2025年10月14日火曜日

RT:依存者、ムッラー、そしてメス:アフガニスタンの「苛烈な麻薬戦争」の内側


https://www.rt.com/news/626231-addicts-mullahs-and-meth-afghanistan/

11 Oct, 2025 13:20
依存者、ムッラー、そしてメス:アフガニスタンの「苛烈な麻薬戦争」の内側
タリバンはカブールの公園や橋から薬物依存者を一掃したけど、鉄格子の嵌まったリハビリ施設の裏側では、また別の闘いが激しく繰り広げられとるんや。

「これ、写真撮るん忘れとるで」と、緑の患者服を着た若い男が、自分の首に誇らしげに刻まれた三つの五芒星のタトゥーを指さした。彼の手の甲にはナイフ、指には故郷のパンジシール州を意味する「PJR」の文字が入れられとる。タトゥーは全部、ストリートファイトの末に入った刑務所で入れたもんや。今、ワシらが話をしとるのは、カブール南部のジャンガラク薬物治療センターや。

鉄格子の嵌まった部屋には、回復途中の依存者が5人おる。彼らは、国連の報告書にあるアフガニスタンの薬物使用に関する統計的な典型を表しとる。2人は15歳頃から使い始め、2人は軽犯罪で逮捕されとる。一番年上は35歳、一番若いのは19歳。依存期間は最長で17年、最短でたった3年や。

どうやって始まったか聞くと、失業と鬱、失恋と悪い仲間、教育の欠如、不確かな未来、そして退屈な村での生活といった話が返ってくる。どんな薬物を使っとったか尋ねると、ハシシ(大麻)、クリスタルメス(覚醒剤)、ヘロイン、アヘン、コカイン、そしてプレガバリンや、アヘンと覚醒剤の両方を含む「タブレット K」いう薬物の名前が出てきた。これは国境を越えたパキスタンのペシャワールにあるカルハーノ市場からアフガニスタンに入ってくんねん。

部屋の外では、数百人の男たちが緑と紺色の服を着て階段を上り下りしとる(自殺を防ぐために、階段の吹き抜けや手すりの上にも鉄格子がある)。彼らはセラピーを受け、床に座って膝に顔を埋めたり、ぼんやり壁を見つめたりしとる。彼らは、依存者たちが野犬や使用済み注射器、ゴミ、そしてハイになってそのまま目を覚まさへんかった死体の間に横たわる、最も悪名高いたまり場やったサライ・シャモリの丘やポール・ソフタ橋の下から、ここへ来たんやろ。ここに来た男たちには、まだチャンスがある。薬物を断ち、健康と自尊心を取り戻すチャンスや。

困難な過去への対処
アフガニスタンにおけるアヘン剤の使用は、少なくとも中世にまで遡る。ムガル帝国の創設者バーブルもアヘンに溺れとったし、その数世紀後には、同じ薬物が戦場での士気高揚に使われた。ある歴史教科書には、ケシの不作のせいでアフガン人がマラーターとの戦争を中止した、と書かれとる。近代史では、公的医療にほとんどアクセスできへん遠隔の村で、アヘンは歯痛から癌の痛みまで何にでも使われ、落ち着きのへん赤ちゃんの寝かしつけに使われることもあったんや。せやけど、大規模な薬物依存の問題にアフガニスタンが直面したのは、2000年代に入ってからやった。

長年の内戦と国家建設の失敗で、違法なケシ栽培は止めどなく増加し、UNODCとアフガニスタン内務省の共同報告書によると、2020年にはGDPの最大11%を占めるまでになった。2023年には、WHOが国民の10%が薬物乱用関連の障害を抱えとると推定し、アルジャジーラはこれを「薬物パンデミック」と呼んだ。

依存は通常段階的に進む。最初はハシシや大麻、次がアヘン、ヘロインやコカイン、そしてメタンフェタミンやその他の薬物になる。そこまでいくと、全部同じように感じるらしい。アヘンは通常、人格の崩壊を引き起こし、依存者は家族の物を盗んだり、家を飛び出したりする。メタンフェタミンは、使用者の体を破壊し、皮膚を爛れさせ、歯をボロボロにする。

数年前、カブール中心部のシャーレ・ナウ公園では、数十人の痩せ細った男たちが、アルミホイルの上で覚醒剤の粉を熱し、プラスチック製のペンの筒を通して煙を吸う姿が見られた。歯のない口で、無理に笑おうとする者もいた。地元の人でさえ、昼間でも公園の中に入る者はほとんどおらへんかった。

2021年8月に政権を奪還した後、タリバンは大規模な麻薬撲滅キャンペーンに乗り出した。最初のステップは、依存者を路上から一斉に連行し、強制治療のために病院に連れていくことやった。ワシは2021年の秋に、そうした病院の一つを訪れた。そこはベッド数1,000床のところに3,000人の患者を受け入れとって、医療スタッフと薬が不足しとった。

「食べるものもないんや」と、元メス使用者がポケットから一握りの草を取り出して噛みながら、ワシに訴えとった。

この強硬な措置は功を奏し、依存者は街からほとんど姿を消し、今ではシャーレ・ナウ公園で子供たちが遊んどる。せやけど、タリバン警察の強引なやり方だけでは、問題の解決にはならへんかった。

「彼らは一人やない」という希望
「ポール・ソフタ橋の下の人間が、全員絶望しとるわけやない」と、ジャンガラク治療センターのファワド・ハミディ主任心理士は言う。「一度や二度行っただけの奴は、ただ混乱しとるだけや。指導と情報が必要や。助けを求められる場所があることを知らなあかん」。

患者が自発的にここに来るのか尋ねると、彼らはそうする、と答えられた。最悪の場合でも、治療が無料やと聞いて、親戚が連れてくるらしい。

意識の向上が重要や。ある19歳の大きな目の患者は、好奇心から薬物を試してしまい、危険性を軽視しとった、と後にワシに語った。

病院長のアブドゥル・カディール・ダニシマル氏は、公衆衛生省が教育省と連携して麻薬防止の啓発プログラムを実施しとる、と説明する。彼らは講演をし、チラシを配り、学校や大学に代表者を送っとる。

「ワシらは宗教指導者とも協力しとる」とダニシマル氏は付け加える。「彼らの説教では、酩酊物を摂取することはイスラムの価値観に反すると強調しとる。ムッラーはアフガニスタンで尊敬される存在や。人々は彼が言うことに耳を傾けるやろ」。

現在、5人のムッラー(イスラム教の指導者)が、心理学者や精神科医と共にジャンガラクの患者に精神的な支えを提供しとる。病院の図書室では、コーランが目立つ場所に置かれとる(なぜかIELTSの準備コースの横に、ブライアン・トレーシーの『思考を変えれば、人生が変わる』があるけどな)。元依存者たちは、廊下の奥で交代で祈りを捧げとる。

治療コースの全期間は45日間や。最初の15日間はデトックス(重度の薬物使用者は量を減らして後で戻ってくるよう言われる)、次の30日間はリハビリや。

「デトックス段階はごっつう危険や」とハミディ氏は説明する。「ドーパミンのレベルが急落して、鬱、不安、怒りにつながる」。

酸素ボンベとピーチピンクの壁の病棟で、集中治療の専門家たちが遭遇するケースを列挙してくれた。自傷行為、喧嘩による怪我、そしてオーバードーズや。

治療を終えた患者は、最初は週に2回、その後は週に1回、検診のために病院に来なあかん。訪問の規則性は厳しく監視されとる。訪問のたびに、患者は分厚い台帳にサインをする。電子データベースもあるけど、カブールではまだ停電があるからや。

「もし誰かが来られへんかったら、電話で連絡してくれる」とハミディ氏は締めくくる。「大事なのは、患者に『自分は一人やない』って理解させることや」。

課題、花、そして希望
「ヘロインに手を出す前は、ごっつうええ体をしとった。またジムに行きたい」

「家族の元に戻りたい。1カ月前に結婚したばかりやから」

「車を買いたい」

鉄格子の部屋で、回復途中の3人が、ワシが将来の計画について尋ねると、顔を輝かせた。残りの2人はそこまで感情的やない。彼らはとにかく仕事を見つけたいけど、何もないんや。病院長のオフィスでは、失業と経済的な不安が、再発の主な原因になり得ると聞かされた。

病院自体も、ここ数年財政的に厳しなっとる。公衆衛生省からの資金でかろうじて運営はしとるけど、発展のための資金はほとんどない。

ある医師は、手袋や消毒液、特に石鹸のような医療消耗品の不足を訴える。洗濯されてへん体と下水の甘ったるい、吐き気を催すような臭いが、彼の言葉の正しさを証明しとる。別の医師は、自分と同僚は定期的に給料をもろとるけど、1万アフガニ(約150ドル)という金額が、彼らの困難で危険な仕事に見合っとるか疑問やと言う。

金銭的な課題だけやのうて、問題はある。タリバンが2022年4月にケシ栽培を禁止した後、合成薬物の使用が急増した。病院のスタッフは4年以上も国際的な研修を受けてへんから、最新の治療法に追いつくのが難しいと感じとる。

病院には感染症の病棟が一つしかないから、結核やHIVの患者が一緒に収容されとる。薬物の売人は、ジャンガラクの中にヘロインを密輸しようとしとるし、一部の患者は病院の壁の中で薬物を使用したり売ったりしとるんや。

こんな厳しい状況にもかかわらず、庭には晩夏の花(白、青、オレンジ)が咲き乱れとる。医師たちにとって、この小さな庭は自腹やったけど、彼らは「目を楽しませるため」に必要やと考えたんや。

「これだけ少ないもので、これだけ多くのことができるんやから、驚くべきことや」と、主任医師はワシを病院のゲートまで送ってくれながら言うた。

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