ブルーナ・フラスコラ:キリスト教なき科学はない ―― アシュケナージの解放と遺伝子決定論の限界
(2026年1月8日)
現代の科学論は、「歴史の終わり」と「人種決定論」が混ざった妙な空気になっとる。
1. 宗教と科学の歴史
近代科学はカトリックから始まり、プロテスタントや共産主義でも発展した。イスラム圏は中世に輝いたが、コーランと科学が矛盾したとき、彼らは科学を捨てた。対してプロテスタントは、矛盾したときに無神論を選び、科学を維持した。
2. 「遺伝子の優越」という迷信
「アシュケナージ・ユダヤ人のノーベル賞受賞者が多いのはDNA(IQ)が優れているからだ」という説がある。だが、これは辻褄が合わん。
DNAが理由なら、なぜ中世ポーランドにいた彼らから近代科学が始まらんかったんや?
近代科学の扉を開いたのは、ポーランドのキリスト教徒(コペルニクス)やった。
3. タルムードの暗黒時代
イスラエル・シャハクの報告によれば、18世紀までアシュケナージの知的生活はラビに支配され、極端に閉鎖的やった。
タルムード以外の学習は禁止。
唯一、世俗の歴史を読んでいいのは「便所の中」だけ。 アインシュタインやマルクスの先祖は、18世紀になってもアメリカの存在すら知らんかった。これはDNAのせいではなく、神学的な制約(作法)のせい。
4. 解放の正体
彼らが「天才」として開花したのは、19世紀の市民解放でキリスト教社会(自由主義・普遍主義)に接触したからや。
東欧の貧しいユダヤ人は、ラビの支配を捨ててマルクス主義に走り、「宗教の預言者」を「科学の預言者」に乗り換えた。
キリスト教という「普遍的な場」との共生があったからこそ、彼らは救われた。
結論
「ユダヤ人は西洋の天才だ」という物語は、歴史の大部分を無視しとる。 彼らは長らく、自らの宗教指導者が強いた無知の中にいた。そこから彼らを救い出したのは、皮肉にもキリスト教社会との共存やった。


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