2015年5月30日土曜日

三野正洋「続・日本軍の小失敗の研究」、アメリカ軍、開発学と開発業界のこと

製造と生産管理のことを知る人が書いた戦史。製造と管理から離れたところでも面白い指摘があった。そのひとつは、漢口に駐留していた阿南惟幾中将が管轄下の軍隊を自分のものだと考えていたこと。 日本帝国陸軍は軍閥の集まりだったのか?もうひとつは、戦陣訓(島崎藤村の起草!?)をはじめ作戦方針にいたるまで「そうであってほしい」という希望が述べられた詩で、実質的に何も指示していなかったこと。さらにトラック島の例では、第四艦隊司令長官の小林仁中将とその幕僚が釣りと宴会に明け暮れていたらしいこと。
これは「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」 (中公文庫)でも指摘されていることだが、陸軍幼年学校にはじまるエリート選抜方式が、組織の「中の人たち」の馴れ合いを生んだということらしい。「中の人たち」が馴れ合いになること、そして宴会が頻繁に開かれることは、どこの国のどんな組織でも同じ。某商社の若手いわく、送別会を兼ねて60日間連続で飲み会をしたのだとか。うーむ、知力体力人格ともに優れた人材が、組織(日本でもいいんだけど)の明日を考えるのではなく、宴会に明け暮れるのか。「中の人たち」の結束を固めるためというのはわかるけれど、そんなことに体力を費やしていたら、外のふつうの人たちのことはどうでもよくなるんじゃないか。そのひとつの結果が福島原発の爆発と、その後始末のいい加減さなんじゃないか。

さて最近、アメリカの精鋭部隊がウクライナ軍の訓練に派遣されたという話。ウクライナ軍っていうのは、60歳のジジイまで徴兵しちゃうという無茶ぶりどころか、ネオナチを吸収したことでも有名です。それで、アメリカの兵隊さんたちはウクライナ軍の兵隊のレベルの低さに唖然としたらしい。文字が読めない?何をしたらいいか理解できない?っていう。
でもね、中国でも「好鉄不打釘。好人不当兵。」っていうじゃないか。そのレベルがふつう、と考えるとき、かえってアメリカ兵のエリートぶりが気になってしまう。つまり、アメリカ軍の精鋭はそれまで現場を知らなかったんじゃないか、ハイテク兵器の扱いはうまいかもしれないけれど、泥臭い面を見なかったんじゃないか、と。

アメリカは朝鮮戦争以来、戦争に勝っていない。1953年に休戦になっただけで、勝ったわけではない。ベトナム戦争もそう。アフガン戦争も、イラク戦争も。62年のあいだ勝ったことがないということは、勝った記憶、どんなふうに勝ったかを覚えている指揮官はもう92歳から102歳くらいということで、ほぼ生きていない。日本の製造業と同じく、空洞化が生じて久しいんじゃないか。それだけじゃない。軍隊が独占発注者で、応札者が大手に限られた業界、となれば業界全体が人民のためじゃなくて他の方向に突っ走るのは自然のなりゆきで、いわばシステムにつきまとうレベルの問題になります。

さてアメリカさんがベトナム戦争で使って勝てなかったPDM(プロジェクトデザインマトリックス)というチャートをいまだに金科玉条にしている開発学と開発業界。関東学院大学の中泉教授によると、「開発学はマクロ経済でやることがなくなったやつが見つけたニッチ」とばっさり言われてしまうんだけれど、最近では修士号が最低の条件というエリート揃いなのに、日本の中小製造業でも3ヶ月で1サイクル回すPDC(計画・実施・検証)サイクルを2年とか5年とかで1回りさせるのが常態化している。そして業界では国連開発計画でもどこでも、発注者が独占的で応札者が有名大手。おやどこかで聞いたような話ではあーりませんか。

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