2025年12月2日火曜日

コンソーシアム・ニュース:2025年12月02日

 https://consortiumnews.com/2025/11/28/what-defeat-looks-like/

What Defeat Looks Like

November 28, 2025

1. 敗北の条件とロシアの要求

記事は、第二次世界大戦終結時のポツダム会談と同じで、今やるべきことは「ウクライナの敗北の条件」を詰めることだけや、と主張しとる。ロシアが要求する「敗北の条件」は以下の通りや。

領土の割譲:東部4州(ドネツク、ルガンスク、ザポリージャ、ヘルソン)の全部か大半をウクライナが失う。これは、ウクライナの国土と人口の約3分の1にあたる。

NATO非加盟:ロシアが「存亡の危機」と見なすNATOへの加盟を鉄則として禁止する。

軍備縮小と非ナチ化:ウクライナの軍隊の規模を縮小し、軍と政府からネオナチ勢力を排除すること。

ムーアはんは、これを「耐えられへん降伏や」と思う人たちに対して、「歴史を見直せ」と言うとる。

2. 紛争を招いた構造的背景

この記事の核心は、誰がこの戦争を始めたかっていう原因分析や。ロシアの勝利が確定しとる今、この戦争が「避けられへん結果」やった理由を、歴史的な視点から洗い出しとる。

A. NATOの東方拡大という「決定的な誤り」

冷戦後、アメはんやNATOは「東に1インチも動かへん」とロシアに約束したにもかかわらず、ポーランドからバルト三国までロシア国境まで拡大した。

2008年には、ウクライナとグルジアまでNATOに招待した。

アメはんの外交官(ウィリアム・バーンズ)は、当時から「ウクライナのNATO加盟はロシアとの戦争につながる」と警鐘を鳴らしとった。

ソ連封じ込め政策の設計者、ジョージ・ケナンはんも1997年に「NATO拡大は、冷戦後におけるアメはん外交政策の最も運命的な誤りになる」と予言しとった。

B. 2014年のクーデターとミンスク合意の裏切り

2014年2月、アメはんが支援して、民主的に選ばれた親ロシア派のヤヌコビッチ大統領を暴力的なクーデターで追放し、親西側政権を樹立させた。

これが、親欧米の西側と親ロシア派の東側の間の内戦へと発展させた。東部のロシア系住民は、クーデターに反対して自治権を求めたが、ウクライナ軍と「猛烈な反ロシアのネオナチ大隊」が攻撃した。

ミンスク合意(2015年)は、ウクライナの連邦制のもとで東部に自治権を与え、NATOには入らへんという内容やったが、西側はこれに不誠実に対応した。

後のメルケル元独首相やオランド元仏大統領が、「合意はNATOがウクライナを武装させるための時間稼ぎやった」と公の場で認めた。

C. イスタンブール合意の潰し込み

2022年のロシア侵攻のわずか2ヶ月後、イスタンブールで再び和平のチャンスがあった。条件はミンスク合意と似ていたが、ウクライナが調印する直前、イギリスのボリス・ジョンソン首相がNATOを代表してキーウに飛んで、「戦争を続けろ、武器はウチらが全部出す」とゼレンスキーに言うて、交渉をぶっ潰した。

3. 敗北の現実と誰も勝者でない結末

ムーアはんは、この戦争の動機は、「ヨーロッパで最も腐敗し、ネオナチに蔓延した国で民主主義を守るため」っていうのは笑い話で、「アメはん/NATOがモスクワを弱体化させ、プーチンを倒すための代理戦争」やった、と断言しとる。

ウクライナの現状:訓練された兵士は底をつき、アメはんの武器も尽き、ヨーロッパの金も尽きた。戦場では、ロシアの勝利が不可逆的に確定しとる。

悲劇の代償:100万人以上の命(ほとんどが若いウクライナとロシアの男性)が失われ、700万人以上の難民が発生し、インフラは破壊された。

誰も勝者でない:ウクライナもロシアも、回復に何年もかかる。ヨーロッパ経済はボロボロで、アメはんも「国債の増加と国際的な孤立」だけが残った。

結局、この戦争で大儲けしたのは、世界の軍需産業だけや、という、辛辣で冷徹な結びで記事は終わっとるで。

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