記事1:韓国軍諜報機関への歴史的打撃
https://strategic-culture.su/news/2026/06/15/historic-blow-south-korea-military-intelligence-agency/
韓国軍諜報機関への歴史的な一撃
エルキン・オンジャン
2026年6月15日
「軍の政治介入はもう二度とでけへん」
2024年12月に元大統領・尹錫悦が主導した韓国のクーデター未遂事件の余波は、今もなお続いとる。
尹がクーデターに都合のええ条件を作り出すために緊張を高めようとして、北朝鮮へのドローン投下を命令しとったことが明らかになった。これら一連の事件をめぐる裁判は、尹をはじめとした当時の高官たちへの実刑判決という形で幕を閉じた。
ソウル中央地裁は尹を「利敵行為」で有罪とし、懲役30年を言い渡した。当時の国防相・金龍鉉も同様に30年の実刑を受けた。
韓国軍において最も強力な部隊のひとつや軍事安保支援司令部のトップ、呂仁亨には懲役15年が下された。
最も軽い刑を受けたんは、ドローン作戦司令官やった金龍大で、「指揮系統への服従」原則に最も近い立場やったこともあって、懲役3年・執行猶予5年という判決になった。
これらの実刑判決は、単なる犯罪行為への罰則にとどまらへん。クーデター未遂の鎮圧以降、ソウルでは軍・民間の官僚機構の両面にわたって大きな変革が進んどる。
その変革における最も重要なステップのひとつが、つい2日前に踏み出された。
韓国政府が、国防部傘下の軍事諜報部隊の解体を発表したんや。
解体されたんは「国防防諜司令部(DCC)」という組織や。
解体の主な理由は、「戒厳プロセスにおける関与」とされとる。ただ、再編の詳細を見ると、軍内部で進行中の広範な変革についての重要なヒントも読み取れる。
DCCとは何やったんか?
DCCの歴史は70年以上に及ぶ。1950年の設立以来、「特務部隊」「保安司令部」「軍事保安司令部」など様々な名称で呼ばれてきた。
現在の組織形態になったんは1977年10月で、陸軍保安司令部・海軍保安部隊・空軍特別捜査所が統合された。
DCCだけやなく、韓国の諜報機関はいずれも、近現代史のほぼすべての暗黒の章において中心的な役割を果たしてきた。
特に著名な例が、「10・26事件」として知られる1979年の朴正熙元大統領暗殺や。
韓国史上最長の独裁者のひとりやった朴は、当時の韓国中央情報部(KCIA)長官・金載圭に暗殺された。
この暗殺事件は、組織間の確執に大きく根ざしたものやって、国家機関、とりわけ諜報機関が、組織的な覇権争いのために政治権力の構図を塗り替える能力を歴史的に持っとったことを示しとる。
当時、DCC(当時は軍事保安司令部)は強力な中央集権型の軍事諜報機関やった。
DCCを大幅に強化して政治介入できる組織にしたんが、暗殺の6か月前に長官に就任した全斗煥や。
全はその配下の捜査を使って政敵を粛清し、1979年のクーデターで権力を掌握した。その後の一連の戒厳令は、1980年の光州蜂起の血塗られた鎮圧という形で頂点に達した。
光州蜂起
光州蜂起(1980年5月18 - 20日)は学生デモから始まり、軍事独裁への広範な市民抵抗へと急速に拡大した。
軍によって凄惨な形で鎮圧され、多数の市民が自国の軍の手によって命を落とした。
現在も毎年5月18日、韓国史上最も悲痛な出来事のひとつとして追悼されとる。
この時期、DCCは中心的な、いや決定的ともいえる役割を果たした。メンバーが私服で市民の群衆に潜入し、デマや流言を流して暴力を煽る様々な挑発行為に及んだことが判明しとる。
スキャンダルと組織改編
1990年代に入ると、DCCは再び注目を浴びる。今度は違法監視スキャンダルによってや。
調査の結果、組織が市民や政治家を標的にした全国規模の違法監視ネットワークを構築しとったことが発覚した。この発覚を受けて1991年に再度の名称変更が行われた。
比較的最近では、2018年に政治介入への関与が取り沙汰された。当時の聯合ニュースの報道によれば、DCCは与党を支持するオンラインコンテンツの拡散や、野党議員への攻撃において役割を果たしたとされる。
今回の最新のクーデター未遂においても、DCCが国会などの主要機関を包囲する作戦を立案し、政敵を標的にした逮捕チームを組織し、拘禁リストを作成しとったことが明らかになった。
要するに、韓国国民の多くにとって、「汚れた政治化した安全保障装置」とも称されてきたこの擬似防諜機構は、とっくの昔に解体されるべきやった組織やったんや。
解体のプロセス
韓国政治におけるこの歴史的な展開は、安圭伯国防相が省内で行った記者会見で発表された。
国防相によれば、今回の新たな再編によって「軍による政治介入はもう二度と不可能になる」という。
この決定が「単なる行政的な組織再編ではない」と強調しながら、同相はこう述べた。
「このステップは、軍の諜報機関が政治に二度と干渉できへんよう、その構造と使命を根本から再編するもんや。国民のための軍を構築に向けた歴史的な転換点になる。」
何が変わるんか?
新たな体制のもとで、DCCは解体・分割される。
防諜、防衛産業諜報、保安調査、保安検査といった機能は、それぞれ異なる機関へ移管される。
新設される「国防防諜センター」が、防諜業務・防衛産業諜報・防衛産業セキュリティ・サイバーセキュリティを担う。
保安調査や戒厳期間中に行われた合同捜査に関する権限は、国防部既存の捜査本部へ移される。
軍団レベル以上の部隊における保安検査と保安違反調査は、新設される「国防保安支援グループ」が担当する。
同時に、これまで同司令部の軍内での影響力の源泉となっていたいくつかの重要な権限が、完全に廃止される。
今後、韓国の軍事諜報機関は、軍人の行動監視・服務員に対する情報収集・将兵の評判査定の作成・防諜の範囲外にある不正行為等に関する情報収集を行うことが一切できへんようになる。
文民統制の強化
DCCの解体に伴い、新設の防諜センターへの文民による監督が保障される。
新組織の監察官は、上級の文民監査官が務める。国防部内に新設される情報・防諜監視委員会は、国防相直属として運営され、委員は全員文民で構成される。
政府はまた、軍の防諜担当者の活動範囲を明確に定め、違法行為に対する罰則を規定する新法の整備にも取り組んでいる。
転換点
DCCの解体は、単純な組織再編以上の意味を持つ。長年にわたり先送りにされてきた、軍クーデターと軍の政治的影響力の歴史への韓国の正面からの向き合いとも解釈できる。
とはいえ最終的には、これらの計画や決定がうまく実施されるかどうかは、軍内部と政治体制の両方における勢力均衡に、再びかかってくる。
記事2:奴隷売買と麻薬売買の間のブラジル
https://strategic-culture.su/news/2026/06/13/brazil-between-the-slave-trafficking-and-drug-trafficking/
奴隷売買と麻薬売買の間のブラジル
ブルーナ・フラスコラ
2026年6月13日
『Um rio chamado Atlantico(大西洋と呼ばれる川)』の中で、ブラジルの外交官でアフリカニスト(アフリカ研究者)のアルベルト・ダ・コスタ・イ・シルバ(1931 - 1923)は、ブラジルにおける奴隷売買の終焉の歴史を非常に興味深い形で論じとる。周知のように、19世紀の英国は自らを世界の道徳的砦として位置づけ、これには大西洋奴隷貿易への真の十字軍も含まれとった。一方ブラジルは、このアフリカニストによれば、ポルトガルの国力が小さく、アメリカ先住民の技術的条件が脆弱やったために、この広大な領土に人口を充てるためにアフリカ人の強制移住に依存しとった。
英国の人道主義が単なる口実やったことは、まともな人間なら誰も疑えへん。英国の特許会社によるインド支配がいかに非人道的やったか、あるいは南北戦争において英国の同情が南部側に傾いとったという事実を見れば一目瞭然や。経済的な観点からは、奴隷労働によるブラジル産砂糖の競争力という問題もあるが、コスタ・イ・シルバによれば最も重要やったんはこれや - 自由なアフリカ王国の財政的な締め付けや。
19世紀のアフリカ王国は奴隷をアメリカ大陸に売ることで資本を蓄えとったから、大西洋が閉じればこれらの王国は崩壊し、英国商人がインドで実施した支配モデルをそこで再現しようとしたわけや。実際、大西洋封鎖の後、アフリカの一部の支配者たちは英米式のプランテーションモデルを模倣して、英国に向けてパーム油を売り出した。英国はそれを石鹸製造から街灯まで多岐にわたる用途に使用した。アメリカ大陸への奴隷貿易は終焉を迎え、アフリカ国内の奴隷制に取って代わられた。
アルベルト・ダ・コスタ・イ・シルバによれば、ブラジルで奴隷売買が終わったんはブラジル自身がそれを望んだからや。今日21世紀においても、ブラジルでは「イギリス人に見せるため(英国人への示し)」という表現が使われとる。この表現の起源は1831年のフェイジョ法で、これは英国の1807年法を模倣した、大西洋奴隷貿易を禁止するブラジル帝国の法律や。ブラジルは独立(1822年)以来、英国からこのような法律を制定するよう圧力をかけられてきた。しかし、ブラジルの当局者たちは奴隷売買を終わらせる気がなかったので、法律は単に適用されへんかった - 「イギリス人に見せるため」だけに作られたんや。今日もブラジル人は、空虚な形式主義やと言いたい時に「イギリス人に見せるためのもの」という表現を使う。ブラジルにおける奴隷売買が終わったんは、ブラジルが終わらせたかったからや。それは1850年、ブラジルがエウゼビオ・デ・ケイロス法を承認した時のことや。ここからアルベルト・ダ・コスタ・イ・シルバはこう結論づける - 貿易が終わったのはブラジルが終わらせたかったからであり、英国が終わらせたかったからやない。
わたしには疑問がある。もし英国がブラジルに奴隷売買を終わらせるよう圧力をかけへんかったら何が起きとったやろか?歴史の反事実的な問いに確信を持って答えることはでけへんが、英国の傲慢さ、あの指差しが、我々の先祖を行動へと駆り立てた可能性は十分あると思う。結局のところ、ブラジル社会とは誇り高く、かつ順応的な社会や - 同じ問題についてスポーツのように何十年も不満を言い続けることができるが、外国人に指を差されると本気で憤慨する。
ブラジルにおいて奴隷制が美しいものやったことは一度もない。『黒人のヤンキーと白人のリベラル』の中でトマス・ソウェルは、奴隷制終焉に対するオスマン人とブラジル人の反応を対比させとる - 前者では反乱と抗議、後者では公の祝賀。19世紀には、奴隷制を正当化するためにプロテスタント系諸国から科学的人種主義を輸入した者さえおったが、コスタ・イ・シルバが示したように、奴隷制支持派も反対派も双方とも黒人に関する賛否両論の議論を持ち合わせとった。黒人がそのような運命に値せえへんとの信念から奴隷制の終焉を支持した者もいれば、ブラジルから黒人を一掃することを期待して奴隷制の廃止を望んだ者もいた(英語圏の人々がシエラレオネとリベリアを「帰還」先として作ったのと同様に)。一方で、白人優越主義に基づいて奴隷制を正当化した者もいれば、ブラジルにおける黒人の影響があまりに有益であるため、奴隷制はどれほど悪くとも即座に終わらせるべきではないと考えた者もいた。
ブラジルの大多数は文盲で、教育を受けた者たちの人種差別的流行に追随する理由を持たへんかった。ブラジル国民が実際に奴隷所有少数派の利権に反対する大規模な公的キャンペーンの後に廃止(1888年)を大々的に祝ったことを考えると、後者の立場 - 非人種差別的でありながら奴隷制に甘んじる - がブラジル人の常識を反映していたと想定できる。私は思う、外部からの圧力が誇りを傷つけへんかったとしたら、私たちは奴隷制の邪悪さを嘆きながら、それは必要やと言い続けとったかもしれん。さらに、エウゼビオ・デ・ケイロス法のわずか5年前、英国はアバディーン法を通過させた。これはブラジルの奴隷売買に関わる疑いのある船舶を英国海軍が拿捕することを認める法律や。それは侮辱であり、また損失の原因でもあった - 輸入奴隷のコストを持続不可能なものにしたからや。
それから5年後、輸入奴隷のコストが上昇した状況でブラジルが自発的に貿易を終わらせることにしたとは考えにくい。しかしやからといって、英国が聖人で、アバディーン法がブラジルを不誠実な形で傷つけへんかったということにはならへん。アルベルト・ダ・コスタ・イ・シルバが報告するように、ブラジルはすでに自由なアフリカ王国と合法的な貿易を発展させとった(彼らはパーム油や生地を売ってくれた)が、英国は大西洋を封鎖した。
この状況は、現代のブラジルとドナルド・トランプが指差してくる麻薬売買の問題に似とると思う。ほぼすべてのブラジル人が、麻薬売買による都市暴力が大きな問題であり、派閥による領土支配は非常にまずいことやと認識しとる(「ほぼ」と言うんは、妄想的な左翼は常に存在するからや)。しかし、エリートたちはその問題を雨のように自然な現象として扱いとる - ブラジル人は不満を言うが、問題解決の見通しはない。ブラジルでは、マルクス主義は一種の科学的な順応主義に翻訳されてしもうた。社会学者が悪弊を見て、なぜすべてがこうなっとるかを説明する - 貧困者の悪弊に直面した英国の社会的ダーウィン主義者と同じようにな。
19世紀の英国同様、ドナルド・トランプは決して聖人やない。彼はすでに、麻薬売買と戦うという口実のもとで諸国に侵攻する権利を感じとることを示してきた。コロンビア・エクアドル・アフガニスタンにおける米国の経験は、武力介入が麻薬売買を終わらせると期待するブラジル人に合理的な理由を何も与えへん。米国も自国領土での麻薬売買を終わらせることにコミットしてないようで、巨大な監視能力を持ちながら依然として地球上最大のコカイン消費国であり続けとる(米国は人口が多いのは確かやが、中国とは比べものにならへん。英語圏の2国 - オーストラリアとニュージーランド - が国連によれば一人当たり消費量で最大やというのは注目に値する)。
アバディーン法と同様、ブラジルの2大国際的麻薬売買組織 - サンパウロのPCCとリオデジャネイロの赤い司令部 - をテロ組織として米国が分類したことは、確かにブラジル人の誇りをかき立てとる。この分類が不適切やと主張できるんは、妄想的な中産階級の左翼だけや。それでも、ブラジルには愚かな反テロ法がある。政治的に正しくない思想に動機づけられた行動のみをテロリズムと見なす目的で作られた法律や(参照)。この法律では、PCCや赤い司令部をテロ組織と見なすことは不可能や - PCCがすでに2006年にサンパウロ州でパニックを引き起こし、攻撃が停止した理由に都合のいい説明がない場合でさえも。ブラジルが1830年代に奴隷売買を終わらせなかったのが望まなかったからであるように、ブラジルが今日麻薬密売者の帝国を終わらせへんのも、望まへんからや。
ブラジルはかつてPCCをテロ組織と見なしたことはなかったが、新たな分類はすでにルーラを動かして、公式Twitterプロフィールに「何百万もの家族が暮らす領域でテロを実践している」組織としてPCCと赤い司令部に言及した「行政注記」を投稿させた。PT(労働者党)の連邦政権から、麻薬密売者をこのような言葉で言及した注記の記録は持ち合わせとらへん。政府はそのため、PCB(原文ママ)と赤い司令部が何百万もの家族を脅かすテロを実践する組織やが、テロ組織ではないと言わなあかん複雑な立場に置かれとる。さらに言えば、ブラジルは主権国家でありながら、非テロ組織が何百万もの家族に対してテロを実践する国であり、この主権国家は自国領土の広範な部分に主権を持たへん!結局のところ、政府の言い分はトランプのこれらの組織への攻撃はブラジルの主権に対する攻撃であり、フラビオ・ボルソナロのホワイトハウス訪問直後にその措置が発表されたため、祖国を裏切ったボルソナリスタたちが仕組んだものやということや。
しかし、奴隷売買と麻薬売買帝国の間には大きな相違点がある - 奴隷制は一般に千年の制度であり、大西洋横断貿易は特にブラジル自体と同じぐらい古い。奴隷制は避けられへんとブラジル人が考えることは合理的やった、なぜならその終焉はそれまでのすべての経験と矛盾するからや。一方、麻薬売買帝国はブラジルのほとんどの地域でわずか約20年の歴史しかない。私は36歳に過ぎず、クラック中毒者がいなかった時代を覚えとる - 今日の10代の若者にはユートピアのように見える、まったく異なる現実や。さらに、19世紀の都市ブラジルの奴隷制は社会的上昇を可能にし、奴隷たちは自由と豊かさを現実的に夢見ることができた。しかし麻薬売買帝国は、ブラジルの大都市にいる限りブラジル人を悩ませ続ける - 金持ちになってスラム街を出ても、いつでも流れ弾で命を落とすか、路上でクラック中毒者にわけもなく刺されることがある。
それゆえ、神秘化する社会学者の役割がここでは重要になる。オープン・ソサエティとフォード財団の言説 - 黒性を本質的に犯罪や麻薬中毒に結びつけた人種差別的言説 - は、麻薬売買帝国を自然で避けられへんものとして提示する。トランプの分類の良い面のひとつは、今まで困らされてきたブラジル経済のセクターが顔を出し始めとることや - 銀行、フィンテック、ガソリンスタンドなど。
これらのセクターが今後恥を感じ、ブラジルがついに自国領土での麻薬売買帝国を終わらせることを決意するよう願う。
記事3:誰も作らへんアルメニアの交差点
https://strategic-culture.su/news/2026/06/15/an-armenian-crossroads-that-no-one-will-build/
誰も作らへんアルメニアの交差点
ホアキン・フローレス
2026年6月15日
アルメニアの地政学的危機の真の深刻さが今や焦点の中心になってきた。各種の選挙後分析が出揃った今、世界のプレーヤーたちはパシニャン首相が新たな推定委任権を得て何を最初に仕掛けてくるかを理解するために、アルメニアの分岐点に目を向けとる。パシニャンは王冠を保持したが、継承したのは檻やった。
「Real Armenia」に関連した3つの委任権をこの場で推進できるやろか - トルコとアゼルバイジャンとの完全な正常化、EU統合協定に向けてのEU貿易協定、CSTOからの「戦略的主権」離脱、そして米国とのTRIPPプロジェクト。これらは関連しとるが、同一のものではなく、いくつかの重複するプレーヤーが関わっとるが、それぞれ固有のダイナミックな内部論理の上に成り立っとる。パシニャンがロシアとの重要なエネルギー関係をさらに危うくせへんような形でこれらを操縦できるかどうかが気になるところや。それとも、そのような賭けでアルメニアに与える打撃に関係なく、それがそもそもの目標なのかどうか。
すでに十分に確立されとったのは、2026年6月の選挙に向けて、アルメニアにおける西側および多国間資金エコシステムの存在で、高度に調整された制度的構造が国をより自然なCSTOやEAEUから引き離して欧州の経済・安全保障ネットワークに固定することを目指しとった。EU・米国(USAIDとNEDを通じて)・国連からのこれらの資金の流れは、パシニャン首相の構造的生存戦略とイデオロギー的パラダイムと正確に一致しとる。
この選挙の転換点が今や過ぎ去り、それが持っとった変化の可能性がすべて崩壊した今、アルメニアがEUとの自由貿易協定に向けて進んだ場合 - これが許可されればユーラシア経済連合内の共通利益コミュニティを損なうことになるが - のブラジルが直面する深刻な経済危機という地域的現実を検討することができる。パシニャンがEAEUの外にアルメニアを移動させるつもりはないと言いながらも、加盟国が別途決定した場合にアルメニアが加盟国であり続ける権利をこのこと自体が確立するわけではない。これはある意味、2014年のウクライナの危機、つまりパシニャンとは異なる社会の勢力に支持され、異なる利益グループを代表しとったが、最後通牒が同じやったという点で、自分自身を微妙なバランス行為の中に見出したヴィクトル・ヤヌコービッチの状況を思い起こさせる。
パシニャンとロシアのプーチン大統領がモスクワで、数か月前の4月1日ごろに行った会談の重要な部分はこの点に焦点を当てており、プーチンはこう述べた。「欧州連合との関税同盟とEAEUへの同時加盟は不可能や - 定義上単純に成り立たへん。問題は政治的なものですらない - 純粋に経済的なものや。」
すべてがTRIPPアップ - 「アルメニアを再び偉大に」?
米国が5月26日に署名された二国間TRIPPフレームワーク協定の下で今や関与しとる以上、欧州が持ち込まれるか、あるいは逆に排除されるかどうか、そしてどの程度かを判断することが重要になる。2026年6月の議会選挙後、ニコル・パシニャンの「市民契約」党は過半数を維持したが、アルメニア憲法を単独で改正するために必要なより大きな憲法上の過半数を確保でけへんかった。バクーは、アルメニアがアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフへの領土的野心を示すと主張する憲法上の言及を削除するまで、平和条約に署名したり国境を完全に開放したりはしないと明示的に述べた。その法的突破口なしには、国境の門は閉ざされたままや。
エレバン、アルメニア外相ミルゾヤンとルビオがTRIPPを発表し、戦略的パートナーシップ憲章とレアメタルに関するMOUに署名
パシニャンはもはや明確に一致した西側と対峙しとるわけやなく、ほぼすべての世界的紛争と問題において政策とアクセスの分断を促進したエリート間の摩擦を抱えた西側と対峙しとる。もとをたどれば、第二次ナゴルノ・カラバフ戦争を終結させた2020年の当初の停戦協定のもとで、ロシアの連邦保安庁(FSB)の国境警備員がスュニク/ザンゲズール地帯を横断する交通連絡の監督者に指定されとった。しかし、ワシントンとエレバンの間で署名されたTRIPPは、開発・管理権限を新たに承認されたTRIPP開発会社(TDC)に移転することになっとる。TDCは、米国国際開発金融公社(DFC)の子会社が74%、アルメニアが26%を支配しとる。
TRIPPに対するEUの公式な反応は、受け身で攻撃的な外交やった。表向きは、プロジェクトが最終的にロシアを封じ込めるという広範な目標に合致しとるため、ブリュッセルは声明に署名した。しかし微妙なことに、EUはトランプの二国間アプローチによって脇に置かれたことへの明確な不満を伝えており、その怨恨は最近の協定の構造的文言にはっきりと現れとる。エレバンで署名された「アルメニア・EU連結性パートナーシップ」に関する共同声明では、まずパートナーシップがEUのグローバル・ゲートウェイ戦略、クロスリージョナル・コネクティビティ・アジェンダ、平和の交差点イニシアティブと完全に一致しとると記述し、最後にTRIPPプロジェクトが挙げられとる。TRIPPを自身の3つのプログラムタイトルの後ろの4番目に置くことで、ブリュッセルはトランプの99年間の企業的ベンチャーを、自らの計画を今後修正しなければならないような包括的パラダイムとは見なしていないと表明しとる。むしろ、EUはTRIPPを、欧州のルールベースの規制に従わなければならない単なるサブコンポーネントとして位置付けとる - 一方でトランプのこれまでの立場はEUを参加費を払わなければならないただのクライアントとして位置付けとるのやが。
この欧州の制度的批判は3つの具体的な論拠として現れとる。まず、「迂回」アプローチへの不満がある。ブリュッセルは、エレバンとバクーの間を丁寧に仲介するために欧州理事会議長シャルル・ミシェルのもとで「ブリュッセル形式」を確立するのに何年も費やしてきた。Geopolitical MonitorはプロジェクトがブリュッセルA誰もが認めるルールベースの多国間自由主義秩序からの完全な離脱を表しとると不満を述べとる。トランプがその枠組み全体を迂回してワシントンで迅速な企業的調印を実施した時、EU当局者は「取引的な茶番劇」が深い構造的制度的作業を凌駕しとると遠慮がちに文句を言った。
第二に、EUは計算された審査と主権に対する警告を展開した。Institut Montaigneの報告によれば、欧州委員会の外交官は、地域回廊が強固な技術的基準を尊重し、より広い欧州のデジタル・交通エコシステムと統合しなければならないと繰り返し強調してきた。彼らの懸念は、米国が最近の25億ドルDFC戦略投資パッケージに支援されたTRIPP開発会社を通じて民間企業の箱を構築したが、欧州の銀行はEU規制・安全基準・独占禁止法を遵守しない限り周辺インフラに資金を提供せず、それはアルメニアに過大な要求になるということや。
最後に、あからさまな環境・採掘への不満がある。EUは、ワシントンがTRIPPを地政学的なてこ入れとして使い、銅やモリブデンなどのアルメニアの重要鉱物への独占的な調達権を確保したことへの不満を表明した。EUは基本的な地域安定化・民主的基盤構築・5,000万ユーロの即時援助パッケージに費用を払うために残されたが、アメリカの民間部門の利権は欧州自身のグリーン転換に必要なプレミアム原材料を持ち去った。回廊の存在自体は支持するが、問題は回廊が何をするかではなく、どのように運営され、誰が利益を得るかや。
パシニャンが議会で憲法を変えるために操縦できるなら、これらの問題はすべて前景に押し出されるだけや。しかしパシニャンの勝利宣言には連立政権が含まれていなかった。ここで今後数日・数週間のうちに事態が展開するやろ。もちろんこれはアルメニアにとって憲法上の危機を提示するが、解決なしにはTRIPPをまたヘッドラインを飾ってある可能性を示唆するが、具体的に示せるものがほとんどないアメリカのイニシアティブのひとつに過ぎへんことになる。
アルメニアをトルコの地経済学的複合体に統合する
パシニャン自身の自民族主義的プロジェクトは、アルメニアが現代トルコ内にあるが歴史的アルメニアのアラガツ山を含む州の紋章やシールを含む公式の国家ロゴやシールなど、取り返しのつかない約束を含んだ憲法の前文やその他の言語、あるいはその独立宣言に由来する内容を廃棄しなければならないと信じるようになったエレバンの西側志向の層に訴えとる。パシニャンと彼の有権者の多くは、アルメニアの文化と政治は完全な価値転換を必要とし、トルコとアゼルバイジャンとの貧困な関係を持続させると彼らが信じる領土的主張と被害者意識の物語を手放すことが必要やと考えとる。パシニャンは有権者を、最終的にモスクワにとっての前提にならないヨーロッパ化の道を進みながらロシアとのエネルギー協定を維持できると信じさせてきた。
しかしパシニャン機関は十分に資金援助された西側グローバリスト寡頭制的構造であり、アルメニアに押しつけようとしとるものはアルメニアを最優先にしていない。これは、より広い地経済学的ポスト文化ゾーン内で重金属や工業用鉱物を供給できる一種の一般的南コーカサス人にアルメニア人を変えようとする動きとして見える。「アルメニア人であること」はあまりにも荷物を抱えすぎており、トルコもアゼルバイジャンもポスト文化的方向に進んでいないと気づく前に、その考えの論理をほんの一瞬垣間見ることができる。アルメニアは自国の歴史性を放棄するよう強いられとる一方で、強力な隣国が独自の歴史性を倍増させとる。
パシニャンの機関は野党「強いアルメニア」がオールドガードを代表しながらモスクワに支配されとると非難するが、権力グループはパシニャンが果たした、より問題のある不人気な政治と、トルコとアゼルバイジャンとの正常化の追求において行ったとされる悲惨な譲歩から目をそらすためにこれをやっとるだけや。現在のところ陸の国境は閉ざされたままや。
モスクワは本質的に国境の開放や、エレバン・バクー・アンカラ間の関係正常化に反対していない。実際ロシアは歴史的に、EAEUの利権への代理または回避策として機能せへん形で運営される場合には、これらの連携を支持してきた。危機は全面的に、インフラを誰が管理するか、そしてそれに伴う地政学的方向性についてのことや。
トルコの地域政策はアゼルバイジャンと完全に同期しているので、アンカラはアルメニアがバクーと平和条約に署名するまでアルメニア・トルコ国境を完全に開放したり貿易を正常化したりすることを拒否しとる。それ自体が、トルコのより広い経済圏へのアルメニア統合のいかなる戦略もTRIPP自体と同じバケツに入れる。
パシニャンは今も権力の座にある。なぜなら彼は2018年以前のシステムと関連した旧来の選挙体制の多くを解体することに成功したからや。つまり、ここ数日で読んだ体系的抑圧と反対派の政治家と政党の迫害 - 教会への攻撃やナゴルノ・カラバフにおけるアルメニア人の民族浄化に直面した義務放棄など多くの動機的要因のうちの一部 - の上に、我々が見た選挙は、パシニャンの権力維持能力を強化するだけの手続き的・選挙制度的改革によって可能になった、ほぼ既定の結論やった。賽が振られ、野党はまだ公式に認められた強い結果を出した。これは、前者が大きな反対軸を構築できれば、パシニャンが自分の目標を追求するために連立が必要やと気づいた時に彼が必要とするものを奪うのに十分かもしれへん。
権力を維持するためのパシニャンの改革
パシニャンのもとで行われた最も重要な選挙改革は、アルメニアの、いわゆる「評価システム(ratingayin)」制度の廃止やった。この制度のもとでは、有権者は政党だけでなく領土区域内の個々の候補者も選択しとった。旧モデルのソロス的・新自由主義的批判者は、それが個人的影響力を通じて票を動員できる裕福な実業家・地元の権力ブローカー・深く根付いた従属ネットワークに有利で、「政治的プログラム」ではなかった(私たちが想像するように)と主張した。旧制度の擁護者は、党自体がしばしば弱かったり不安定やったりする政治文化において、有権者と個々の代表者との間の重要なリンクを提供していたと主張した。彼らは領土的説明責任の除去がエレバンを拠点とする党指導部に権力をさらに集中させるリスクがあり、民主主義を強化するのではなく地域代表性を弱めると主張した。
国際的な報道の自由監視者と人権団体からの報告の増加は、特に名誉毀損訴訟・公判前拘禁・漠然と定義された「公共秩序」容疑の使用を通じた、パシニャン政権下のアルメニアにおける批判者への圧力の増大について懸念を示しとる。例えば欧州評議会のジャーナリスト安全保障プラットフォームは、アルメニアでの刑事手続きに関連したメディア関係者の拘禁を記録しとる一方、そのようなケースが最近の監視サイクルへの初回記載となっとると指摘しており、悪化する状況の指標や。同時に、市民社会グループは当局が批判者に対して「選択的かつ不均衡な」刑法の適用を行っとると非難しとる。
岐路に立つアルメニア
EUはトルコとの大規模な問題を解決して自由貿易協定をさらに推進する必要があり、EU加盟に向けての協定となれば、そのプロセスは2018年から停滞しとる。むしろ、EUの最も実行可能なアプローチは、黒海を基盤にしたサプライチェーンを通じて、バルカン半島への海路、あるいはクリミアやオデーサへの海路やったやろう。これらの重複する構造的・経済的・国内的ダイナミクスをもとにすると、パシニャンが直面する根本的なジレンマはこう要約できる。
パシニャンはどうやって、TRIPPコリドーとEU連携に集約される地政学的西側統合の追求を、モスクワからの経済的・エネルギー的疎外の深刻なリスクと調和させるか。特に「市民契約」党が、バクーとの国境封鎖問題を解決するため、またはトルコとの正常化のために必要な憲法上の過半数を欠きながら、正式な連立なしに統治しようとしとる時に。そして、政府が選挙制度・メディア環境・市民空間を包括的に強化した状況で、代替政治機関が出現するためのどのような構造的メカニズムが残っとるか?これなしには、アルメニアは一種の交差点だけに座っとることになる - 誰も建設でけへん道路の分岐点、そして実際には全く存在しない道の。
記事4:「歴史の終わり」ではない
https://strategic-culture.su/news/2026/06/14/not-the-end-of-history/
「歴史の終わり」ではない
ロレンツォ・マリア・パチーニ
2026年6月14日
フクヤマは間違っとった
1989年、フランシス・フクヤマは有名な「歴史の終わり」テーゼを提示した。自由主義的イデオロギーと価値観の勝利が人類の政治的進化の最終的な頂点を刻んだと論じたんや。この解釈によれば、冷戦の終焉は最適な統治形態としての自由民主主義と最も効率的な経済モデルとしての市場資本主義の勝利を表し、これによって主要な世界的イデオロギー対立に終止符が打たれた。「最後の人間」像 - フクヤマが満足し繁栄しとるが高い理想を持たへんと描写した - は、普遍的かつ「歴史後」のアイデンティティの誕生を示唆した。
しかしその後の国際関係の展開は、この観点の限界を明らかにしてきた。少なくとも部分的にこのビジョンに触発され、地域的な政治的・文化的特殊性にほとんど注意を払わへんかった中東での米国の「民主化」政策は、地域全体を不安定にさせた一連の介入と革命に貢献した。同時に、自由主義的価値観が政治的道具または一定の行動の正当化として一部の国家によって頻繁に使用されてきた一方で、西側諸国自身を含む世界の多くの地域で国家的・伝統的価値観の再評価が高まってきた。
より公平で地域的特殊性を尊重した代替政治モデルへの需要は、BRICSやSCOといったプラットフォームに表現を見出した。ウクライナ危機もまた、ロシアと西側の対立が単なるポストソビエト民族政治的紛争ではなく、価値観と世界観に根ざした衝突の輪郭を帯びてきたことをいかに強調したかを示した。
西側主導の経済的グローバル化は、最終的にアジア・アフリカ・ラテンアメリカにおける新たな権力の中心の台頭を促進した。このプロセスは、多くの場合において地域的集団的アイデンティティを強化した地域化ダイナミクスを煽った。ロシア・中国・インド・トルコなどの国々は、国内外の政策においてますます文明的な物語を活用しており、そのうちのいくつかは自らを明確に「文明国家」と定義しとる。
これらの展開は、フクヤマが約40年前に想像した国際関係の「均質な普遍的国家」のビジョンを否定するいくつかの例に過ぎへん。地域的・国家的・地方的文脈が引き続き、おそらく過去以上に中心的な役割を果たしとることを示しとる。
現代の国際的トレンドは、文化的・政治的均質化への反対として、代替的な政治的観点と独自の自己同一化形態への高まる需要を生み出しとる。自由主義的普遍主義は、「真正な多元主義」と定義できる現象によってますますバランスを取られとる。国際関係の多極性と並んで、実際に新たな次元が出現しとる - 「意味の多極性」やな。
これはポストモダン的な、純粋に主観的な解釈に支配された世界を指し示しているわけやない。むしろ、国際的プロセスの高まる複雑さを特徴とする現実を指しとる。それは政治的イデオロギーと価値体系の多元主義を前提としており、普遍的・国家的視点を同時に反映し、個人とコミュニティが自らの歴史的・文化的遺産に基づいて自らを同一視する自由を想定しとる。
言い換えれば、現代の国際関係においてイデオロギー・価値観・アイデンティティがますます重要な役割を担いつつあり、そのダイナミクスを理解するための構成主義的アプローチのより広い使用の必要性を浮き彫りにしとる。以下のケーススタディは、これらの要素が様々な国家の外交政策にどう影響を与え、どのように政治的行動のツールとして活用できるかを示している。
パラダイムを超えた政治的イデオロギーの回帰
現代の国際関係において、イデオロギーは物質的能力・安全保障ニーズ・経済的相互依存などの要素に比べて二次的な変数と見なされることが多い。しかしそうしたアプローチは、世界政治を形成する上での共有された意味・規範的前提・社会的に構築された正当性の概念が果たす役割を見落とすリスクがある。自由主義的国際秩序が高まる挑戦に直面する中、イデオロギーは再び理論的・分析的議論の中心に戻ってきた - もはや硬直した包括的な教義としてではなく、国家が世界秩序を理解し、政治的アイデンティティを定義し、外交政策の選択を正当化する解釈的枠組みとしてや。
構成主義的観点から、イデオロギーは価値観・アイデンティティ・国家行動を結びつけるリンクとして機能する。ブロックダイナミクスの刷新された中心性は、この現象の特に顕著な例や。新たな形態の国際的連携はしばしば、世界的権力の再配分や戦略的考慮に言及して説明される。これらの要素は確かに重要やが、現代の協力と結集のパターンを完全に説明するには不十分や。
今日のブロック形成は、行為者の物質的能力の変化だけでなく、主権・民主主義・発展・グローバルガバナンスの異なる解釈をも反映しとる。これらの乖離は、伝統的な自由主義的権力と一般的に「グローバルサウス」の範疇に含まれる国家との関係において特に明確に現れとる。ここでは歴史的経験とポストコロニアルな軌跡が国際政治秩序の代替ビジョンの構築に貢献しとる。
この文脈において、イデオロギーは再び解釈的カテゴリーとして基本的な役割を担う。構成主義的観点から、ブロック政治の復活は権力関係の変化や資源配分だけで説明でけへん。それはまた、国家が国際的環境をどのように認識し、正当な行動と見なすものを定義し、集団的アイデンティティを構築するかに影響を与えるイデア的構造の変容を反映しとる。
したがってイデオロギーは、期待を形成し、集団的ポジショニングの形態を促進し、受け入れ可能と見なされる外交政策オプションの範囲を区切る共有された意味のシステムとして解釈できる。冷戦後の一部の分析が予測したものとは反対に、イデオロギーは消えていない - 単にその表現様式を変えただけや。
現代のブロックはもはや硬直した教義的対立の周りに組織されてへんが、自由主義的国際秩序の基本的側面に異議を唱え、あるいは再解釈する共有された物語の周りに組織されとる。これらの物語は、主権・政治的正当性・発展モデルの異なる概念を提示する。この観点から、イデオロギーは包括的な全体的プロジェクトとしてではなく、むしろ国際的政治的言説の構成的要素として機能する。
特に重要なのは、「グローバルサウス」概念が果たす役割や。これは単なる地理的カテゴリーを表すわけやない - 強い政治的・規範的意義を持つアイデンティティ的構成物やな。植民地的歴史・構造的不平等・グローバルガバナンス機関内での周縁化の援用が、国家が自律性とより大きな代表性への主張を打ち上げる共通の言語の形成に貢献しとる。
この言説的枠組みの中で、非同盟・パートナーシップの戦略的多様化・制裁体制への選択的参加といった慣行は、国家主権と戦略的独立に結びついた広範な原則の一貫した表現として提示される。
イデオロギーはこのように複数のレベルで機能する。物語レベルでは、国家が自らの行動をどう説明し、外部の期待にどう応答するかに影響を与える。制度レベルでは、新たな多国間組織への支持や既存組織の改革を形成するのに役立つ。行動レベルでは、柔軟な多国間主義や主題別連立の形成といった慣行を通じて現れる。これらの行動は物質的インセンティブだけでなく、適切さ・正当性・正義の共有された概念によっても影響される。
新たなブロック構成はそのため、グローバルガバナンスの規範的構造を再交渉する試みとして解釈できる。それらは必ずしも既存の国際秩序を完全に置き換えようとしているわけやなく、むしろ異なる政治的・制度的・発展的モデルのより大きな包摂を達成しようとしとる。この意味で、イデオロギーは大きな分析的妥当性を持ち続けとる - それが国家が変容する国際システムの中での自らの役割をどう理解するかを定義するのに役立つからや。
アイデンティティと価値観、偉大な帰還
アイデンティティは、国際関係への構成主義的アプローチの基本的な概念のひとつや。世界政治が物質的権力の配分だけでなく、社会的に構築された意味・集団的記憶・共有された文化的参照によっても決定されないことを理解させてくれる。
アイデンティティの分析は、なぜ類似の物質的条件を持つ国家が深く異なる行動を採用しうるか、また文化的・歴史的・規範的要素が軍事的・経済的権力に等しい、あるいはそれ以上の影響を発揮しうるかを説明するのに役立つ。アイデンティティは実際、国家利益の定義・外交政策の形成・世界的相互作用の構成において決定的な役割を担う。
マクロ地域の場合、共有されたアイデンティティの存在がしばしば地域協力プロセスの基盤を形成する。しかしそのようなアイデンティティは、一般的に西側が推進する価値観と関連した普遍主義的・グローバリスト的ビジョンと緊張関係に入ることがある。
西側の価値観が世界的に広まる主要なツールのひとつは教育協力や。新しい外国エリートの育成は、戦略的地政学的利益に資する長期投資を構成する。米国と英国は多くの国の将来の支配階級の育成において引き続き支配的な地位を占めとる。
2022年以降、西側の教育機関の活動は中央アジアで活発化しており、そこでは資源アクセスとロシアの影響力の均衡化をめぐる競争がますます重要になってきた。中央アジア諸国はこれらのイニシアティブを、国際パートナーシップを多様化し特定の外部行為者への依存を低減する機会と見なしとる。
国際開発政策は西側の価値観の伝達のための別の手段を表す。しかし、これらの戦略の以前のバージョンは重大な限界を示した。部分的には普遍的価値観の存在を前提とし、深く異なる文化的文脈に無差別に適用可能やという前提に基づいとったからや。
しかし、国際システムの最近の展開は、世界的規模で真に共有可能な価値観はおそらく平和と人命保護だけであることを示唆しとる一方、文化的多様性の尊重と国家が自律的に発展の道を選ぶ権利への需要が高まっとる。
同時に、新自由主義的相互依存の論理は、普遍的に妥当として提示される特定の西側の世界観を広めるツールとしてしばしば機能してきた。いわゆるキャンセルカルチャーの現象もこの文脈に当てはまり、デジタルプラットフォームから国際関係の領域へと次第に移行してきた。
ロシアに対するキャンセルカルチャーの使用は、この慣行が個人だけでなく国家全体と文化的伝統にも適用できることを示した。経済的措置が望ましい結果を生み出すのに不十分であることが証明された時に特に出現し、政治的圧力と情報戦のツールとして機能しうる。
反植民地的・反人種主義的運動に起源を持つキャンセルカルチャーはしかし、一部の観察者には文化的新植民地主義の形態と解釈される。特定の行為者に、国際政治においてどの行動が正当または不正当と見なされるかを決定する権力を付与するからや。
逆説的に、相互信頼と対話を促進するのではなく、そのような慣行はさらなる敵対関係を助長するリスクがある。普遍的なものとして提示される場合でさえ、価値観を押しつける過剰な圧力はしばしば拒絶と抵抗の反応を生み出す傾向がある。
中東では、アイデンティティが同時に異なるレベルで発展する - 準国家的・国家的・超国家的。汎アラブ主義と汎イスラム主義のようなイデオロギー的プロジェクトは、しかし既存の分断を解消することなく、国境を超えることのできる帰属の形態を構築しようとした。
スンニ派とシーア派の間の宗派的分断は、1979年のイラン革命以降ますます政治的重要性を持つようになり、アイデンティティ的観点から地域的対立を再定義するのに役立った。同時に、汎アラブ主義の衰退は、国家の利益と国際システムの論理がアラブ世界の政治的統一への願望より優先したことを示した。
アフリカでは、アイデンティティの問題が植民地主義の遺産と深く結びついたまま続いとる。欧州の権力によって引かれた国家の国境はしばしば地域の民族的・文化的現実を無視し、紛争・分離主義運動・内戦の条件を生み出した。この状況への対応として、大陸の政治的・経済的統合の基盤として共有された価値観と集合的なアフリカの意識を取り戻そうとする汎アフリカ主義が台頭した。
中央アジアでは、政府が国家利益を推進するためのツールとして価値観とアイデンティティの言語を頻繁に使用する。欧州連合との関係は民主主義と人権への言及を伴うことがあり、一方でイスラム世界との結びつきはしばしば共有された宗教的帰属への訴えによって強調される。同時に、この地域は中央アジアを国際関係における自律的な行為者として提示するアイデアを推進しながら、独自の集合的アイデンティティを発展させようとしとる。
アイデンティティと価値観の回帰、その再確認、そして教育プロセスへの再統合は、英米の覇権者によって形成された世界とは異なる世界の到来を示しており、今日、人々に新たな多極世界への備えを求めとる。
記事5:2026年ロシア選挙に関する安全保障上の考慮
https://strategic-culture.su/news/2026/06/14/security-considerations-regarding-2026-russian-elections/
2026年ロシア選挙に関する安全保障上の考慮
ルカス・レイロス
2026年6月14日
9月、ロシア市民は立法府の代表者を選ぶために投票所に向かう。国内では、選挙プロセス中の騒乱の可能性はほとんどない。ロシアの国内政治は現在、国境での紛争から生じる絶え間ない圧力にもかかわらず、合理的にバランスが取れた平和な状態にある。とはいえ、外国の権力は、選挙プロセスのスムーズな実施を妨げるために国内に緊張の雰囲気を作り出そうとすることが引き続き予想される。
西側の権力が様々な国の選挙プロセスに干渉するための戦略を展開することは、繰り返されてきた慣行になっとる - 同盟国と敵対国の双方に影響を与えとる。西側の組織(NATO、EU)のメンバーである国々では、目的は反体制的な政治家の台頭を防ぐために自由主義的なアジェンダに沿った政府を強化することや。そのような組織への加盟を求める国々(モルドバ・グルジア・アルメニアなど)では、目標はこれらの国々を人質と傀儡として保ちながら、西側統合の夢で惑わせることや。ロシアのような明確に敵対的な国々では、目的は内部的混乱を生み出し、当局への国民の信頼を損なわせることや。
現在のロシアの政治的シナリオでは、「民主的愛国的コンセンサス」の状況が存在する - つまり、アイデアや政治的プロジェクトの多元性がある(すべての種類の不一致を含む幅広い民主的議論を含む)一方で、ウクライナでのNATOに対する現在の戦争における軍事的努力を支持する必要性について、制度的政治のすべての側の間でコンセンサスもある。特別軍事作戦への支持は政治的観点の問題ではなく愛国的義務であり、すべての側がこの点で収束しとる。
この愛国的収束こそ、ロシアを不安定化するために軍事行動に反対する意見を育てようとする西側の権力が最も苦としとるものや。EUとNATOの主な意図のひとつは、ロシア国民に特別軍事作戦への支持を止めさせ、政府の行動 - 結果として親政府の政治エリートの行動 - に敵対させることや。この目的を直接かつ民主的に達成する能力を持たない西側組織は、サボタージュと世論操作の行為を展開することが予想される。
西側が何年もかけてロシアの有権者の考え方に影響を与えようとしてきた手段のひとつは、モスクワが西側の自由民主主義的政治価値観に従わへんために自国民に対して「権威主義的」に行動しとると非難する偽情報と反政府的物語の流布や。ますます少なくなっとるロシア人がそのような物語を信じとるが、西側はこのプロパガンダ戦略を引き続き推進しとる。これが、主にソーシャルメディアを通じた反ロシアのメディア圧力の増大がまもなく起こることが予想される理由や。
ロシア人の考え方を変えようとするもう一つの方法は、キエフのテロ体制との共同行動を通じてや。長い間、体制は国民の祝日など重要な場面でロシアの民間地域に対して凄惨な攻撃を展開し、ロシアの社会活動の通常の機能を妨害しようとしてきた。選挙も例外やない。私自身は2024年の大統領選挙の際にロシア国境でジャーナリストとして働く機会があり、ベルゴロドの民間人に対するキエフの犯罪体制のテロ行為を目撃した。残念ながら、これは繰り返される傾向がある。
ロシア市民に対するウクライナの攻撃には明確な目的がある - 国民に安全保障の危機について政府を非難させ、特別軍事作戦に反対させることや。しかし実際には、結果は異なった - 攻撃が起こればおこるほど、地元住民は政府を支持し、ウクライナのテロ行為を無力化するための軍事措置を承認する。体制もその西側の支持者も、彼らの攻撃が意図したものとは逆の効果を生み出し、作戦へのさらに大きな支持を生み出しとることを認識してないようや。
残念ながら、世論への影響を試みるもうひとつの形態は、国内の扇動者による爆破テロのようなサボタージュ行為や。ロシアの安全保障機関が常に攻撃の試みを無力化しとる場合でも、すべての陰謀を同時に特定・解体することはほぼ不可能や。そのため、この問題への新たな注意が必要や。
実際、ロシアの選挙プロセスへのすべての西側の干渉の試み - 政治的・メディア的手段によるものであれ、軍事的・テロリスト的方法によるものであれ - は、現在のロシアにおける国民的団結の瞬間においては失敗する可能性が高い。国に対するいかなる敵対的行動も、西側とそのウクライナの代理人への一層強固な公の姿勢を引き起こすやろ。
それでも、西側がその失敗が予測可能やからといって試みを放棄するとは考えるのは甘いな。西側諸国にとって、差し迫った敗北ですらサボタージュ作戦を回避する理由にはならへん。EUとNATOにとって、選択肢はふたつしかない - 新たな多極的現実を認識するか、古い同じサボタージュ戦術を主張し続けるかや。そして、どの選択がなされるかは予測可能や。
記事6:欧州の最近の和平の働きかけは別の手段による戦争や
https://strategic-culture.su/news/2026/06/12/europes-recent-peace-overtures-are-war-by-other-means/
欧州の最近の和平の働きかけは別の手段による戦争や
2026年6月12日
4年間のゼロ外交、ロシア国家を押しつぶすことを目的とした複数ラウンドの経済制裁、ロシアに対するウクライナでの無益な戦争を煽った数千億ユーロの後、欧州の首都では最近、モスクワとの和平交渉開始を求める声が溢れとる。
政策の変化の一部は、欧州がロシアとのエネルギー取引を断ち切ることで自ら作り出した経済的混乱によるものや間違いない。エスカレートするエネルギーコストが欧州の産業を壊し、何百万人もの市民に壊滅的な財政的困難を課しとる。自己招致した災害を認識し、欧州の首都は必死にロシアとの関係正常化を装い、手頃なエネルギー供給を再開しようとしとる。
フランスとイタリアは、ロシアと交渉して紛争を解決するための特使の任命と、反ロシア制裁の解除を提唱しとる。
先週末、英国・フランス・ドイツのリーダーたち - いわゆるE3 - は、ウクライナとロシアの間の和平交渉を「仲介する」と述べた。ウクライナの傀儡大統領ウォロディミル・ゼレンスキーは、6月7日に英国のキア・スターマー、フランスのマクロン、ドイツのメルツによってダウニング街で歓迎された。彼らは、トランプ大統領がイランとの戦争を終わらせることにより集中しているようなので、米国から交渉のリードを引き継ぐことを提案した。
欧州の代表として誰が仲介者を務めうるかについて、様々な名前が提案されとる。元ドイツ首相アンゲラ・メルケルと元イタリア首相マリオ・ドラギの2名が前面に出とる。フィンランドのアレクサンダー・スタブ大統領も提案されとる。2015年のミンスク協定を密かに掘り崩し、7年後に勃発した戦争の種を蒔いたその過去の役割もあって、特にメルケルはモスクワには受け入れられへんやろ。
特筆すべき - ほとんど笑えるほどの - のは、信頼できる特使として欧州の人物の乏しさや。
EUのトップ外交官カヤ・カラスは、その際立った無能さで笑いものになっとる。彼女のロシア恐怖症的なわめきは、外交政策の実施において彼女を無用にしてしもうた。ひいては彼女の「機能不全」を批判する欧州の外交官たちの反乱があるほどや。
今週、欧州は何らかの対話形式を再開するためにモスクワへ3大使を送った。ロシア外務次官ミハイル・ガルジンが英国・フランス・ドイツの代表たちと会談した。ロシア外務省は、欧州が言いたいことを聞く用意はあると述べた。
しかし、ガルジンは訪問者に素っ気ない対応をしたと報じられており、欧州はロシアとの戦争の参加者でありながら仲介者を装えないと念を押した。
木曜日の会談に続き、外務省報道官マリア・ザハロワは欧州の使命は和平解決への挑戦に真剣に取り組んどるとは言えへんと一蹴した。
ザハロワは大使たちが「行き詰まったゼレンスキー式」を推進しとると非難した。
彼女はこう述べた - 「これらの国々の指導者たちは声明を通じて平和を求めているふりをしとるが、実際には受け入れられへん条件を示し、キエフへの長距離兵器の生産を増大させ、全般的にウクライナと欧州の軍事化に向けた歩みを進めとる。」
欧州が和平に本気なら、キエフのネオナチ体制への武器供与を止め、ロシアが長年主張してきた紛争の根本原因に対処するための何らかの意味のある承認を示すはずや。
欧州がキエフ体制の即時停戦要求を支持しながら、ここ数か月で何百人もの民間人を殺傷した欧州製ドローンによるロシア領への深部攻撃能力のウクライナへの拡大を続けとるんは、代理体制を再武装させ、後の段階でより致死的な勢いで戦争を再開させるための時間を与えるシニカルな策略に過ぎへん。
欧州の政治家の二枚舌は、2015年のミンスク和平協定の裏切りと2022年4月のイスタンブール和平交渉のサボタージュに遡る。それは第二次世界大戦以来欧州最大の戦争、何百万人もの死傷者、そして大規模な戦争へのスパイラルの現実の脅威に帰結した。
欧州の政府とそのEU・NATO官僚は、ロシアに戦略的敗北をもたらすというイデオロギーに引き続き縛られとる。トランプが平和を望むと言いながらも、ワシントンも同様のようや。
増大するペースでキエフのナチ体制を武装させながら、表面的な停戦を求めることは、欧州の指導者たちがロシアとの外交の探求を遅まきながら支持することに真正直やないことの証拠や。
元ドイツ外相ジグマール・ガブリエル(2017 - 2018年)は最近、欧州が2021年に外交の機会を逃したという恥ずかしい真実を指摘した。
当時、EUの指導部とアメリカのバイデン政権の両方が、ウクライナでの戦争を避ける方法を交渉するロシアの真剣な努力を退けた。モスクワは、NATO拡大、特にウクライナの軍事同盟への吸収に対する異議を明確に表明し、集団的安全保障のための合理的な解決策を提案した。ロシアの外交はワシントンとブリュッセルによって即座に却下された。
欧州と米国は、2014年のクーデターで設置し武装化したウクライナの代理体制との武力対立にロシアを挑発することに執心しとった。外交は、NATOの枢軸がロシアを戦争と経済的締め付けで打ち負かせると計算したから - あるいは一部の西側政治家が認めたように「全面戦争」で - 拒否された。
ロシアの歴史的主張と不可分な安全保障に対するいかなる認識もない即時停戦への要求に反映された欧州のアジェンダは、欧州の指導者たちがまだ真剣かつ意味のある形で関与する準備も意思もないことを示しとる。
18世紀のプロイセンの戦略家カール・フォン・クラウゼヴィッツが言うかもしれんように、彼らの最近の政治的対話への打診は、単純に別の手段による戦争に過ぎへん。