買収された産業企業のために資本利得の形でお金を作り出して、投資家に払う金は、まさにその企業を切り刻んで解体することで賄うたんや。これ全部が「金融は経済から独立すべきや」っちゅう考えの遺産やで、それどころか金融に経済を切り刻んで脱工業化させて破壊する力まで与えてもうた、今日うちらが目にしとるようにボロボロにしてしもうたんや。
これ全部、アイン・ランドの哲学の結果や、あらゆる政府規制はけしからん、自由企業と自由市場は完全に無規制であるべきや、っちゅう考えのな。今日その結果を目にしとるんや。ウォール街でうちが知っとる大半の人は、巨大な株式市場バブルがまさに崩壊しようとしとると思っとる、ちょうどエネルギーと石油危機の結果がアメリカ経済自体も含めて世界中に広がっとるのと同じようにな。
ラディカ・デサイ:
マイケル、あんたはめっちゃ重要な事実を指摘してくれとるわ。ちょっと話を進めさせてもらうわ、覚えとる?「終わり」があった、アラン・グリーンスパンの死や、せやけど「始まり」もあった、ケビン・ウォーシュの任命、そして金利が決められる彼の初のFOMC会合の議長就任やな。
ケビン・ウォーシュがやったことのひとつは、積極的にアラン・グリーンスパンの記憶を呼び起こして、FRBをあの時代に戻したい、って表明したことなんや。これについてちょっと言うとくわ。アラン・グリーンスパンは、この一週間でうちらが見てきたあらゆる礼賛的な論評の中で「偉大なコミュニケーター」って言われることが多いわな。彼についてよく言われるもう一つのことは「統計に強かった」、野球の統計が好きで、あらゆる種類のデータが好きやった、ってことや。せやけど実際のところ、うちは彼が修辞と統計を使うたんは、何かを明確にするためやのうて、意図的に話をぼやかして、人々が彼が実際何をやっとるか分からんようにするためやったと思うんや。
インターネットでグリーンスパンの発言を検索したら、たくさんの例が見つかるやろ。例えば、彼は議会委員会である時、有名な発言をしとる。「もしうちの発言が特にはっきり分かったとしたら、あんたらはうちの言うたことを誤解しとる可能性が高い、って警告しとかなあかんな」ってな。彼はそういう人物やったんや。「不可解な男」と見なされたかったんやで。人々に自分の一言一句にすがりつかせて、その意味を解読しようともがかせたかったんや。
ウォーシュはそれを復活させたいって言うとるけど、アラン・グリーンスパンについて最後にもう一点言うと、彼は政策面では、まぁちょっとイタチみたいな男やったんや。彼の自由市場への「信念」とやらも、大手金融企業や大銀行が自分らの犯罪や不祥事の結果に苦しむことを許すとこまでは全然行かへんかったんや。彼はこの連中がやった無謀な投機パーティーの後始末のために、いつもそこにおったんやで。それがグリーンスパンなんや。
さて、ウォーシュは、グリーンスパンと同じくらい謎めいた存在であり続けるために、できるだけ何も言わないようにする、って言うとる。多くの人は当初、ウォーシュが任命されたのはドナルド・トランプの言いなりになって金利を低く保つためやと思っとったんや。せやけどウォーシュが任命された時、人々は「まぁ、そんな悪くないんちゃう」って思うたんや。実際に彼の経歴を調べてみると、分かるんはグリーンスパンと同じくらいの「風見鶏」やっちゅうことなんや。彼はどっちの方向にでも行く用意がある。彼は政治的風向きに合わせて引き締め金融政策を語ったこともあれば、それが都合悪い時は緩和的金融政策を語ったこともあるんやで。
彼のFOMCへの発言、短い発言の中で、彼は一方で「今回は利上げしません」ってはっきり大統領とその好みの側に立った。せやけど同時に、後で利上げの余地はたっぷりある、って人々に思わせる余地も残しとる。それはただの問題の先送りやで。うちが疑うに、長期的にはこのまま緩和的金融政策が続くやろな。
もちろん、主流メディアでインフレを本当に気にかけとる人はみんな利上げの話をしとる。せやけど、うちらが何度も話してきたように、今の水準からあまり大きく利上げしたら、2008年以来この15年、いや実際もう20年近く膨らんできたいろんなバブルを全部弾けさせるリスクがあるんや。
これが危険なところやな。彼がインフレに対処せんかったら、ドルの価値はこれまでの大まかな傾向通り下落し続けるやろな。地政学的危機は通常、「安全資産」現象を作り出すはずやろ、危機の時にドルに人が殺到してドルが強くなる、っちゅうな。それがめっちゃ弱まっとるんや。その文脈で、ドルはこれからも弱くなり続けるとうちは思うんやけど、彼はおそらく利上げせえへんやろな、トランプがそれを望んでへんし、彼ら全員、自分らの富が高騰した資産価格に依存しとることを分かっとるからやで。
マイケル・ハドソン:
まぁ、ラディカ、あんた「話をぼやかす」っちゅう言葉を使うたな。学術的な通貨・銀行業のコースやら金融理論全体が、話をぼやかすために存在しとる、って言うてもええくらいやで。今うちらが目にしとる公的議論全体が話をぼやかしとるんや、なぜならここに問題があるからやで。うちらは、エネルギーと石油のせいで物価がめちゃくちゃ上がることを分かっとる。それが毎晩ニュースで流れとるやろ。石油価格は上がっとって、ガソリン価格の話はしとるけど、それ以上に上がっとるのがトラック用のディーゼル燃料や、航空燃料、化学燃料、肥料の価格やねん。石油輸出の中断に関連するもの全部が価格を押し上げとるんや。
せやから、みんなインフレの話をしとる、そこで登場するんが「ジャンク・エコノミクス」や、この言葉はあんたとうちがインターネット上で「発明者」ってクレジットされとる用語やな。彼らは物価を抑える方法は金利を上げて失業を作ることや、って思い込んどるんや、これは「あらゆる物価上昇は労働者の賃金上昇の結果や」っちゅう神話に基づいとる。彼らは、原因が何であれ、どんなインフレも労働者を痛めつけることで治せる、って信じとるんや。それが基本的に中央銀行の金融政策とマネーマネジメントのテーマソングみたいなもんやで。
せやけど、石油価格とその派生物全部が上がった結果は、閉鎖と操業停止や。ドイツを見たら、これからアメリカや他の国で何が起こるかの雛形が分かるで。フォルクスワーゲンは数日前、雇用を大きく削減したんや。ドイツの産業は縮小し続けとる、今日の高い硫黄・エネルギー価格では利益を出せへんからやな。それは労働者がレイオフされとるってことなんや。既にアメリカ経済で失業が広がり始めとる中で、さらに失業を作るために利上げしても何の役にも立たへんのや、あと2、3週間で国家石油備蓄が事実上限界まで枯渇するはずやからな。そうなったら価格が上がって、いろんな破綻が起こるやろ。これはとんでもない混乱が形成されつつあるんやで。
金融政策だけで全部治せるわけちゃうけど、マネタリストはそう信じとるんや。ミルトン・フリードマンは「歴史上いつでもどこでも、インフレは通貨供給過多の結果や」って言うとった。まぁ、トランプが戦争を起こしたり、石油貿易を支配しようとしたりすることについてはどないなんや?それは通貨発行とは何の関係もあらへんで。もし信用を引き締めることで石油価格を下げようとして、その信用が主に株式市場バブルを押し上げてきたもんやとしたら、突然人々は借金を返すために株を売らなあかんくなるんや。テクノロジー株の価格を吊り上げるためにお金を借りることはもう割に合わへんくなって、暴落が起こるんや。それがアメリカや他の国々に待ち構えとるように見えることやで。
ちなみに、米ドルはイラン戦争以降、少し上がっとるんやけど、それはこの危機が外国にめっちゃ打撃を与えとって、米国債への外国投資が縮小しとるからやで。他の国はこの高い価格を生き延びるために、アメリカへの投資を売却せなあかん状況に追い込まれとるんや。債券の売却は通常なら金利を押し上げるはずやろ。FRBはバランスシート上で膨大な信用を作り出してきたんや、ほんでウォーシュもベセント財務長官も「FRBの政府債務の通貨化を巻き戻さなあかん」って言うとる。
まぁ、それはどういう意味やろな?ウォーシュとベセントによれば、FRBはこれまで保有しとった国債を全部銀行システムに売り戻し始めるべきや、ってことなんや。想像してみいや、外国もFRBも同時に債券を売ったら、金融・信用市場に何が起こるかっちゅうことをな。それは流動性を全部引き抜くことになるんやで。そもそもこの株式市場バブル全体を膨らませたんは、その過剰な流動性と規制緩和やったんや。せやからうちはめっちゃ悲観的なんやで。
ラディカ・デサイ:
うちは「ドルが最近上がってへん」って言うてるんちゃうで、うちが言うとるんは、ドルの上昇が過去の「安全資産効果」の歴史的なエピソードに比べたらずっと小さい、っちゅうことや、つまり構造的にはドルは弱まり続けとる、ってことなんや。基本的にその大きなトレンドは下向きなんやで。
せやけど、あんたが言うてくれためっちゃ面白いポイントに戻るわ。ちょっと「話をぼやかす」の話を続けたいわ、なぜなら人々はFRB議長の一言一句にすがりついとるからやな。ベン・バーナンキやその他が「フォワード・ガイダンス」っちゅう考えを持ち出したんや、FRBがただ「話す」ことで、期待とインフレをコントロールする役割を果たすためのレトリックをツールキットに加える、っちゅう考えやな。
まず第一に、インフレそのものがめっちゃ政治的なもんなんや。一般的に、FRBには二重の使命があるんや。70年代後半、物価安定に加えて、FRBには雇用水準を維持する使命も与えられたんや。もちろん、ポール・ボルカー議長は何よりもインフレを抑え込むことに決めとって、この二番目の使命を完全に無視して、1980年代初頭に失業率を大幅に押し上げる痛烈な不況を引き起こしたんや。せやから、FRBが失業のことなんぞこれっぽっちも気にかけてへんことは分かっとるんや。
それでも、彼らが自分らの政策決定を正当化するために使うあらゆるレトリックの中で、彼らはいつも労働市場の状態を、まるで気にかけとるかのように持ち出すんや。「労働市場が緩んどるから緩和的金融政策にせなあかんのや」って言うんや。気にかけてへんのにな。彼らが本当に緩和的金融政策を望む理由は、資産価格を上げ続けるためやで。
時々、彼らは意図的に不況を引き起こすんや。ボルカーはそれをやった、グリーンスパンは失業を引き起こしといて、「トラウマを負った労働者」の話を持ち出して冷笑したんや、賃上げを求めるのを恐れる労働者のことをな。パートタイム雇用がフルタイム雇用とほぼ同等に数えられるっちゅう非常に怪しい統計に基づいて、人々は「アメリカの労働市場はいかにタイトか」って話をしとったんや。アメリカの労働市場はタイトちゃうかった、アメリカの労働者は必死やったんや。彼らはしばしば、家族を養うために一つ以上の仕事を持たなあかんかったんや。この文脈で、グリーンスパンは基本的にこう言うたんや。「労働市場がそんなにタイトやったら、なんでインフレが上がってへんのや?」ってな、そしてそれを「トラウマを負った労働者」のせいにしたんや、これも彼の有名な表現のひとつやで。
FRBは常に実体経済の状態を持ち出すけど、実際に気にかけとるのは資産市場の状態だけなんや。あらゆる金融政策は基本的に資産価格を上げ続けるために方向づけられとるんや。もちろん、銀行業界の重要なセクションの中には、インフレをますます懸念しとるとこもあるんやけど、うちらは今、非常に新しい状況に置かれとるんやで。ポール・ボルカーはインフレを抑えるために金利を20%まで上げることができた、なぜなら彼は「あらゆる資産のバブル」を心配する必要がなかったからやで。今日は、あらゆる資産クラスにバブルがあるんや。アメリカの金持ちの富は完全にこの金融バブルの上に成り立っとる、もうボルカーの時代、40年前ほどには製造業投資に依存してへんのやで。
うちの見立てでは、彼らはこの金融バブルが弾けるのを防ぐために、できるだけ長く、できるだけ緩和的な金融政策を維持する方向に偏るはずやで。
FRBとグリーンスパンは、バブルを膨らませる商売をやってきたんや。ドットコムバブルが膨らんどった時、主流の解説者は「アラン・グリーンスパンは投資家に『非合理的な過熱』があるかもしれへんと警告した」って言うとった。実際、その表現が出てくる文をちゃんと読んでみると、彼が実際言うとることは「どうやって分かるんや?投資家に非合理的な過熱があるからって、実際にバブルがあると仮定するわけにはいかへん」ってことなんや。彼は両方の意味に取れるように喋っとったんやで。
後になって、人々が信用バブルや住宅バブルの可能性を懸念した時、グリーンスパンは「あぁ、全国的な住宅市場なんてもんはあらへん、せやから全国的な住宅バブルなんてありえへん」って言うたんや。それは文字通り、住宅バブルが崩壊するわずか1、2年前のことやったんやで。グリーンスパンはバブルを膨らませる商売をやっとった、一部にはバブルの存在を否定して「心配することは何もない」って主張することでな、せやけど多くの場合、積極的にバブルを促進することでもやったんや。
彼はドットコムバブルをいくつかの理由で正当化したんや。一つ目、アメリカ企業が行った支出の多くは実は資本的支出で、企業の資本ベースを増加させるものとして数えられるべきや、せやから資本ベースは企業の株式市場評価とそんなにかけ離れてへん、せやからバブルちゃう、ってな。それから彼は「生産性の奇跡」が実際起こっとる、って主張したんや。実際の生産性統計がこんなにひどいのに、なんでその「奇跡」が分かるんや、って聞いたら、彼は「まぁ、生産性統計にはそれが表れてへん、その奇跡は統計に隠れとるんや」って言うたんや。ほな、その奇跡の証拠はどこにあるんや、って聞いたら「まぁ、それは株式市場の過熱にあるんや」って答えたんや。完全に循環論法やで、投資家が価格を上げとるだけやのに、そこに生産性の奇跡がなければならん、っちゅうことになっとるんや。後になって、住宅・信用バブルの下で、彼は「金融イノベーション」がリスクが排除された全く新しい世界を作った、って主張したんや。こういう風に全部、彼は有名なレトリックを使うて資産バブルを膨らませたんやで。
マイケル・ハドソン:
「バブル」っちゅう言葉について話しとるな。バブルの実際のダイナミクスがどないなもんか話そうやないか。うちの見立てでは、あらゆるバブルはポンジ・スキームなんや。言い換えたら、配当と資本利得を払い続けるために、新規参入者からの流れを通じて常に借金し続けなあかんのや。この場合、その新規参入者がFRBなんやで。
あんたがグリーンスパンがバブルを否定したことに注目したのは全く正しいで。シカゴ大学の自由市場理論全体は「効率的市場仮説」の原則の上に成り立っとるんや、株式市場と資産価格は、あらゆる投資家が集まって経済の合理的な「頭脳」として機能した結果や、っちゅう仮説やな。もし市場全体が全投資家の完全に情報を得た意思決定の関数やとしたら、定義上、バブルなんてもんは存在せえへんことになるんや。
そのバブルの存在を否定する哲学は、この金がどこから来とるかっちゅう現実を無視しとるんや。株価が上がるためには、株や債券を信用で買うために借金した投資家が、今急激に上がっとる金利で銀行に利子を払わなあかんのや。彼らは利子を払うために、価格が上がった株の一部を売らなあかん、それでバブルが自己資金でまかなわれとるように見えるんや。
チャールズ・ポンジのオリジナルのスキームと違うんは、ポンジは新規投資家のためにお金を印刷でけへんかったけど、FRBは経済全体のために介入できるってことやで。彼らは「カモの投資家」になって、このスキームに加わって「まぁ今まで大儲けしてきたんやから、これからも上がり続けるはずや」って言うんや。「トレンドはあんたの味方や」って言う連中がおるやろ、彼らはこのトレンドが増加し続ける負債対収益比率によって完全に賄われとることに気づいてへんのや。
負債対収入比率が上がっていって、金利が上がったら、投機家は「もう横ばいになった株を買うのに高い金利を払えへんな」って気づくんや。彼らは「売り抜けて、銀行の借金を返して、利益を確保して、年金基金や投資信託、個人の小口投資家にコストを負担させる時や」って決めるんや。それが基本的に今起こっとる戦略やで。うちらはインサイダー、億万長者、上位10%がこの株式市場の富の増加を全部手にする一方で、経済全体はオバマの銀行救済以来ずっと横ばいになっとるのを目にしとるんや。
残りの経済は犠牲にされることになるやろ、そしてもっとひどい経済の二極化が起こるやろな、今回は株式市場がさらに上がることによってやのうて、残りの経済が本当に沈んでいくことによってな。アメリカ人口の40%が貯蓄ゼロってだけやなく、彼らはどんどん借金の底なし沼に押し込まれていって、モノやサービスを買うための所得がますます少なくなっていくんや。経済全体が縮小していくダイナミクスに陥るんや。それがポンジ式バブルのやることなんやで。
ラディカ・デサイ:
議論をまとめる前に、いくつか指摘しときたいことがあるわ。バブルについて言うと、グリーンスパンが亡くなってから「まぁ、少なくとも彼は自分の間違いを認められる人やった」ってしばしば言われるんや。有名な話やけど、彼が退任した後、2008年の金融危機の余波の中で、彼は議会証言で「自分が実際何を間違えたか」を証言させられたんや。彼が言うたことの一つは「うちは組織、特に銀行やその他が、自分ら株主と自社株を守る能力が最も高いはずやって思い込んだのが間違いやった」ってな。彼は「それが実際起こらへんかったこと」に「衝撃を受けて信じられへんかった」って主張したんや。
まず第一に、グリーンスパンは組織の自己利益が彼らにバブルの存在を見抜かせて、それに投資するのを控えさせるはずやった、って言うとるんや。せやけど実際、バブルが膨らんどる時、みんながある取引に群がっとる時、あんたがファンドマネージャーやったら、すごく難しい選択を迫られるんや。たとえバブルやって気づいてても、群れに加わらへんかったら「顧客のために稼げへんかった」って非難されることになるんや。あんた一人だけが手を引いたら、袋叩きにされるんやで。逆に、群れに従って市場が暴落しても、誰もあんた一人を非難せえへん、なぜなら「みんなその取引に群がっとったんや、うちの責任ちゃう」って言えるからやな。あらゆる投資家とトレーダーには、バブルをさらに膨らませ続ける構造的なインセンティブがあるんや。これはあまり注目されへんダイナミクスやで。
二つ目に、普通のアメリカ人は高金利なんぞ必要としてへんのや。さらなる金融引き締めと不況を招く引き締め的金融政策は、アメリカの労働者に巨大な苦痛をもたらすだけやで。せやけど同時に、アメリカの労働者はFRBの緩和的金融政策も必要としてへんのや、なぜなら彼らはその受益者ちゃうからやな。実際、彼らは緩和的金融政策で苦しめられとるんや、資産価格と住宅価格が急騰するからやで、2008年の金融危機以降ずっと続いてきたようにな。家賃は上がる、そしてこの安いお金の大半は生産的活動に投資されてへんから、雇用も生まへんのや。
アメリカの労働者に必要なんは、「唯一必要な経済政策は金融政策や」っちゅう考えとの完全な決別やで。二つ目に、彼らには生産的投資に向けられた金融システムが必要なんや、短期投機や略奪的融資に向けられたもんちゃうでな。何十年もの間、アメリカの金融システムは生産的投資に何の役割も果たしてへんかったんや、ベンチャーキャピタルについてどれだけ騒がれても、それとは関係なくな。ベンチャーキャピタルが登場するのは、マーケティングの誇大宣伝とプロパガンダを通じてどんだけ儲かるか、っちゅうとんでもない主張がされる時だけなんや、今のAIで見とるのと同じようにな。普通のアメリカ人には、今持っとる金融システムとは正反対の金融システムが必要なんやで。
マイケル・ハドソン:
あんたは「衝撃を受けて信じられへんかった」っちゅう言葉を使うたな。カサブランカの映画のワンシーンをここに挟めたらええのになぁ、「ここで賭博が行われとるやなんて、衝撃や、衝撃やで!」ってセリフや。
あんたは「有形資本投資が必要や」って言うたな。実際、今日、有形投資は「良い賭け」とは見なされてへんのや、なぜなら金融の蛇口をひねるだけで短期的な投資コストを増加させることができへんからやで、それがFRBが経済を金融化するためにやっとることなんや。資本投資には、人々が買う実際の商品やサービスを生産するために労働者を雇うて、生産的な利益を上げることが必要なんや。それは今日、アメリカが作り出したこの経済では簡単にはでけへんことなんやで。
せやからアメリカやヨーロッパの企業は産業を中国にアウトソースしてもうたんや。中国は投資を単なる投機的賭けとしてやなく、産業資本投資への計画的支援として扱う産業政策を追求しとる、まさにアメリカ、イギリス、ドイツが19世紀の自国の工業化の際にやったのと同じようにな。
中国がやっとることは、産業資本主義のまさに歴史的な政策なんや。産業資本投資をやることは賭けであるべきちゃうかった、それは国家政策やったんや。それには政府が生活コストを安定させられるくらい低い価格で基本的ニーズを提供する混合経済も含まれとった、輸出用の産業製品を生産して競争力を高めるために労働者を雇うてな。
せやけどアメリカは、政府を解体することで、生活コストを下げる政府の能力自体を解体してもうたんや。公共サービスを提供する代わりに、値上がりし続ける形で民営化しとる、公的医療の代わりに、GDPの20%を占める民営化されたオバマケアを提供しとる、そして不動産価格を吊り上げることが主な商売の銀行システムを維持しとる、それがアメリカの労働者が住宅のために払わなあかんコストを上げとるんや。これら全部の政策が、国内の産業投資を「割の悪い賭け」にしてもうたんや。
ウォール街のトレーダーは「今日、今週、今月、どれだけ稼げるか」しか聞いてへん。それが彼らの時間軸なんや、長期ちゃう。アメリカは金融の短期思考の中で生きとる、一方アジア、特に中国は産業投資の長期哲学を採用しとるんや。うちらはまさに、世界が経済への全く違う二つのアプローチに分裂していくのを目にしとるんやで。それがうちらが話してきたことの大きな背景なんや。
ラディカ・デサイ:
その通りやで、マイケル。締めくくりに最後の一点、アメリカが違う金融システムを持っとった時代、第二次世界大戦直後のもっと長期的・生産的な時代、その時期には大きな金融危機はほとんど起こってへんかったんや。それに対して、新自由主義時代は、その全歴史が壊滅的な金融危機で定期的に区切られとるんや。それが本当に大きな教訓のひとつやな。この二つの異なるタイプの金融モデルこそ、今日うちらが強調してきたことやで。
ほんまにありがとう、マイケル、そして聴いてくれた視聴者のみんなもありがとう。マイケルとうちは2週間後にまた戻ってくるで。うちはもちろん、その間も他の番組を続けるわ。このエピソード、気に入ってくれたら嬉しいわ。気に入ってくれたんやったら、いいね、登録、シェア、そしてできたら寄付もお願いするわ。ほな、また今度、さいなら。


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