マイケル・ハドソン:レンティア帝国 vs 生産経済
新しい文明の分かれ道:レンティア帝国 vs 生産経済
著 2026年2月19日(木)
グレン・ディーセンとの対談 関西弁訳
---
グレン・ディーセン: また来てもらったで。今日は文明の行く末について話してもらうために、マイケル・ハドソン教授に来てもらったわ。ほんまにありがとうな。
マイケル・ハドソン: こちらこそ、呼んでくれてありがとうな。
グレン・ディーセン: 今の経済・政治・社会の状況を見てると、もう文明のピークは過ぎてしもたんちゃうかってどうしても思えてきてな。ハドソン先生は以前に『文明の運命:金融資本主義、産業資本主義、それとも社会主義』っちゅう本を書いてはったやんか。今やったら新しいネタが山ほどあるから、改訂版でも出せそうやな思てんねんけど。まず聞きたいんは、経済システムと文明の興亡をどうつなげて考えてはるか、そして文明衰退の経済的な指標はなんやっちゅうことやねん。
マイケル・ハドソン: そうやな、改訂版は出さへんけど、続編は出すつもりやで。その続編は時代をちょっと遡って、古典派政治経済学がほんまは何を目指してたか、そして古典派経済学がなんで産業資本主義のための設計図やったんかを振り返るつもりやねん。ここでちょっと経済理論の話をせなあかんのやけど、今我々が目の当たりにしてるような経済や経済システムの衰退と、文明全体の衰退とは大きな違いがあるねん。今の西側の金融・レンティア資本主義と、中国式特色ある産業資本主義との間の文明的な対立って言われてるけど、この中国式産業資本主義は驚くほど、アメリカの保護主義的な特色やデイヴィッド・リカードやジョン・スチュアート・ミル時代のイギリスの特色、そしてドイツの特色に似てるんやわ。
産業社会は全部そやし、我々が文明と呼んでるものの離陸自体、実は経済そのものの変革やってん。産業資本主義の離陸はイギリスで起きたわけやけど、あの時代の人たちが産業資本主義の行く末と、自分たちが支配しようとした文明と世界についてどう考えてたかを見れば、何が間違ったんか、そしてなんで古典派経済学者たちが期待してたような産業資本主義の発展、つまり公共と民間の混合経済で、インフラへの政府支出を増やしてコストを低く保ちながら、産業資本主義の革命的な役割を果たすっちゅうことが実現できひんかったんかが分かってくるんや。その革命的な役割いうのは、封建制から脱却して封建制の遺産から自由になることやってん。そして最大の遺産いうのが、貴族院を支配して、主に農業地の地代から得られる地主貴族の土地地代を守ろうとしてた世襲地主階級やったんや。
不動産地代や住宅地代はまだそんなに問題になってへんかったけど、イギリスが直面してた大きな問題は、この保護主義的な地主階級に対抗しながらどうやって国民を養うかっちゅうことやった。リカードは1817年に、イギリスの産業離陸を妨げ、少なくともその拡大を止めようとしてたものが何かを説明してんねん。それは、商品を生産して利益を上乗せして売るために労働者を雇わなあかんっちゅうことやった。そしてリカードの労働価値論によれば、最終的にこれらの商品の価格と価値はほぼ労働に還元されてた。これには、産業家が使う機械を作るのに使われた労働も含まれてるし、労働者が賃金で買わなあかん食料やその他の商品を作るのに使われた労働も含まれてた。
雇用主は最低限の生活費をカバーできる程度には賃金を払わなあかんかった。そして、よく教育されて、きちんと服着て、健康で、ちゃんと食べてる労働者の方が生産性が高いから、こういったコストは雇用主が負担せなあかんかったんや。ほな産業資本家の目標は、雇用するのに必要な消費コストをできるだけ下げることやった。リカードの時代に最も切実だったコスト上昇は、外国からの食料輸入を妨げる穀物法(食料への関税)によってもたらされた食料価格の上昇やった。
イギリスは1815年にナポレオン戦争から抜け出した時、その戦争でイギリスは孤立させられて、自国の農地だけで国民を養わなあかんかった。平和が戻って外国貿易が再開されると、地主らは「わしらの地代が下がってる。関税をかけて保護してくれ」ってゆうたんや。それが低価格の輸入食料を入れるのを妨げて、雇用主が労働者にそんな高い賃金を払わんでもええようになるのを阻んだんや。(今の経済との並行点をここで考えてしまうわ、後でそっちに入るけど。)地主は土地地代を要求したわけや。
せやから1815年から穀物法廃止の1846年まで30年間、自由貿易を求める闘いが続いたんや。自由貿易のための闘い、それが地主の抵抗を乗り越える第一歩やったんやな。地主は「経済はわしらにとっては土地地代のことや。産業利益やない。産業はどうでもええ、わしらは地代がほしいだけや」ってゆうてたんや。そしてリカードは、もし地代を払う経済、つまり食料地代を地主に払い、やがて住宅地代も払う経済にしてしまったら何が起きるかを説明したんや。19世紀の後の経済学者たちはそれに加えて、独占地代も同じやと言った。独占があると生活費やビジネスのコストが上がるからまずいと。そして最後には、結局一番大きなレンティア収入の支払いは、利子と金融手数料の形で債権者、銀行家、債券保有者に行くやつやとゆうたんや。
せやから、これら全ての国での産業資本主義の役割は、地主と原材料産出地所有階級、独占資本家階級、銀行階級という三つの階級を最小化することやったんや。そしてそれこそが、こういった改革を行ってた国々で産業資本主義がそんなに成功した理由やねん。なぜなら、改革を行ってへん国々、地主が自由貿易を妨げ、地代収入への課税を妨げ、政府がコストを合理化して生活費やビジネスコストを下げるために地代を最小化するのを妨げるくらい地主が力を持ってた国々は、取り残されることになるからや。
せやからリカードがやったのは古典価値論を定式化することやった。価値は労働によって生産されるが、価格はこの価値を反映してへん。価格は価値よりもずっと高くて、価格と価値の差が経済地代やと。そしてその地代は不労所得やってんな。ジョン・スチュアート・ミルは「地主は寝てる間に地代もその土地の値上がり益も収集する」と言ったんや。
せやから、古典派経済学者たちの見方では、どんな経済も二つの部分に分かれてたんやな。生産の部分と、レンティアの部分や。不動産関係、信用関係、地代関係というのが、生産経済の上に経済的なオーバーヘッドとして覆いかぶさってたわけや。そして産業経済のアイデアは、価格をできる限り実際のコスト価値に近づけることやった。それが経済をより成功させて、産業資本主義をより強力にするものやったんやな。
もし穀物法が引き続き低価格の輸入品を妨げてたら、食料価格は高いままで、したがって最低生活賃金も高いままで、新規投資を妨げたやろ。そしてリカードはこう書いてるんや。「そうなれば資本はもはや何らの利益も生み出さんようになり、追加の労働への需要も生まれへん。したがって人口は最高点に達してしまう。この非常に低い利益率になるずっと前に、ほぼすべての蓄積が止まってしまい、国の産出物のほとんどが、労働者に賃金を払った後は、土地所有者と十分の一税と税金の受取人の財産になってしまうやろ。」
そして税金は主に金融費用を払うためのものやった。(以下の図が示してるのは)経済は成長し続けるけど、地代がどんどん多くを取るにつれ利益は下がり続けて、ついには完全に消えてしまうということや。利益なしには産業家が投資する動機がなくなるんや。リカードはこれを全部、『経済学と課税の原理』の利益の章に書いてるんや。
『文明の運命』の中では産業資本主義の改革プログラムについてより詳しく述べてるんやけど、この本を書いた要点は、経済には二種類あるっちゅうことやねん。我々はもう産業資本主義の経済の中にはおらへん。ほとんどの人は今の経済を資本主義って呼んでるけど、19世紀に議論されてた産業資本主義でも、マルクスが『資本論』で言ってた資本主義でも、ヴェルナー・ゾンバルトが1920年代に「資本主義」という言葉を作った時に意味してたものでもあらへん。金融資本主義なんや。そして今、金融部門が独占的利益とレンティア的利益と不動産利益を後押ししてんねん。
土地はもはや世襲の独占に属してへん。誰でも家や商業ビルを買えるけど、そのためには借金せなあかん。そして土地地代は全部、もはや地主階級にやなくて銀行家に払われるんや。戦後に標準化されて、アメリカの中産階級を作り出した30年ローンの期間を見てみると、銀行家は実際に利子という形で家や商業物件ビルの売り手が受け取ったよりも多くの金を手に入れてるんや。
せやから、アメリカやヨーロッパで従業員が払わなあかん住宅費、賃貸であれ購入であれ、銀行への利子や手数料の支払いをカバーするくらいには高くないとあかんわけや。ヨーロッパ経済もアメリカ経済も見てみたら、国内総生産はまあ成長してるように見えるけど、この国内総生産の成長のほとんどはレンティア収入なんやな。利子はサービスを提供してるものとして計上される。銀行の延滞手数料、利子率より高いクレジットカードの手数料もサービス提供として計上される。独占価格も全部GDPに含まれてる。せやから国内総生産のうち本当の「生産物」はどんどん少なくなって、経済的オーバーヘッドがどんどん多くなってるんやな。
さてどうしてこうなったんか。19世紀後半になると、地主階級、特に金融階級が古典派経済学に対して反撃し始めたんや。古典派経済学は産業資本主義のイデオロギーやった。経済を地代から解放せよ。自由市場というのは地代から自由な市場のことやった。アメリカでの反動はジョン・ベイツ・クラークが率いて、ヨーロッパでは反政府・反社会主義の経済学者のオーストリア学派が率いた。イギリスでは功利主義的な理論家たちが率いて、「価格と価値の間に違いはない。価格とは消費者が払おうとする効用のことや」と言ったんや。彼らはこれについて循環論法を使ったんやな。
せやから今取り組んでる次の本は一歩引いて、「経済についてどう考えるか、どう機能するかをどう考えるか」を問いかけなあかんと思てる。それが、西側、アメリカとヨーロッパが中国やアジアや、この自由市場古典派経済学者たちの本来の計画に従ってる他の国々を文明的な脅威と見なしてる理由を理解する鍵やねん。なぜなら彼らは銀行家や債券保有者の利益、地主の利益、独占資本家の利益を文明と見てるからや。そして19世紀の個人主義と自由市場の離陸全体、アダム・スミス、ジョン・スチュアート・ミル、そしてアメリカの産業家や英国の保守党が支持した社会主義・社会民主主義運動全体にとって、こういう人たちは「経済をもっと生産的にしたい、生産に何も貢献せんと、働かんと、寝てるだけで金を稼ぐ階級を廃止しなあかん」と言ったんや。
せやから、稼いだ所得と稼いでへん所得、生産部門と頭上コスト部門という根本的な区別があるんや。そしてそれが今日の経済学のカリキュラムでは全然教えられてへん。金融・不動産部門が合体して「経済地代なんてものはない。不労所得なんてない」と主張して戦ってきた。そして彼らは持ってる地代収入と、不動産と企業への投資からの借金で賄われたキャピタルゲインを全部、政治プロセスの支配権を買って民営化するのに使ったんや。特に1980年代以降、イギリスのマーガレット・サッチャーからアメリカのロナルド・レーガン、ヨーロッパの社会民主党まで、公共インフラを民営化しようという動きがあってな。「民間の経営者の方がずっとうまくやれる。水道システムを民営化しよう。イギリスの水道をテムズ・ウォーター社に売ろう。民間企業の方が確かに効率的で官僚主義的でない。イギリスの鉄道も民営化しよう。それの方が確かに効率的になる」と言ったんやな。
でも今や、イギリスの消費者や産業には水道料金がめちゃくちゃ上がってるのが分かる。鉄道料金もひどいことになってて、以前みたいに郊外を走ってへん。公営だったバス会社も民営化されて、もっと儲けるためにロンドンから遠い利用者の少ない路線をただ切り捨てた。ヨーロッパ全体で同じことが起きてる。
さて、今日のイギリスにとっての「高いコーン価格(穀物)」に相当するものは何かっちゅうと、エネルギーやねん。どんな産業もエネルギーが要るし、住宅も暖房のための電気が要るし、ガス管があればガスも要る。そして労働価値論は資本生産性を考慮に入れてへんかった。アメリカはそれをやった。1850年代から始まってな。アメリカ人、私が学位論文を書いたエラスマス・ペシン・スミスという経済学者は、1853年に共和党が創立された時にこの理論を同党の綱領の基盤として発展させた。彼らは「文明の進歩は、自然の風エネルギーと水力から、まず石炭、次に石油とガスへの移行やった」と言ったんや。
当時はまだ他の形の電気、例えば原子力なんかは誰も見てへんかった。そして、オランダなどの風車が、中国がゴビ砂漠や中国全土で作ったような巨大な風力発電設備になるとは誰も予測してへんかった。今や中国は「代替エネルギーとして電力を開発するのに長い時間がかかるから、これは民間企業任せにせえへん」と気づいてる。アメリカでは新しい電力会社を建設するのに、すべての申請を通して全ての要件と官僚主義を満たすと10年かかるんや。
アメリカの政治を乗っ取った主要な地代追求階級の一つで、銀行・不動産業に加えて、石油産業があるんやな。そして石炭産業も特定の州では非常に強力で、トランプ政権の支配権を買ってしもた。トランプは「わしは石炭産業の代表や。石油産業の代表や。石油、天然ガスで飛躍するで。そしてそれをエネルギーとして使う。第一に、ヨーロッパがアメリカとその同盟国が産出してへん石油やエネルギーに依存するのを阻止するで。ロシアやイランやベネズエラからの石油はもう輸入できへん。わしらから、わしらの同盟国から石油とLNG(液化天然ガス)を買わなあかん」と言ったんやな。そしてそうなってる。アメリカがヨーロッパに液化天然ガスを売った結果の一つは、アメリカ国内のガス価格が上がってるっちゅうことや。
まあこれが全部、アメリカが文明的な問題として捉えてるものになってる。アメリカ経済の意図は「わしらには問題がある。1945年にできたような産業資本主義的な方法では他の国々とはもう競争できひん。わしらはもう産業国やない。主にアジアへと労働と産業を海外に移してしまった。他の国々にわしらを援助させる唯一の方法は、ロシアと中国との冷戦があると言うことや。そしてヨーロッパをロシアが一年か二年内に侵略するっちゅう差し迫った脅威から守らなあかん。ロシアがまた2200万人を失いながらヨーロッパに侵攻して、東ドイツを自国のものにしようとするっちゅうことや」とゆうことやねんな。まあこれは全部たわごとやけど、この冷戦というフィクション、この架空の物語を傘にして、アメリカはNATOメンバーを説得したんや。「そうや、自由貿易は避けなあかん」ってな。
まあ、これはイギリスの産業家が1815年に勝った戦いと同じで、ドイツの産業家が2022年以降に今日負けつつある戦いや。ロシアや他の国との貿易、エネルギー貿易を断ち切り、続いてロシアとの技術貿易を断ち切ることでな。たとえばオランダが「ネクスペリアを閉鎖する。中国系企業が西側にあることは許せないからわしらが引き継ぐ」と言ったことがそれや。ほんの数日前にも、ドナルド・トランプのアメリカがパナマの最高裁に圧力をかけて、パナマ運河のポート開発への中国の投資を没収させた。中国がそこから締め出されるようにするためや。ほんまに文明的な戦争となりかねないことが起きてる。そしてそれは、国民全体の発展と経済成長と繁栄を代表する政府が存在するのか、それとも繁栄の敵、レンティア階級の政府が支配するのかという戦いやねん。
金融部門と不動産部門と独占企業に全ての公共インフラ、土地の支配権を与えて無課税にして、債権者の請求権として金融的富を創り出す信用を作り出させてしまったら、その請求権が99%、少なくとも90%の人々の債務を表すことになる。そうなったら経済は止まってしまうんや。そしてアメリカが冷戦について本当に本気なら、「ヨーロッパよ、わしらはウクライナ人を最後の一人まで戦わせるよう説得した。ロシアに一インチの土地も与えてはあかん。せやからゼレンスキーさんは、ウクライナ人が死んでも構わんと言う。人間は重要やない。土地の支配が重要や。ロシアを傷つけることが重要や。ドイツよ、お前らはロシアに二度も負けた、第一次大戦、第二次大戦。今回こそリベンジできるかもしれへん。軍事ケインズ主義でまた戦争しよう。軍需品を作れば、ロシアで実際に使えるで」ってことやな。
西側の金融レンティア資本主義とアメリカを中心とするインフラ、AI独占、コンピュータ独占、情報技術の間のこの戦いは、1945年以降のシステムにおけるアメリカの収支バランスと支配の鍵やった農業輸出で稼いできた産業利益の代わりに、情報技術と人工知能の独占地代に置き換えようとするものやねん。まあヨーロッパは「一つの問題は、独占地代を取るだけやなくて、わしらヨーロッパ人がそれらに課税することさえさせへんやないか。労働者に課税せなあかんとゆうてる。ビジネスとレンティア収入から税を移して、特にアメリカ人から移して、労働者に転嫁せよとゆうてる」と言いそうになった。
でもトランプは「そんなことはさせへん。おまえらに関税をかけて経済を混乱させる。おまえらの企業は米国市場にアクセスできなくなる。そしてNATOを通じて、ありがたいことにEUを支配するのにNATOを使ってきたし、奴らは降伏猿や。降伏して、アメリカの独占企業には課税しないと言った。ガスだけでなく情報技術でもアメリカに依存するようになった。賃金の伸びも所得の伸びも全部アメリカに払い続ける。結局アメリカに頼って、ロシア人がドイツに向かって進軍してイギリスに向かうっちゅう脅威からわしらを守ってもらうわけやから」ってゆうたわけやな。
これは狂気の沙汰や。文明が衰退するのは、最初の離陸から成功させてきた経済の力学を理解できへんなるからやと言えるんやろな。『古代の崩壊』の本では、何世紀もの内戦の末に古代を終わらせた最初のレンティア収入の形、つまり債権者階級が土地地代のための地主階級になっていく流れ、それが紀元前7世紀からカエサルの時代とローマ共和国の終わりまで続いた内戦をもたらしたことを示したんや。それは負債の帳消しと土地の再分配を求める民衆の要求やった。その闘いは失敗に終わり、結果として封建制が生まれてんな。
せやから西ローマ帝国、当時の西洋文明と呼べるものは、文明とさせてきた質を失って退廃になってしまった。今日も同様のことが起きてる。アジアは何千年もの間、社会哲学と統治について全く異なる基盤を持ってた。孔子の「皇帝がいるなら、皇帝の役割は国民を幸せにして反乱を起こさせないことや。反乱が起きたら皇帝は皇帝たる正当性を失う」という考え方から全部そうやった。西洋文明の離陸でも同じことが言えてて、それは実は中東、メソポタミア、エジプト、シュメール、バビロニア、エジプトで起きたんや。
紀元前三千年紀から紀元前一千年紀にかけての初期青銅器文明は全部、過頭債務問題を防ぐために定期的に負債を帳消しにしてた。ハンムラビ王朝の王は全員、統治を始める際に負債を帳消しにして、失った土地を耕作者に返し、再び税を払えるようにしてメソポタミアが持ってたインフラプロジェクトの軍役や賦役労働を提供できるようにしてたんやで。エジプトも同じや。考古学者やエジプト学者がエジプト人の書いたものをついに翻訳できるようになった時、ロゼッタ・ストーンが負債帳消し、税の負債の帳消しだったことが分かった。若いファラオが「以前のファラオたちがやったことをせよ。負債を帳消しにして国民を解放せよ。そうせんと土地所有が集中して貧困化してしまう」と告げられた時のものやった。
ユダヤの土地、ユダヤでも同じことが起きた。バビロン捕囚の後でユダヤ人が帰還した際、レビ記の法律、モーセ律法25章を持ち帰り、ハンムラビの負債帳消しが文言通りに言ってたことを:負債の隷属者を解放せよ、負債を帳消しにせよ、没収された土地を再分配せよ。それが宗教の中心に置かれた。なぜならその時までに、紀元前一千年紀には王はもはや善くなくなってたからや、少なくとも西洋では。そしてイスラエルはその頃にはほぼ西洋の一部になってたんやな。
せやから文明の変化は実際に今から2000年前、2500年前に始まったと言えて、負債を帳消しにせんで循環的な時間で秩序を回復せんかった西洋と、中東から中国までのアジアの国々との間に始まったんや。中東から中国までのアジアの国々は全部、富裕層が政府を乗っ取ろうとし、既得権益となり、公的権力を解体しようとして、国民の生活手段や土地保有権を寡頭支配階級の手に集中させることから守るのを妨げる傾向があることを認識してた。
西洋は最初から寡頭政治として登場した。その意味で、今日再び文明的な対立が起きてるんや。またそれが貸主階級、当初は地主、徐々に独占資本家と債権者階級との間の対立で、封建的ヨーロッパでは王たちが互いに戦い土地を奪い合うために借りた戦争ローンの国際銀行家への支払いのための収入源を見つけるために独占が作られたわけやな。
そやから確かに文明的な力学があって、産業革命においてより合理的な形に統合されつつあった。産業資本主義こそが急進的やったんや。ローマで、バビロニアで、そしてユダヤの土地で戦われたのと同じものを求めてたんや。イエスが既得権益に反対して、イザヤの巻物を広げて「私は負債の帳消しを宣言するために来た」と言った最初の説教を行った時のことや。それがユダヤ系キリスト教の原点、ユダヤ系キリスト教と言ってもええかもしれへんものやったんや。
せやから今日、こういうことが物事を引き裂いてる。アメリカには一つの問題があると言ったけど、電力がなければ人工知能やコンピュータ製造やその他のハイテクシリコンバレー技術での独占をどうやって確保するんかっちゅうことや。トランプは風車や太陽エネルギーの形でアメリカが電力を得ることを妨げてる。そして石炭が未来のエネルギー源の一つやと言ってる。トランプ政権は、バイデン政権が少なくとも地球温暖化のために廃止を予定してた石炭発電所の計画的廃止を取り消してしまった。
トランプは炭素エネルギーの代替手段を閉鎖しただけでなく、パリ協定からも脱退して、エネルギー生産を炭素への依存から解放しようとする世界の他の国々の動きを阻んでる。エネルギー生産は生産性の鍵や。それが文明的な脅威になってる。なぜなら地球温暖化という自然環境が、旱魃を引き起こし大規模な人口移動を引き起こした地球凍結が起きた紀元前1200年以降のバビロニア文明を破壊したことの一つやから。気候変動はまた、紀元前1800年にインダス文明も破壊してる。せやから、文明を脅かすのは内部の力学に加えて、特定の外部要因もあるんや。
これまでも起きてきたことで、歴史を通じて追跡できる。そして西洋文明と西洋文明の価値に従わされてきた世界の生き方を変容させ、滅ぼしさえする脅威になってる。現在の金融的リターンは現在のために生きてる。現在が未来や。重要なのは年単位の話だけや。石油会社は石油を燃やすことが地球温暖化を加速させて悪化させることなんてどうでもええ。なぜなら彼らは利益から、正確には石油からの経済地代から事業を営んでるんやから。
西洋文明が古典派経済学者たちの分析的な価値・価格・地代の理論に立ち返らへんと、「ああ、わしらはもう本当に生産的やない。脱工業化してしまった。マーガレット・サッチャーとロナルド・レーガンを、生産的労働と非生産的労働の区別をしない、そんなものはないとゆうこの反政府・反社会主義の哲学を代表するツールにしてしまった。自由市場とは裕福な財産所有者に好き放題させて政府を支配させて選挙資金を出させて、本質的に西洋文明がなってしまったのと同じ反政府・親レンティア・親寡頭政治の形の政府に従わへん国々どんな国々に対しても戦争を仕掛けることやと」いう事実を悟ることができへんやろう。
まあ西洋文明への最大の脅威はネオリベラリズムやと思う。ネオリベラリズムは経済地代の存在を否定して、レンティア収入を実際の生産物として扱い、「そうやな、GDPは上がってる。銀行家が金持ちになってる、この負債サービス費用全部、利子の支払いが上がってる、それは生産物や。不動産費用が上がってるから人々が払ってる地代、それは生産物や。独占価格はまあ、人々が進んで払うなら、消費者の選択として独占企業に払うんや。経済的強制なんてものはない」と思てる。経済思想の言説全体が、実際の経済システムの、そして最終的に文明がどう機能するかの力学を説明する語彙ではなく、欺きの語彙に変えられてしもてるんや。まあ、あなたの質問への長い答えになったわな。
---
グレン・ディーセン: いや、素晴らしい答えやで。古典派経済学者、産業資本家たちがレンティア階級の役割を削減すること、少なくとも地代追求者を全部削減することに、まさにこの問題にどれだけ注力してたかは面白いと思う。そしてまた、今や金融資本主義へのこの転換が見られて、レンティア階級を素晴らしい優れた資本家として見るようになってるのは興味深い。ジョン・スチュアート・ミルなどを持ち出して再分配がなぜあるべきでないかを正当化してる。古典的な経済または産業資本主義という概念があたかも社会主義的な陰謀であるかのようにね。せやけど、ネオリベラルな資本主義のアイデアが同じ思想家たちから、ある程度まで借用することを可能にするイデオロギーをどう作り上げたかを見るのは奇妙やな。
最後にヨーロッパ人について聞きたいんやけど。アメリカは明らかに中国とは競争できへん。今や世界中から地代を求めてるわけで、アメリカがある有利な立場に立ててる。でもヨーロッパに対しては、言われたように、もっと攻撃的になってきてるように見える。「武器を買え、エネルギーを買え」と言ってる。そこには大きな上乗せがあったり、たくさんの地代を取り出せる余地があるわけやな。そしてヨーロッパが安全保障を求めるなら、利益もアメリカに再投資するようにしなければならないとも言ってる。もちろんヨーロッパはそうしてるけど、これもまた大陸への経済的な壊滅をもたらしてて、それがいつかは政治的・安全保障的な問題として表れてくるやろな。
でも中国とロシアは、アメリカ主導のシステムからデカップリングするにつれて、これが彼らにとっての経済成長の源になってるように見える。「ロシアに制裁をかけてその経済を押しつぶしてやる」というアイデアがあったやんか。戦争が始まった頃は、「ルーブルはがれきになる、週末が終わる前に経済をたたき潰してやる」と言ってた。でもそうはならなかった。
むしろ、ロシアが西側の技術、銀行、通貨から自らを切り離すにつれ、代わりに大幅な成長があった。もちろんこの伝統的な、いや伝統的でなくて、この新しい金融資本主義に比べたら、より産業的な分野を基盤にしたものやったけど。中国とロシアの成功の一部は、この競争力のない、地代追求のアメリカの技術、銀行、通貨から自らを切り離したことにあると思う?
---
マイケル・ハドソン: まあ彼らが自分から切り離したんやなくてな。ドナルド・トランプとアメリカが彼らを切り離したんや。彼らにとっては幸いなことにな。社会主義は陰謀だったっちゅうのは違う。社会主義は産業資本主義の次の段階として見られてたんや。19世紀後半には、マルクスだけが社会主義について話してたんやなくて、いろんな種類の社会主義があった。キリスト教社会主義、無政府社会主義、社会民主主義とかな。そして全ての既得権益を含む全員が合意してたのは、基本的なニーズを補助金付きの価格で提供するために政府が経済においてより大きな役割を果たす必要があるということやった。そしてアメリカ最初のビジネススクール、ウォートン・スクールのアメリカ最初の経済学教授、サイモン・パッテンが「公共インフラは労働、資本、土地に加えて生産の第四の要素や。ただし土地は実際には生産要素やなくて地代収奪やけど」と言ったんやな。
でも公共インフラは利益を上げることを目指してへん。基本的なニーズの価格を最小化することを目指してるんや。そうすれば労働者はこれらのコストをカバーせんでええし、公共投資は民間投資よりも生産的で価格も低いから、雇用主もこれらのコストを払わんでええ。公共インフラの目的は、運河、鉄道、公衆衛生にあるように、利益を上げることやなくて経済を収益性の高いものにすることやから。まあ保守党の首相ベンジャミン・ディズレーリはイギリスで「公衆衛生、公衆衛生こそが全ての中心や」と言ったんやな。そしてディズレーリが公衆衛生を推進したのとは反対に、アメリカではオバマ大統領が「公衆衛生を民営化せなあかん」と言ったんや。そして1950年代以来のアメリカ医師会は「社会化医療には反対や」と戦ってきた。まあ結果として、医師の医療行為を社会化された医療が引き継ぐのではなく、民間の医療保険会社が医師にできることを引き継いで、医療費をGDPの20%にまで押し上げてしまったんやな。
これはヨーロッパから中国に至るまでの他の国々と比べてはるかに超過してる。中国はイギリスが長い間そうしてたように、またヨーロッパの多くの国がそうしてたように、公衆衛生と無料の公教育を提供してる。でも今やアメリカでは年間5万ドル以上、英国、オーストラリアや他の英語圏の西側大学でも高額になってて、ドイツの大学もそうやと思う。経済を競争力のある低価格にするはずだったこういった機能は全部、今や民営化されて高価格になっている。中国やロシアのような国々は基本的なニーズの価格を低く保ってて、民主主義国家が行うべきとされてることをやってるんや。アメリカは「わしらは民主主義、向こうは権威主義」と言うけど、この戦いはそんなことやない。西洋の寡頭政治対社会主義・強い公的補助のある国家産業資本主義の戦いやねん。そしてこの補助が金融寡頭政治の発展を妨げてる。なぜなら中国が西洋での社会主義運動が主張してきた以上のことをやってるのは、「お金は公共財や。私たちは中国人民銀行を通じて企業買収の資金を提供するためや金融操作によって財務的に金儲けするためではなく、実際の建設に資金を提供するためにお金と信用を創り出してる」と言ってるからやねん。
まあ住宅建設に過剰に資金を提供したのは明らかやけど、産業にも資金を提供し、風力発電所にも資金を提供し、基礎研究にも資金を提供するか、少なくともこれら全てを行う民間企業への政府補助と支援を提供してる。混合経済があるんや。歴史上の全ての成功した文明は混合経済やった。そして既得権益が「混合経済はいらん。政府にわしらを規制したり課税したりしてほしくない。経済は自分たちで支配したい。政府が課税するはずやった金は自分たちの収入として欲しい。社会の残りを貧しくして自分たちに依存させたい。たぶん革命が起きるかもしれへん、そしたら戦えばええだけや。そして強い公共部門で豊かになりたい他の国々と戦わなあかん」と言う時、それが問題や。
せやから、西洋民主主義が行ってるとゆうてるけど実際には行ってないことをやってるのは、中国や。行ってないのは民主主義やないからや。寡頭政治やから。そして西洋の語りに使われる語彙は「中国は権威主義や」と言う。「もし企業を規制して独占を規制したら、それは権威主義や。労働者に課税する代わりに富裕層に課税したら、それは権威主義や。独占価格を取ったり人を搾取したり高利貸しの水準まで利子率を上げたりするのを妨げてるなら、それは権威主義や。わしらが国民を借金漬けにして、持ち家を持つ自立した階級からレンティアに家賃を払う依存した階級に変えることによって金儲けしたいことを何でも妨げるものは、権威主義や」と言う。まあ彼らは権威主義が本当に、本当に良いものだと聞こえるようにしてるんや。もちろん昔はそれを社会主義と呼んでたんやな。
せやからまた、欺きの経済語彙がこの語りの基盤になってるんや。私は『JはジャンクEconomics(クズ経済学)のJ』という本を、まさにこの語彙の変容について書いたんや。適切な語彙を持てば、どんな経済でもどのように機能するかという実際の力学を理解するのに役立つわけや。
---
グレン・ディーセン: 広範な答えをありがとうな。地代追求という概念について今の経済での段階と、それが文明にとって何を意味するかをより深く理解するために、もっと多くの人に感謝してほしいと本当に思う。いつも通り、あなたの知恵を分かち合ってくれてほんまにありがとう。本を買いたい人のためのリンクは説明欄に残しとくで。かなり多作な著者やから読み応えあるものがたくさんあるわ。そしてもちろん、ウェブサイトへのリンクも残しとくで。いつも素晴らしい内容があるからな。本当にありがとう。
マイケル・ハドソン: こちらこそありがとうな。『宿主を殺す』でも地代論の歴史と今何が起きてるかについて説明してるし、『超帝国主義』はちょうどオーディオブックになったとこで、今まさに入手できるようになったんや。せやからみんながこのアイデアを受け取ってくれてる。でも考えてみてな、ノーベル賞が何のために授与されてるかを。この理論と経済地代の概念を否定するために授与されてるんやで。本質的に、これら全部を否定するクズ経済学のためのものなんや。わしらは本当に、経済をどう理解するか、その力学をどう考えるかという問題をめぐる文明的な戦いの中にいるんや。それが本当のことの全てやねんな。ほんまにいつも正しい質問をしてくれるわ、グレン。せやからこの番組に出るのがそんなに好きなんやな。
グレン・ディーセン: ありがとう。ほんまに感謝してるで。


0 件のコメント:
コメントを投稿
登録 コメントの投稿 [Atom]
<< ホーム