2026年3月14日土曜日

クラピヴニクとワシリエフ:バルト三国の反ロシア路線

https://www.youtube.com/watch?v=pQPVLX78B1E

圧力、恐怖、そして結果

第1章:ラトビアのロシア人:人口動態

ソビエト連邦が崩壊した時、ラトビアには130万人のロシア人がおった。今は30万人を切っとる。これは別の問題やと思う。バルト三国におけるロシア人への集団虐殺について問題提起する権利が俺らにはあると思うで。4倍もの人口減少は自然には起こりえへん。人為的なものでしかありえへんのや。

全くその通りやで。今エストニアにどれくらいの人口がいるか知らんけど、ラトビアは180万人と発表しとる。でもまずスウェーデンの研究機関が小麦粉や麺製品の消費量から計算して、その後1年ほど前に携帯電話会社が国内で実際に使われとるSIMカードの数から計算したら、100万人以下やったんや。ラトビアで100万人以下や。エストニアはもともと170万人やったから、たぶん50万人も行かへんやろな。

バルト三国を旅してみたら、もう新しい入植者を待っとるような土地やということがよく分かるで。

そうやな、アラブ人やアフリカ人を入植させようとしとると聞いた。ウクライナでもアラブ人やアフリカ人のための村を建設しとったし、EUのお金でな。ウクライナで新しく建設されたもんといえば、東西をつなぐ道路とアフリカ人・アラブ人のための村くらいしかなかったわ。バルト三国も全く同じやで。

第2章:弾圧と刑期

今そこで起きとることは滅茶苦茶や。俺が「ゲシュタポ」と呼んどる組織がある。色々な名前がついとって、ラトビアでは国家保安局(SGB)、エストニアではカポと呼ばれとる。どちらの組織も今は完全にキレてしもとる。

先週、公式な野党政党「KOS」の活動家2人への判決が送られてきた。14年前にクリミアの選挙の監視員をやっとったという理由で、14年の禁固刑を言い渡されたんや。14年やで。

ラトビアではつい先日、言語学者・文献学者の教授が10年の禁固刑を言い渡された。学術会議で「集団虐殺」と「民族虐殺」の違い、そしてなぜラトビアでの民族虐殺が国際機関によって認められとるかを説明したというだけで。つまり、EUでさえ認めとることを発言したというだけで、ガポネンコ教授は10年の刑を受けたんや。

ガポネンコはラトビアの話で、KOSはエストニアやな。でも俺はこれらは本質的に同じもんやと思う。根っこは同じところにある。彼は先住民族の出身と言えるかな。そや、全くそうや。

カザフスタンでも2人の主要な歴史家が投獄された。カザフ人やのに、「これらの都市は実際にロシア人とドイツ人が建設した」と言うたからや。はい、判決や。今ラトビアやエストニアで起きとることはそういう状況やで。完全な狂乱状態や。

第3章:ロシア語の禁止

率直に言えば、単なるナチス的な体制やのうて、完全な無法状態が続いとる。ロシア語での教育の禁止、さらには互いにロシア語で話すことの禁止。教育だけやのうて、会話の禁止や。第二次世界大戦中のナチスでさえここまでは思いつかへんかった。

これは明らかな圧力、明らかなジェノサイドや。俺は物事をはっきり言うで。歴史的記憶を奪うこと、アイデンティティの基盤を奪うこと、それがジェノサイドやからな。

このジェノサイドが今展開されとることについて、俺は末期症状やと思っとる。彼らはこの世界に何も提供できへんことを完全に理解しとる。グローバル市場でどう自分たちを位置づけるかも分からん。何も生産してへん。ヨーロッパからロシアへ、またその逆の輸送ハブとして機能することもやめてしもた。残ったのはロシアへの野蛮な洞窟人的な憎しみを表明するという一つの方法だけや。ヨーロッパとアメリカからの資金が続く限り、これは続くやろ。でも今回のイランの危機でその資金が細っていく可能性があると俺は思っとる。ある時点でバルト三国の上層部にいるナチどもは、事前に準備した飛行場に向かって飛んでいくやろ。彼らはもう地元の住民やないんや。ドイツのパスポートを持つ者、カナダのパスポートを持つ者、アメリカのパスポートを持つ者。地元の人々と自分たちを同一視してへんのや。

では実際の野党、あるいはロシア系自由主義者を除く抵抗勢力はあるんか?国民は立ち上がれる状況にあるんか、それとももう憎しみに染まりきっとって諦めるしかないんか?

第4章:なぜ抵抗がないのか

歴史的な類比から始めようか。1945年5月、帝国首相府近くで戦闘が行われとる時でさえ、ドイツでは民衆蜂起は一件も記録されてへんかった。

ナチス国家とナチス体制は最も安定した体制の一つや。その安定の基盤は、権力を握ったらまず最初に国民の一部を自分たちの犯罪の共犯者にすることやで。

ドイツについてはその犯罪をみんな知っとる。バルト三国については全部は知られてへん。1991年にバルト三国で権力を握ったナチどもは、すぐにラトビア人の大部分を自分たちの共犯者にした。ロシア人人口を奪い、市民権を剥奪して、「異邦人」という意味の言葉が書かれたグレーのパスポートを発行したんや。さらに私有化証明書を取り上げて、自分たちの民族に分配した。

これがほぼ全ての多数派民族が参加した最初の犯罪や。その後、ロシア語学校が禁止された時にこの犯罪はさらに悪化した。地元の多数派住民がロシア語廃絶に賛成する国民投票で投票したんや。

こういうわけで、今日ナチス体制は犯罪集団のメンバーになってしもたこの部分の人口に頼っとる。何らかの国民的自覚、国民的蜂起への希望はまずありえへん。

今「親ロシア的」とか「関係改善を望む」と称してる者たちは、実際には同じナチどもで、ただ一つだけ違いがある。ロシア人を滅ぼす前に、彼らから何かをまだ搾り取れると考えとるんや。こういった「新しいナチ」が俺らに接触して関係を築こうとしてくる時には、これをはっきり理解しておかなあかん。これはウクライナで今見えとることと本質的に同じや。テロリストのゼレンスキーとテロリストのブダノフやザルジニーの違いは何か?何もない。3人とも犯罪者で、誰も他より良くない。みんな悪いし、しかも彼らは「対テロ作戦(ATO)」の際に定期的に人を送り込んで略奪・殺戮させ、引き上げさせることで膨大な数の住民を共犯者にしてしもた。

だからウクライナでも民衆蜂起は起きてへんし、これからも起きへん。ナチス体制は決して内側から崩れへん。外側から壊されるしかないんや。

第5章:国民、エリート、そして移民

この状況で、国民はエリートが自分たちをロシアへの進撃の捨て駒として位置づけとることを理解しとるんやろか?そして俺らが先に攻撃せえへんかったら、それは実際に起きるかもしれんのや。

理解しとる人たちは出て行っとる、どんどん出て行っとる。俺が話した人たちはほぼ全員、今は移民になっとる。東ではなく西に向かった人が多い。でもそれは個人的な志向だけの問題やなくて、可能性の問題でもある。ロシアへの移民は非常に困難や。ロシアで合法化して留まるのは、例えばイギリスでやるより何十倍も難しいんや。俺は個人的によく知っとる。

バルト三国に残っとる人たちについては、今やバルト三国全体を覆う宣伝の圧力は、その虚偽と攻撃性において前例がないで。俺は毎日バルト三国の報道を読んどる。毎日「ロシアはもう崩壊した、ロシアは膝をついた、あと一押しで俺らが勝つ」という話を読む。そして最も興味深いのは、「ほら、あなたたちも大変やろ、物価が上がって、給料が下がって、生活水準が落ちて、ローンが払えへん。でもあなたたちがそんなに大変なら、ロシアはどれほど大変か想像できるか?」というわけや。

これはアメリカ的アプローチや。30?40年間、普通のアメリカ人に言い続けてきた。「おまえはクソの中にいるかもしれんけど、世界中のクソと比べたら、おまえのはバラの香りがするで。世界中がもっとひどい状況や。おまえは世界で一番金持ちや。ボロボロの廃屋に住んでいようと、歯医者にも行けなかろうと、子どもたちが文字も読めなかろうと、心配すんな、世界中がもっとひどいんやから」

アメリカはこの上に成り立っとる。アメリカの国家統計によると、人口の21%が完全な文盲で、32%が部分的な文盲や。8年生の40%が全く文字を読めへん。バルト三国でも全く同じことが起きとる。

第6章:財産と安全保障

俺らは戻って、俺らの財産を取り返さなあかん。そこに住んどる人々は自分たちで決めたらええ。

もう一つ議論を加えたいんやけど、俺らは自分たちの都市のすぐ近くに全く制御不能な攻撃的な集団を置いておく権利はないんや。まず第一にカリーニングラードで、今包囲・封鎖されとる。第二はペテルブルクで、エストニアのタパという町にロケット砲台が設置されとる。プスコフはすぐそこで40kmしかない。プスコフはすでに攻撃を受けとるし、プスコフ師団にも弾が飛んできとる。

その後、トロペツの倉庫にもドローンが飛んできた。最近ではヴェリキエ・ルキの製油所への攻撃もあった。これらのドローンはウクライナ方面から飛んできたという政治的決定が下されとる。まあ、最高司令官に反論はせえへん。今はそう考えなあかんのやろ。

でもドローンがペテルブルク北部のヴィソツクに飛んできた時は、フィンランド上空でも飛んだのかという話になる。ともあれ、この現実を知っとる以上、俺らは自分たちの都市の近くにロシア人とロシアを破壊することを目標とした好戦的な集団を置いておくわけにいかへん。

ところでな、イラン人が俺らに示してくれたのは、NATOだけやのうてアメリカの軍事力を左右に殴り続けても、世界の終わりにはならんということやで。

そや、俺もそう確信しとる。彼らの例が何らかの形で励みになってほしい。特に、イラン・アメリカ戦争と同時期にロシア国防省の元第一副大臣が逮捕されたからな。何らかの変化があるかもしれへんな。

第7章:バルト三国の軍事インフラ

指を折りながら数えようか。エストニアのタパには、ペチョル市との国境から100kmのところに2個大隊のHIMARSが配備されとる。2個大隊は相当な数やで。実質的にペテルブルクの郊外、ひょっとしたらペテルブルク市内にも届く。タリン近郊のパルディスキにはイスラエルのBlue Spear(ブルースピア)ミサイルが配備されとる。これはフィンランド湾をほぼカバーする対艦ミサイルや。クラスロヴォという町にはもう一個のHIMARSがあって、ノヴォポロツクの化学コンビナートを直接狙える位置にある。そこにはソビエト時代から青酸やその他の酸が貯蔵されとる。つまり大量破壊地帯を作り出すための実質的な準備された拠点になっとる。これらすべてが俺らを脅かし続けとるんや。

カリーニングラードについては、すでに45,000人の部隊が周囲に集結していて、増え続けとる。リトアニアに駐留するドイツ人は「俺らは正義を回復しに来た光の戦士や、栄光の都市ケーニヒスベルクを取り戻す」という声明を出しとる。これは全部書かれていて、全部語られていて、誰も隠さへん。これをそのままにしておくわけにいかへん。これは俺らの孫への犯罪や。俺らがやらへんかったら、子どもたちが大量の血を流してこれを解決せなあかんようになる。

歴史的正義を回復する必要がある。栄光の都市バルラウ、スラブの都市は再びスラブの国家の一部にならなあかん。西プロイセンの「P」を取り除けば「西ルシア」になる。俺らはベルリンをすでに3回取った。4回目も来るやろ。これは全部ロシアの土地になるべきや。俺らはこの都市を3回取った。ドイツ人がモスクワに入ったのは1回だけで、それもナポレオンの手下としてやったけど、長くは居られへんかったし、自分の意志で出て行ったわけやない。

第8章:強硬な武力アプローチ

この脅威に終止符を打たなあかん。俺は彼らの中で育ったから彼らのメンタリティを理解しとる。3年前からこう言い続けてきた。容赦なく叩かなあかん。ウクライナ軍の死体が山積みになるまで。そうしたら俺らを恐れるやろ。戦争にならへん。逆に平和になる。全員逃げ出す。「ああ優しい、穏やかや、ああロシア人は手ごわいな」とはならへん。

2014年にマイダンで、ナチ200人を殺せば全部終わっとったんや。1年後、彼らがドンバスを攻撃した時には、数千人のナチを殺せばその軍隊も崩壊しとった。今は何百万人も殺さなあかんようになっとる。これが俺らの「民族友好」と絶え間ないヒューマニズムの代償や。自分をヒューマニストやと思えば思うほど、問題の解決を先送りにすればするほど、より多くの犠牲者が出ることになる。

ヤヌコーヴィチみたいに権力に就いて断固とした決断を下す覚悟のない人間は、権力に就かんほうがええ。彼は「キリスト教徒の血を流したくなかった」と言った。あの時マイダンを包囲して全員を徹底的に制圧することができたんや。ウズベキスタンでアメリカが色の革命を起こそうとしてイスラム主義者を送り込んだ時、何が起きたか?まさにそれをやった。その後平和が来て、全部落ち着いて、みんな平穏に生きて、国は発展しとる。ウクライナのヤヌコーヴィチはそれをせえへんかった、全員を銃殺・粉砕するという絶好の機会があったのに。裁判なしに、ただその場で殲滅するだけでよかったのに。せえへんかった。そのせいで今200万人が死んだ。さらに150?200万人が死ぬやろ。そして俺らの側でも何人失ったか。断固とした決断を下す覚悟がないなら、権力に就くな。

第9章:弾圧の歴史的事例

共産主義者たちは、必要な時に断固たる決断を下すことができる、またそうしなあかんということを示したで。

なぜ共産主義者だけや?帝政ロシアも同じようにやっとったで。1917年に皇帝が裏切られる前の、1905年の革命の時に皇帝は何と言うたか?「恩赦なし。翌朝裁判、即日吊るす」と。大公たちが処刑予定の者を恩赦するよう頼んでも「全員、恩赦なし」と言うた。そしてすぐに全部収まった。ムラヴィヨフはポーランド蜂起を鎮圧した時にポーランドの指導者層をことごとく吊るした。効果的やったで。コーカサスの山岳民族の蜂起も同じように処理した。

ニコライ1世の下でチェチェン人から始まってコーカサス全土の山岳民族やグルジア人まで、非常に効果的にやった。最初は長男、それから全ての息子たちと地元貴族の子弟全員をペテルブルクに送らせた。彼らは皇帝に謁見して、完全なロシア語教育を受ける帝国の兵舎に入った。それまでに南から北のロシアに移り、自分たちの村よりはるかに優れた巨大な国を見てきた。教育を受けた後、皇帝の護衛隊で奉仕してから、国境警備のための地元民兵を組織するために故郷に送り返された。ペテルブルクでの良い豊かな暮らしに慣れた人々が村を見て「俺の村をこんなふうにしたい、ロシアから離れたらもっと貧しくなるだけや」と思う。親ペテルブルク派がその民族の中から現れて、みんなに「あそこはいかに良いか、俺らも同じように生きなあかん、でも離れたらできへん」と語るんや。2?3世代で全部親ロシア的になった。まあ俺らはこの100年でそれを全部無駄にしてしもたけどな。

アゼルバイジャン、アルメニア、グルジア、ウクライナ、バルト三国。どれだけ全部無駄にしたか。まだどれだけの代償を払うことになるか。残念ながら全部自分たちの血で支払うことになる。残念ながら俺らの子どもたちの血でな。だから財産で取り戻すほうがええ、子どもたちの血よりもな。

第10章:シンボルと歴史的神話

ラトビアの国民的シンボルが実はラトビアのものやないという話をしようか。ウクライナのも実はウクライナのものやない。ハザールのものやけど、それはまた別の話や。

ラトビアの国歌の曲はドイツの民謡や。「私は小鳥でした」という歌や。

ラトビアの国民的シンボル「アウスクルプリス」はウドムルト共和国の国章やで。今ウドムルト共和国の旗を広げたら、8角星がラトビアの国民的シンボルになっとる。本当に?

全ての叙事詩の国民的英雄「ラチュプレーシス」もラトビアのシンボルやけど、まずその叙事詩自体がロシア軍の参謀本部大尉によって書かれたもので、さらにその主人公のモデルになったのはロシアの公爵、リュリコビッチ一族のヴャチェスラフ・リチコやで。

こうやってこの象徴主義を掘り下げていくと、全部実際にはロシアのものやということが分かってくる。バルト人というものが数千年、何百万年も独立して生活していたという神話に、また一つ釘を打つ証拠やな。決して独立してへんかった。リトアニア人でさえ、これらは民族ではなく民族集団だと言うとる。それは全然違う話やで。

第11章:情報戦での敗北

そや、情報戦で俺らはよく負けとる。それは能力がないからや。

西側の大企業で調達部長をやっとたから言えるけど、ロシアの企業も社会全体も売ることができてへん。アップルの製品とか電話とかやなくて、マーケティング、大規模なブランディングのことや。俺らの支持者たちも皆そう言っとる。なぜロシアは自分の立場を説明できないのかということや。

ロシア国家は最初から自国民に対して自分の立場を十分に説明してへんかった。説明する人たちが単純にできへんからや。俺はこの問題はプロパガンダと扇動への投資を嫌がることから来とると思う。これは帝政時代からで、俺らの貴族が自分をジャーナリストに変えることを卑しいと思っとった頃から続いとる。上層部にいる人たちは、自分たちが何者かを説明することへの投資は優先事項やないと考えとる。

その一方で、リガではNATOの戦略的コミュニケーションセンターが大会議を開いて、ロシアから移民してきた連中、各種メディアやその界隈の人々を集めた。全部で140人やったけど、その140人のために1年間で2000万ドルが割り当てられた。具体的なタスクはZスペース(ロシア語インターネット空間)の信用失墜や。彼らは非常に真剣にこの問題に取り組んどる。俺らに同様の真剣な取り組みがないのが残念や。

孫子の兵法の一節を思い出すで。戦わずして勝てる方が真の戦争術や。敵の国民が外国の軍隊のために自分たちで門を開けて、解放されたと喜ぶ時や。戦わずして敵を打ち負かすことが本当の戦争の術やで。それを俺らにずっと仕掛けてきとるのに、俺らは返せてへん。

第12章:交渉と降伏

今も同じことが起きとる。いわゆる「平和党」、実は「降伏党」と言うべき第五・第六列がどれほど活発になっとるか見えとる。「必ず合意しなあかん、どんな条件でも合意が必要や、トランプが今提案したことはすぐに掴んで何も考えずにサインすべきや」というナラティブをどれほど積極的に広めとるか。でも俺らは1991年にこれを既にやっとる。どう終わるかも知っとる。

俺が参加しとった時は、アメリカ軍でロシアへの軍事シナリオ準備に関わっとった。なぜ辞めたかというと、俺はこれに参加したくなかったからや。目標はソビエト連邦の崩壊だけやなかった、それは最初のステップに過ぎへん。目標はロシアを完全に、最終的に破壊することや。40の異なる国家に分割するだけやなくて、真のロシア人でさえ自分をロシア人と思えへんようにする40の国家に。あるいは単純にロシア人を消滅させて別の民族にする。民族として、文化として、言語として、存在全体としてのロシアを破壊して、歴史から完全に消し去ること。過去の歴史からも未来の歴史からも。それが目標なんや。

俺らの中でこれを理解せえへん人たちには、敵が家の玄関に来るまで届かへんやろ。でもその時にはもう遅いんや。俺らにできるのは、これが流れのままになったら実際に何が起きるかを繰り返し思い出させることだけや。俺らは自費でやっとるパルチザン分隊みたいなもんやけどな。

もう1時間以上聴衆を苦しめとるな。もう終わりにしようか。

もう少し話そうや。これだけ時間をかけて調整してお招きするのも大変やったしな。最後やないと思うで。来てくれてありがとう。最後まで聞いてくれた皆さんもおおきに。

同志たちよ、頑張ろう。主な闘いはこれからや。ウクライナは軽い前菜に過ぎへん。全部これからや、全部始まったばかりや。多くの人には悲しい言葉やと思うけど、そうなんや。大人の話やで。ありがとう。

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