マイケル・ハドソン:中央アジアは失敗するように仕組まれた
https://michael-hudson.com/2025/11/rentier-rule-of-law-why-central-asia-was-set-up-to-fail/
地代生活者の法の支配:中央アジアは失敗するように仕組まれた
マイケル・ハドソン 著 (2025年11月13日木曜日)
<エリミラ・サティバルディエヴァ氏によるトランプのレアアース戦略について>
わしらは今、レアアース(希土類鉱物)を巡る新帝国主義的な競争を目の当たりにしとる。カザフスタンの新しい米国大使ジュリー・スタフトは、カザフスタンが米国のレアアース需要の50%を賄える能力があるって言うた。彼女は資源の急速な採掘を要求し、採掘された資源をカスピ海横断ルート経由で輸出することを提案したんや。
米国は特にタングステンの採掘に興味がある。米国を拠点とするコブ・カズ・キャピタル(Cove Kaz Capital)は、カザフスタンでこの戦略的に重要な金属の巨大な鉱床(Verkhne-KairatinskoyeとNorth Katpar)を開発する計画や。
米国はタングステンを、砲弾、装甲、特殊装備の生産に使われる、防衛産業の主要資源と見とる。アメリカ側の目的は、この金属における中国への依存度を下げることや。
交渉は、以前、アメリカ企業のワブテックとカザフスタン鉄道との取引を成功させたハワード・ラトニック米商務長官が主導しとる。
コブ・カズ・キャピタルとカザフスタンのサムルク・カズィナ基金との合弁事業が提案されとる。このアメリカ企業は、カザフスタンでタングステンを採掘するだけでなく、加工して米国に供給する計画や。カザフスタンは利益の分け前を受け取るけど、プロジェクトの支配権はアメリカ側が握り続けるやろな。
米国政府機関を通じて財政支援を検討しとるが、企業資本に直接参加するつもりはないっちゅうことや。
このプロジェクトは、重要な資源供給における中国への依存度を減らすっちゅう、より広範な米国の戦略の一部や。中国もカザフスタンの鉱床開発に興味を示しており、より有利な条件を提示しとる。
一週間前、カザフスタンのセリク・ジュマンガリン経済大臣はワシントンでアメリカ人実業家と会談し、カザフスタンの投資の可能性を売り込んだ。これで、米国はカザフスタンの別の戦略的鉱物を手中に収めたようやな。
中央アジアのネオリベラルの悲劇
1980年代半ば、ソビエト当局は、西側のような革新と生産性を達成したいっちゅう望みから、経済を開放する必要を感じとった。その10年こそ、マーガレット・サッチャーとロナルド・レーガンが、米国、英国、その他の経済を二極化させ、地代生活者(ランティエ)の経費で負担を重くした新自由主義的な金融優遇政策を推進しとった時代や。
ソビエト連邦が実行した民営化政策は、社会民主主義的な西側諸国が容認するよりもはるかに極端やった。1990年12月、それまで公有やった財産を私的な手に移すっちゅう、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、経済協力開発機構(OECD)、欧州復興開発銀行(EBRD)がヒューストンで提示した新自由主義の青写真を採用することに同意したんや。その約束は、民営化する側が、豊富な新しい住宅や消費財、繁栄を生み出すことに利益を見出すっちゅうもんやった。
ソビエトの指導者たちは、受け取った新自由主義のアドバイスは、先進工業国が発展し、彼らの繁栄をあれほど魅力的に見せた道のりに従う方法やと信じとった。せやけど、このアドバイスは実際には、彼らの経済を開放し、米国や他の外国投資家が、ラテンアメリカや他の傀儡国家で米国外交が据え付けたような「クライアント寡頭制」を作り出すことで、旧ソビエト共和国から金を儲けることを可能にする方法やったんや。冷戦によって孤立しとった旧ソ連は、米国や他の西側の銀行や企業による金融と天然資源搾取の餌食と化したんや。
その結果は、「クレプトクラシー(窃盗政治)」、つまり「自由市場」というオブラートに包まれた窃盗やった。銀行、不動産、天然資源、公共事業は、自分たちの利益のために買収したものを管理する横領者の手に民営化され、彼らはその利益が外国投資家や銀行の利益と合致することを見出したんや。1990年代のロシアのジョークは、その後の危機をこう表現しとる:「党が共産主義について語ったことは全て嘘やった。せやけど、資本主義について語ったことは全て真実やった!」
ウラジーミル・プーチンは、旧ソビエト連邦の崩壊を20世紀後半の大悲劇やと表現した。古典的なギリシャ悲劇と化したんは、ソビエト共和国がショック療法を受け入れ、1991年に政府の投資家、信用創出者、規制当局としての役割を廃止したとき、その運命がいかに避けられへんかったか、そしていかに予期されてへんかったか、っちゅう点や。民営化は機能不全の計画を終わらせへんかった。それは単に社会の機能不全を民営化しただけで、すぐに徹底的な軍事攻撃と同じくらい経済的にも人口統計的にも破壊的やと証明されたんや。
どの経済も、何らかの階級によって運営されとる。公的権威がない状況では、計画は、銀行、土地、関連する富の源、そして何よりも信用の配分を支配する者へと移行する。ポスト・ソビエトの切り分けが始まってから30年経った今、銀行の集中は、住民を荒廃させ、負債を負わせ、貧困に陥らせ、平均寿命の短縮と移住の増加につながっとる。
この優れた、せやけど胸が張り裂けそうな本は、カザフスタンとキルギスにおけるポスト・ソビエトの新自由主義的な再構築によってもたらされた悲劇を描写しとる。サングヘラとサティバルディエヴァは、米国、世界銀行、IMFの高官が、西側経済が繁栄したモデルを採用するのを助けると主張する役立つアドバイザーのふりをして、これらの国々に対し、自国民のためというより、外国の金融機関や企業のために行動するよう圧力をかけた様子を描いとる。これらの「援助を与える」(正確には「負債を作り出す」)機関は、西側の銀行や投資家のために行動し、ポスト・ソビエトの土地、不動産、石油、鉱物資源の切り分けと金融化を促進したんや。
ソビエトの計画では、住宅は権利として提供されとったし、教育や基本的な医療へのアクセスもそうやった。住宅市場も住宅ローン債務もなかった。政府が独自の信用創出で住宅に資金提供したことで、住宅費は低く抑えられとったんや。過密はあったけど、少なくとも家族は住宅、教育、医療を受けるために借金漬けになることはなかった。1991年当時はいかに悪く見えても、今、多くのロシア人や他の旧ソ連諸国の人々がソビエト時代へのある種のノスタルジーを感じる主な理由がそこにあるんや。
その後の不満は不必要やった。ポスト・ソビエト経済は、簡単に活気に満ち、豊かになることができたはずや。彼らは不動産の権利を既存の占有者や利用者に与えることができた。ソビエト連邦崩壊直後には、不動産の占有者や利用者に権利が与えられ、負債のない財産を手に入れた。せやけど、もし賃料と投機に対する国家の規制がそのまま残り、公営住宅の建設が十分に資金提供されとったら、人々は家、建物、土地を所有するために巨額の借金を積み重ねる必要はなかったはずや。これは経済の生活費を最小限に抑え、ポスト・ソビエト諸国が低コストの農業と産業を発展させるのに役立ったはずや。
ソビエトの計画立案者たちは、賃料や利息の支払いが西側経済をいかに二極化させているかにほとんど注意を払わへんかった。土地の賃料や利息を徴収しなかったことで、西側の金融資本主義と比べた場合の彼らの経済の大きな利点、つまり土地の賃料、独占賃料、利息、高利な金融慣行からの解放を見落としてしもうた。これらの地代生活者の収入こそが、結果的にポスト・ソビエト経済を二極化させ、貧困化させてしもうたんや。
ポスト・ソビエト共和国は、ソビエト時代と同じように、独自の中央銀行システムを使って再構築に資金提供し、信用創出を公共事業として維持することができたはずや。そうすれば、これらの経済は、現地で使われるドル信用を供与するために外国の銀行に頼る必要から解放されたはずや。通貨崩壊が国内貯蓄を消し去った後、賃金やその他の収入がない中で、生き残るためには借金による資金調達が喫緊に必要やった。公営銀行があれば、特に住宅を得るためにドルや他の外貨を借りる必要から経済を解放できたはずや。
国の財務省は、不動産、農業、産業で生み出される経済的レント(地代)に課税することで、この通貨に価値を与えることができたはずや。結局のところ、それは古典派経済学者の理想やったんや。土地の賃貸価値に課税すれば、それが投機の対象になるのを防げたはずや。せやけど、そうはならず、賃貸収入は、新しい国の中央銀行ではなく、西側の銀行によって資金提供された商業銀行家に支払われることになった。ポスト・ソビエトの税制は、労働と産業に負担をかけ、一方で財産所有者はほとんど非課税で、経済を地代生活者寄りの路線へと向かわせた。
西側の支援者によって推進された「法の支配」は、管理者や政治的インサイダーが、公有地、石油・鉱物資源、公共事業、工場を自分たちの名義で登録することを可能にし、新しい会社の株の多く(そしてしばしば大半)を西側の人々に売ることで、ハードカレンシーで「現金化」することを可能にしたんや。収益のほとんどは海外に留め置かれ、現地の経済は機能するために外国の信用を必要とする状態になったんや。
この資産強奪を不可逆的なものにするために、新自由主義の「法の支配」と「契約の安全」は、債権者に債務者の財産を差し押さえる権利を与える法的拘束衣やったんや。一方で、債務者や賃借人には権利がなく、住宅が高級化されるにつれて、住宅ローンや高い家賃を払えへんかったら立ち退かされたんや。サングヘラとサティバルディエヴァが要約しとるように、「新自由主義的な金融政策を導入することで、中央アジア諸国は社会契約を書き換え、金融エリートと借金をする人々の間に新しい階級依存関係を作り出した。『債務福祉国家』が設立され、不平等な階級関係を正当化し、正常化することで、借金主導の資本蓄積を確実にさせた。彼らは金融部門の監視を最小限に抑え、略奪的な貸付に対する強力な保護を排除した。政治エリートは、借金を『力を与えるもの』とする新自由主義的な枠組みを正当化したんや。」その効果は、人々に力を与えることやのうて、小規模農家を借金漬けにし、家を奪うことで周縁化させることやった。
失われたのは、住宅やその他の基本的なニーズを人権とする考え方や。「ソビエト連邦では、人々が頼りにすることができ、国家が尊重し実行する、明確な財産権のセットがあった」と著者らは記述しとる。「その権利の束には、土地や住宅への権利、そして賃借人やその家族の占有権と使用権が含まれとった。賃料、利息、投機的な利益は『非労働所得』であり、許されてへんかったんや。」
せやけど、1991年以降、旧ソビエト共和国全土で住宅は借金を負うことで手に入れなあかんようになった。こうして彼らは、広範囲な米国式の繁栄を得るという夢を追うために、国内の国家主導の金融、財政、不動産の自立を売り払うたんや。借金による資金調達の政策が、いかに二極化をもたらすかを理解せんとにな。国内貯蓄がない(ハイパーインフレで消し飛んだ)中で、商業銀行は海外から借り入れることで貸付資金を得た。こうして、国内の民間部門の債務は、外国の銀行に対する債務の増加と対応することになったんや。
野心的な個人が、政界に入る前に優良な住宅、ショッピングセンター、市場の権利を手に入れた様子を描写し、著者らは、公有地や市の資産を売り払うことでさらに金持ちになった地元市長のリストを挙げとる。企業住宅は、横領者が元従業員や長年の賃借人を立ち退かせ、工場が閉鎖されとった米国ラストベルトと同じように、不動産を高級化するための手段になったんや。新しい所有者は、最大限に絞り取れるものは何でも絞り取る自由があり、西側では当たり前やった債務者や賃借人のための社会的保護を提供しようとする試みは全くされへんかった。
1991年以降、住宅を得るには借金を負う必要があった。西側の住宅ローン金利が5%程度の範囲やったのに対し、多くの人々は実質金利25%から50%で金を借りた。それは、アメリカ式の高利貸しに頼って家を買おうとするようなもんやった。それを返しきる方法はほとんどなかったんや。さらに、女性や裕福でない層の都市への流入者はマイクロクレジットに頼らざるを得ず、それは通常、年間80%の利息を伴うもんやった。
サングヘラとサティバルディエヴァは、世界銀行の国際金融公社(IFC)と米国国際開発庁(USAID)が、マイクロクレジットを「女性に力を与えるもの」やと神聖ぶって主張しながら、そのような高利を正当化しようとした努力を特に非難しとる。彼らが指摘するように、現実は、「国際金融公社やその他の国際ドナーは、これらのMFI(マイクロファイナンス機関)に対し、高い自己資本利益率を達成するために完全に商業化するよう命じた。平均金利は44%やった」っちゅうことや。その結果は、サティバルディエヴァが別の場所で指摘しとるように、大災害やったんや。
「以前、工場や農業労働者、教師、医療専門家として雇われていた多くの女性が、西側が支援するマイクロクレジット制度を通じて、行商人になることを余儀なくされた。…第二に、多くの女性が、以前は無料で利用できた医療や教育などのサービス費を支払うために金を借りた。主要な社会サービスは国家支出の大幅な削減に見舞われ、これは公共部門の賃金を減らすだけでなく、基本的な必需品を民営化し、商品化し、裕福な層がより質の高いサービスにアクセスできるようにしてしもうた…。」
サングヘラとサティバルディエヴァは、地代生活者による略奪を封じ込めるために、古代メソポタミアやエジプトでは、債権者が債務者の家に入り、その所有物や家畜を強奪するのを防ぐために、法律があったっちゅうことを示しとる。メソポタミアやエジプトからローマ時代に至るまで、債務者の権利は、全ての債権者の請求を文書化するための書面記録の要求や、金利の制限によって保護されとった。せやけど、西側のアドバイザーは、中央アジアでそのような法の支配を作り出そうとは全くしぃひんかった。彼らの法制度が達成したことは、野蛮に近いとサングヘラとサティバルディエヴァは結論付けとる。
「新自由主義の設計者たちは、人々をソビエト型の福祉依存から解放しようとした結果、新しい寄生的かつ搾取的な市場依存の形態を生み出した。そこでは、強力な財産所有階級が、他者が生み出した剰余価値を横領し、搾取した。資産持ちと多国籍資本は、利息、賃料、キャピタルゲイン、低賃金を通じて資産の少ない人々から奪い取ることで豊かになった。この大規模な富の移転は、多くの人々を借金、貧困、悲惨、苦痛の状態に放置したんや。」
国際的なレベルでは、新自由主義的な法の支配っちゅうのは、企業弁護士が、「投資家対国家の紛争解決(ISDS)」裁判所が、外国投資家が引き起こした生態学的・社会的な損害に対して、政府が罰金や料金を課す試みを阻止できるように書いたもんや。世界の石油・鉱山独占企業は、世界銀行、IMF、世界貿易機関を動員し、ホスト国に、政府の権利を制限する企業優位の規則を順守するよう圧力をかけ、民主的な選挙による監視や圧力を阻止することで、政府と統一戦線を張っとる。これらの裁判所や、政府が署名したしばしば世間知らずな(または腐敗した)契約に直面して、ポスト・ソビエト経済に米国やヨーロッパで一般的やった保護を与えるための国家規制機関、裁判所、国際法を作り出そうとする反対の試みは全くされへんかった。
西側の投資家が中央アジアから最も欲しがっとったんは、天然資源の富やった。著者らは、米国、世界銀行、NGOのアドバイザーが、西側の石油・鉱山会社の利益に有利な契約をいかに押し付けたかを描写しとる。シェブロンは、カザフスタンのテンギス油田の巨大な石油埋蔵量に目をつけてた。カザフスタンが望んどったんは、契約者および少数投資家としての西側の専門知識やった。せやけど、シェブロンが欲しがったんは支配権、そしてホスト国政府にはその石油の販売からできるだけ少ない収益しか残さへんことやった。
その結果、世界で最も略奪的な石油契約の一つが生まれた。それはカザフスタンが手に入れられると考えとったものとは似てもつかん、シェブロンにとっては大儲けやったんや。契約は、政府が生産量の80%を受け取ると約束しとった。これは、ヨーロッパや中東諸国での通常の80%対20%の生産分与契約を反映しとる。せやけど、著者らが描写しとるように、カザフスタンは結局、プロジェクトの収益のたった2%しか手にでけへんかったんや。企業弁護士は、カザフスタン政府が、油田自体の開発にかかる途方もない費用を負担し(IMFから借りて)、長期的な生産目標を達成するまで、一切の利益を受け取らへんっちゅう契約を作成したんや。この目標を達成する頃には、テンギス油田の埋蔵量のほぼ4分の1が掘り尽くされ、売られとる計算になったんや。
シェブロンの操業は、エクアドルで引き起こしたのと同様に、悲惨な生態学的ホラー物語やと証明された。同社は環境保護法違反で3億300万ドルの罰金を科されたけど、ナザルバエフ大統領に圧力をかけて、カザフスタンが世界にいかに「投資家に優しい」かを示すために、罰金を撤回させたんや!公正な契約を求める大衆の反対運動が起こった時、国際投資家や西側政府高官、そしてIMF、世界銀行、USAIDの表向きの人間たちは、再交渉は法の支配と契約の神聖さを侵害すると主張することで対応したんや。
キルギスも、外国の金採掘による汚染で、同様の苦しみを味わった。これらの「外部性」はホスト国が負担し、外国投資家は彼らの違法で無責任で略奪的な行動に対して一切の費用を負担せえへんかった。もし西側が本当にポスト・ソビエト諸国が豊かになるのを助けようとしとったんなら、外交官は公正な天然資源投資協定、環境保護、労働者の安全、その他の公的な規制の交渉を支援したはずや。せやけど、サングヘラとサティバルディエヴァは結論付けとる:「新自由主義的な投資規則体制は、政府を多国籍企業と署名した協定に縛り付ける…。協定が侵害された場合、投資家は損害賠償を求めてホスト国を国際仲裁に連れて行くことを正当化する…。『法の支配』は…国家が個人の権利と自由を侵害することはできへん、そして私有財産の領域は多数派の政治から保護されなあかん、と主張した。」 こうして、新自由主義は国家計画を排除せえへんかった。それは国家に対する企業の支配を確立し、ホスト国政府に「多国籍資本の利益を自国民の利益よりも優先させ、外国企業と協力して民主的な声を制限し、抵抗を弱める」ことを強制したんや。
1945年以降のドイツや日本のように、征服された国が回復することもある。せやけど、旧ソビエト諸国の征服は、窃盗政治(クレプトクラシー)を据え付けることで経済構造を腐敗させる形をとったんや。中央アジアや他のポスト・ソビエト諸国の運命は、彼らの土地、鉱物資源、公共企業が、外国資本と同盟したクライアントの窃盗政治家の手に渡って民営化されたやり方によって、今なお形作られとる。ノルマン・コンクエストによって作られた土地の授与や、新世界におけるスペインのそれと同じように、ポスト・ソビエトの資産強奪は、自分たち自身のため、そして米国や他の外国の株主や債権者のために、土地や天然資源のレント(地代)を徴収する権限を与えられた新しい寡頭政治を生み出したんや。この広がる財産の不均一な分配と借金依存が、彼らの発展を何十年も阻止する可能性が高いんや。
二千年前、ローマの敵対者であるケルトの指導者カルガクスがローマに浴びせた非難?「彼らは砂漠を作り、それを平和と呼んだ」?は、金融化された緊縮財政、依存、そして借金による隷属を押し付け、地代生活者による政府の乗っ取りを自然で固有の法の支配と呼ぶ西側の新自由主義者たちに向けられるかもしれへん。中央アジアにとっての課題は、過去30年間にわたって設置された既得権益に直面して、いかに改革を行うかや。改革は、新しい地代生活者の利権とその外国のスポンサーだけでなく、公共支出を復活させ、土地の賃料や他の経済的レントに課税することで大多数と団結することに、自分たちの利益を見出さへん狭い「中間層」によっても抵抗されとるんや。
公共支出なしには回復力は回復でけへんけど、地代生活者のビジネスプランは、政府を縮小することで税金を最小限に抑えることや。特に、公共事業やその他の機能を民営化して独占レントを請求する機会を作り出し、経済的レントへの課税に反対することや。今日の西側全体における主流の経済哲学と学術カリキュラムは、不労所得としての地代生活者の収入や富なんて存在せえへん、と否定することで、この新自由主義のプログラムを後押ししとるんや。
せやけど、レント税だけが、インサイダーが横領したものを取り戻すことができるんや。何よりも問題なのは、信用、銀行、税制のシステムが、公共事業として管理されるか、それとも私的な利益のために管理されるか、っちゅうことや。外国の銀行に頼らへんように、国の財務省や中央銀行は金を創出する権限を与えられなあかん。指針は、稼いでへん外貨(例えば、借金を支払うのに必要な外貨を稼ぐための輸出によって)では、どの経済も借金をすべきではないっちゅうことや。国内通貨に変換するために、ドルを貸し出す外国の銀行に頼る必要はないんや。そのような場合、中央銀行はとにかく国内通貨を創出せなあかんのやからな。外国の信用は、貿易や支払いの赤字を支払うためだけに必要で、国内の投資や消費のためには必要ないんや。
これらの税制・金融改革は、第一次世界大戦後に古典派経済学が拒否されたことで失敗した。今日の世界は、ポスト・ソビエト共和国で最も顕著やけど、今やヨーロッパや米国のポスト工業化経済自体をも苦しめとる地代生活者優遇の回り道から自分自身を解放するために、その基本的なアプローチを取り戻す必要があるんや。
米国外交、世界銀行、IMFによって推進される新自由主義に内在する外国への依存を避けるためには、代替の経済理論が必要や。とりわけ、労働所得と不労所得の区別、そして経済的レントを市場価格と本質的なコスト価値の差として捉える概念が必要や。それこそが19世紀の古典派政治経済学の主眼やったんや?市場を地代生活者の階級から解放すること。価値と価格の理論は、経済的レントを不労所得として分離するための分析ツールやったんや。これらの概念は、公的/私的の混合経済、公的投資と信用創出、そして国内の労働、産業、農業を保護するための基盤を提供する。政策を導くための理論を精緻化する上で、ポスト・ソビエト諸国全体での地代生活者の利益を促進した破滅的な新自由主義は、何を避けるべきかについての教訓を提供しとるんや。
マイケル・ハドソン
(ニューヨーク、2021年6月)


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