マイケル・ハドソンとリチャード・ウルフ:失敗を認めないシステム
https://michael-hudson.com/2026/08/the-system-that-cannot-admit-failure/
By Michael 金曜日、2026年8月21日
2026年8月5日
ロビンソン・エアハート
マイケルがこの話し始めたとこやったけど、昨晩ミシガンで何かデカいニュースあったみたいやな。
マイケル・ハドソン
ミシガンで民主社会主義の候補が民主党全国委員会の候補に勝ったんや、マスコミはこれを社会主義と資本主義の対立みたいに描いとるけどな。リチャードとわしに共通する見方は、産業資本主義が離陸した時、みんな資本主義が社会主義に進化していくもんやと思っとったっちゅうことやねん、実際には対立なんかあらへんのや。それがミシガンで勝った候補の立場やと思うで。
リチャード・D・ウルフ
わしもマイケルに同意やけど、ちょっと違う言い方するわ。この国を動かしとる連中は、彼が今言うたこと、つまり今の進化の方向性が資本主義が終焉して、色んな人が「社会主義」と呼ぶ何かに移行していくっちゅう方向性やっちゅうことに、怯えとると思うんや。もっと言うと、社会主義には色んな形があるで。北欧、デンマークみたいなやつがあるし、バーニー・サンダース的な民主社会主義があって、これも似たようなもんや。
ソ連の社会主義があって、これはだいぶ違うわな。中国の社会主義があって、これもまた違う。それ以外にも、今どんどん相対的に重要になってきとる社会主義があるんや、初期段階の社会主義がだんだん色褪せていって、今の新しい状況に道を譲っていっとるっちゅうわけや。その全部の中で一番の要因は、まあ2つあるんやけど:一つは資本主義がどんどん困難に直面しとること、もう一つは特に中国版社会主義の驚くべき成功や。この2つが今起こっとる原動力やと思うで。ミシガンのケースやけど、この候補者の立場は、ちなみにヨーロッパの戦争に関してはマイケルとわしが何ヶ月も取り組んできた立場とはえらい違うんや、むしろ民主党中央委員会の公式立場にかなり近いんやで。
せやけど彼が意見違うんは、イスラエルとパレスチナの問題やねん、これがこの選挙で中心的な争点やったんや。労働者階級の不満と並んで、これが最大の争点やったとも言えるやろな、ミシガンは労働者階級の州やから、労働者階級は共和党にも民主党の指導部にも不満持っとるんや。彼はアウトサイダーやったからそれが有利に働いたんやけど、イスラエル・パレスチナ問題についても曖昧やない立場取ったんや。この2つが、公式の民主党の途方もない敵意と、敗れた候補への莫大な資金流入に打ち勝って、彼を勝利に導いたんやで。
マイケル・ハドソン
リチャードが資本主義の問題について言うたけど、それが対立を生んだんや。これは19世紀を通じて、イギリス、ドイツ、アメリカでずっと議論されてきたことやで:資本主義の問題、どうやって工業国になって他国と競争するんかっちゅうことや。答えは生産コストを最小化することや、それは雇用主が労働者に払わなあかんコストを最小化するっちゅうことやねん。せやけど解決策は賃金率を下げることやなかったんや、なぜならますます健康で、教育を受けて、身なりも整うて、生産性の高い労働力が必要やったからやで。
解決策は混合経済を作って、経済レント(不労所得)を無くすことやったんや、アダム・スミスからジョン・スチュアート・ミル、結局マルクスに至るまでの価値理論全部が、この全ての終わりに来たわけやけど、産業資本主義の戦いを革命的なもんにしようとしたんや。それはヨーロッパの地主階級の支配を終わらせよう、地代を終わらせようとしたんや。もう地主だけが地代の上昇から利益得るのを許さんようになったんや、なぜならそれは食料価格を上げてしまうし、イギリスやヨーロッパ諸国は低コストで食料生産できる国々と競争できひんかったからや。どうすんねん?土地を公共財にするんや、それがアダム・スミス自身が始めたことやねん。独占も欲しくないんや、なぜなら独占は価格上げてしまうからな。資本主義は、より効率的になって他人より安く売ることで生産コストを下げるための戦いやったんや。それが革命的やったんは、19世紀ヨーロッパ全体が、産業資本家階級の地主階級と独占への戦いやったからやで。
政府に自分らの産業を補助金出させたいって言うたんは、産業階級やったんや、自然独占を政府が引き取ってな、交通、通信、水道サービスを提供すべきやって。これらは公共財やから、政府は原価かそれ以下の補助金付きの料金で提供すべきなんや、そうせんかったら、このインフラを民間の手に任せたら、わしらはみんな独占価格払わなあかんくなるからな。それが資本主義を革命的にしたことやねん。もちろん、地代、独占レント、金融の利害が反撃してきて、それが本質的に、アダム・スミス、ミル、マルクス、アメリカの保護主義者たち(公共投資と独占解体でアメリカを豊かにしようとした、テディ・ルーズベルトなんかもそうやな)が目指した、私的な不労所得階級の利益を公共の生産性に従属させるっちゅう産業資本主義の路線全体を脱線させたんや。今日の社会主義への戦い、マルクスへの戦いっちゅうんは、実はアダム・スミス、リカード、ジョン・スチュアート・ミル、マルクス、産業家たちが戦っとったもの全部への戦いなんやで、経済レントから自由な、特殊利益から自由な自由市場のためのな。
リチャード・D・ウルフ
彼は正しいと思うで、彼が言うとるプロセスは、もっと早く、もっと進んでたはずやったんや、資本家間の競争において生産コストを節約する別の方法がなかったらな。それが19世紀に本格的に始まったプロセスで、それより古い話ではあるんやけど、19世紀にとてつもない後押しを受けたんや、わしらはそれを植民地主義として知っとるやろ:世界の残り全部を乗っ取って、安い原材料、安い食料、安い労働者を手に入れる、これ全部植民地が提供してくれたんや、あと一種の独占市場もな。これがヨーロッパ諸国に、労働者の生活水準を上げることを可能にしたんや、なぜならそのコストが、植民地から奪ったもんによって崩壊しとったからやで。ヨーロッパの小さな労働者階級は引き上げられたんや、なぜならその10倍大きい残りの世界の労働者階級から奪ったからなんや。
ベルギーみたいな小さな国が、資源も少なく小さい場所にもかかわらず、豊かなヨーロッパ国家になるんは、コンゴを支配しとるからなんや、アフリカ大陸で一番豊かで大きい地域の一つやからな。コンゴの資源全部がベルギーに流れ込むんや。例えば、彼らは自分らの王様を維持できる、実際封建的な名残、王国を維持できるんや。イギリスもそうやったで、馬鹿げとって、無駄だらけで、資本主義が信じとると言うこと全部と矛盾しとるけど、それは封建制の従属を乗り越えるのを楽にする妥協やねん、植民地主義が提供してくれる潤滑油があるからやで。それが、今の状況がなんでこんなに違うんか理解する助けになるんや、なぜなら今わしらは近代史のポスト植民地・反植民地時代を生きとるからやで。その部分はもう終わったんや。
アジア、アフリカ、ラテンアメリカは、もうこのゲームに付き合う気はあらへんのや。今植民地の強国になろうとするんは、あんたを馬鹿げた存在にするか、それがグリーンランドについて妄想しとるトランプ氏やな、あるいはジェノサイド的な存在にするか、それが3世紀後にガザで実際に入植植民地主義を発展させようとしとるイスラエルやで。それはもうでけへんことなんや、世界が変わってしもたからやで、それをやる唯一の方法は、世界中が非難するようなやり方でガザの人々を扱うことなんや。それでも人々はそれに耐えとる、なぜなら自分らが歴史の正しい側におる、歴史の向かう先におるって分かっとるからやで。彼らは世界中から支持されとるし、これからもそうやろ、これが全部終わったら、イスラエルはのけ者になるやろな、既に世界情勢では既にのけ者になっとるんやけどな。これ全部が、わしらが資本主義の困難がとてつもなく大きくなる場所におるっちゅうサインなんや、なぜならもう解決策が無いからやで。
それがマイケルのポイントやな。労働者階級には労働組合があって、色々弱点はあるけど、ヨーロッパには労働組合があって、政党もある、また色々弱点あるけど、そこにあるんや。第三世界には、世界のあらゆる場所の革命があって、これも不均等で弱点だらけやけど、今また表現されとる、中国の驚くべき成果と、中国が組み立てたBRICS同盟の中に表現されとるんやで。ヨーロッパでさえ、これが今起こっとることを理解する方法やと思うで、なぜならヨーロッパは植民地主義から恩恵受けた世界の部分やったからやで。ベルギーの例なんやけど、インドのこと考えてみいな、ちなみに今世界で一番大きい国やで、中国を超えとる、インドがヨーロッパのあの小さな沖合の島、イギリスっちゅうやつの面倒を見て、400年間資金提供して、イギリス帝国とその全部の意味を作り上げたんや。
それがどんだけ重要やったか理解するには、インドを失ったことがイギリスに75年間の衰退をもたらして、それがブレグジットっちゅう狂気に帰結したっちゅうことを見たらええんや、ここでの本当の問題を理解する代わりに、ヨーロッパを非難するっていう狂気にな。これが、なんで今、これらの衰退しつつある国々の指導部、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアが、ヨーロッパを立て直す方法を知らへん指導部を持っとるんか理解する助けになるんや。見てみいな、中国とアメリカに挟まれて。ヨーロッパでは何も起こってへん、観光地やで。中国かアメリカ以外のどこからハイテクの飛躍的進歩の話が読めるんや?ヨーロッパの国々はそんなことしてへんで、後から少しはやるかもしれへんけど、もう終わっとるんや。彼らには幻想があるんや、その幻想は誰も驚かせへんはずやで。
エストニアのカヤ・カラスが表明した幻想やな、どのバルト共和国出身か忘れたけど、まあそんなことは関係ない、彼女がそれを言葉にしたんや、他の人もそうしたけど、彼女は見事にやったんや:彼らはロシアと戦争をして、ロシアを打ち負かして、ロシアを小さい国々に切り分けて、既存の西ヨーロッパの国々それぞれが一つずつもらうんや。言い換えたら、彼らは植民地主義を復活させようとしとるんや、ロシアを植民地化しようとしとるんや、それが彼らに、ヨーロッパがアジアという主要な世界体系から突き出た半島以外の何かとして完全に消滅するのを、また先延ばしにする力を与えてくれるっちゅうわけやな。
わしらはとてつもなく密度の濃い歴史的変化の時代を生きとると思うで、わしらが今生きとることを振り返る時、そのメッセージはこうなるやろ:それは植民地主義の最終的な終焉やった、それゆえヨーロッパ人の優位性の終焉やった、なぜなら彼らこそが植民地主義をやった連中やったからで、それが終わる時、それはその創造主も道連れにするんや。それに付け加えるとしたら、植民地主義の頂点は、この植民地ヨーロッパ列強同士による野蛮な破壊、二つの連続する世界大戦やったっちゅうことやな。それが植民地主義のピークの成果やねん、世界がかつて見たことない、少なくとも今のところそれ以来見たことがないレベルの人類破壊やで。せやけど第二次世界大戦後にほこりが晴れた時、自らを破壊してへんかった唯一の立っとる資本主義大国は米国やったんや、二つの大洋に守られてな、野蛮な破壊なしに切り抜けたんや。わしはいつも人々に言うんやけど、第二次世界大戦で死んだロシア人はだいたい2500万人、同じ第二次世界大戦で死んだアメリカ人は40万人や。これほどその定義の違いを鮮明に表すもんがあるかいな?
せやけどここでヘーゲル的な皮肉がやってくるんや:米国はイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、オランダの植民地主義全部を文字通り置き換えることで、地球上最大で最も豊かな大国を継承して、そうなるんや、第二次世界大戦後、米国だけが世界の支配的な大国になるんや、一極モーメント、まあ何と呼びたいかは自由やけどな。それは富と、自分の状況についての自己欺瞞のレベルまで上り詰めて、それがそれを失う瞬間、あるいは落ちていく瞬間に備えてしまうんや。な、背が高ければ高いほど、落ちる時は激しいんやで。彼らは今、体系的に、自分らの馬鹿げた状況を目の当たりにせなあかんくなっとるんや、それは1945年に始まったその日から一時的なもんやと理解されとくべきやったんやけど、その代わりに一種のヒステリーがあるんや:イラン人がホルムズ海峡をコントロールするなんてこと許すわけにはいかへん、ってな。システム全体がこれまで慣れ親しんできたやり方でもう機能でけへんくなった時に、破断点がどこで起こるかっちゅう複雑な過剰決定の、なんと素晴らしい実例やろな。
マイケル・ハドソン
リチャードが語り始めた植民地主義の力学を分解してみたいわ。重要なんは、それが世界を2種類の経済に分けたっちゅうことやねん。植民地主義の目的は、ヨーロッパの支配、宗主国の支配を、原材料と天然資源、原材料レントと地代、最終的には基本インフラのレント、ヨーロッパ人が投資した鉄道や運河のレントの支配を得ることやったんや。これが植民地国、つまり従属国の経済構造を、ヨーロッパの産業資本主義の正反対にしてしもたんや。
米国では、全体のアイデアは経済レントを防ぐことやったんやけど、ヨーロッパ植民地主義全体の目的はレント追求やったんや。わしが指摘したいんは、ヨーロッパ植民地主義に先行しさえした同時進行の発展があったっちゅうことやで、それは独立を勝ち取り始めた国々の金融化やったんや。1820年代にはハイチがあって、ギリシャがオスマン帝国からの独立を得るための復興資金調達のために借金しとったんや、メキシコ、ブラジルもあった、イギリスとフランスの銀行家たちが1820年代から国際債券市場を作り始めたんや。
例えば、リカード自身の二人の兄弟は、ギリシャの対外債務を引き受ける独自の国際投資会社持っとったんや。これがエジプトとチュニジアに広がって、ほとんどすぐに、借金した国全部、ハイチ、ギリシャ、メキシコ、後の世紀にはエジプトやチュニジアも、ほとんどすぐにデフォルトしたんや。19世紀後半には、リチャードが説明した植民地主義と並行して、銀行家たちがイギリスとフランスの政府に砲艦を送るよう呼びかけたんや、「これらの国々を乗っ取って、彼らの政府が借りた対外債務の支払いを強制せなあかん」って言うてな。国家通貨委員会と中央銀行が、エジプト、チュニジア、その他全部の国々で、債権国によって設立されたんや、これらの国々の財政政策をコントロールするためにな、それは本質的には政府をコントロールすることを意味しとって、これらの債務国政府を、返済でけへんかった国際銀行コンソーシアムの集金代理人に変えてしまったんや。
国々は1820年代からずっと、借りとる金が発展を助けてくれると思っとったんや、彼らはイギリスやドイツみたいになりたかった、最終的にはアメリカみたいになりたかった、産業資本主義国家になりたかったんや。せやけど、この金融植民地主義全体の結果はそうやなかったんや。金融植民地主義は、リチャードが焦点当てた軍事植民地主義と同じくらい強力に発生しとったと考えることができるで、ベルギー、イギリス、フランス、ドイツでさえ、アフリカから太平洋までな。、植民地国と債務国では、外国が所有する不労所得経済が生まれとったんや。
第二次世界大戦後、リチャードが説明した通り、米国が支配的な大国として台頭して、開かれた貿易、自由貿易、固い通貨の債権国ルールを作ったんや。本質的に、米国はかつて大英帝国やったものを吸収したんや、インドや他の国々が第二次世界大戦中に連合国への原材料供給で蓄積した貯蓄、これら全部の貯蓄がもうイギリスで使わなあかんっちゅう縛りから解放されて、どこでも使えるようになったんや、つまり米国でな。米国は結局、ヨーロッパ帝国をアメリカ帝国に従属させることになったんや。
これがやらへんかったんは、旧植民地国と債務国、特にグローバルサウスの国々を助けることやったんや、それは彼らが慢性的な貿易赤字に陥るのを止めへんかったんや。彼らはついに何が起こったんか気づき始めとって、なんで米国やイギリス、ヨーロッパと同じように発展でけへんかったんか問うとるんや。モデルは中国やねん。中国はこの罠から自由になったんや、外国の金融利害に自国経済を操縦させて、天然資源を民営化させて、公共インフラ(スエズ運河やそれに相当する他の国々のもん)を外国投資家に売り払わせて、名目上は政治的主権を達成しつつも経済的主権を失うという罠からな。中国は自由になったんや、それは米国とイギリスがやったのと全く同じ政策に従うことでやったんやで。産業資本主義、あるいは中国的特色を持つ産業社会主義と呼べるもんを発展させたんや、けど同じことやねん。
中国はモデルを提供しとるんや、そのモデルは結局、古典派経済学者が説明した元々のモデルやったんや:アダム・スミス、リカード、ミル、マルクスのモデルやで。政府が全ての自然独占をコントロールする官民混合経済を維持するんや。何よりも、中国がやったんは、銀行業と貨幣創造を公共財にしたことやねん。中国の革命は金融階級を追い出したんや、金融階級を持ってへんかったし、自国の財政政策をコントロールして、何のために金が創造されるか、誰が支払われるかを決める外国金融階級も持ってへんかったんや。
中国は古典経済学の車輪を再発明したんや、それがマルクス主義と自称した理由やねん、古典派と自称することもできたはずやのにな、なぜなら人々が「マルクス主義」と呼ぶもんは、まさに同じ価値、価格、レントの理論やからやで。経済レントを最小化して、貨幣と銀行業を公共財にするっちゅう全体のアイデアが鍵なんや、低い生産コストで工業化して、ヨーロッパ諸国を圧迫し、米国経済を圧迫して脱工業化に導いた膨大な債務オーバーヘッドを避けたいんやったらな。中国はこれ全部から自由なんや、なぜなら自らを操縦する外国のポスト植民地金融階級を持ってへんからやで、古典経済学に戻っとるんや、それがマルクス主義に帰結したと言えるかもしれへんな。
リチャード・D・ウルフ
マイケルが今言うたこと全部を踏まえると、論理的な推論は、資本主義が得た余剰を再投資してより大きく、より強力になり、それによって自らの状況をより安全にしたいっちゅう欲求を考えると、それはコストを最小化したいわけや、そうすればもっと余剰ともっと収益性を得られるからやで、云々。そしたら論理はこうなるやろ、規模の経済のために、独占の可能性を生み出す他の百のイシューのために、社会全体にとって最も上手く扱われるべきもんがあるとしたら、そこでは独占が、一つの生産者として、そうでなければ個々の資本家によってより高いコストでやられていたことを、より安く行える場所があるとしたら、それを別の言い方をすると、合理的な資本主義っちゅうのは、私企業がより良く機能するところでは一部私企業で、国営企業がより良く機能するところでは一部国営企業やっちゅうことになるやろな。
政府にやってほしいのは、もし民間企業がやったら、独占して他のみんなの富を価格つり上げて盗んでしまうからやで、一方政府がやったら、それを制限する政治的コントロールを持てるからやで。政府がアムトラック(全米鉄道旅客公社)を運営しとるんや、それはアメリカ中の物資運ぶために鉄道が必要な全員から搾り取ることもできるけど、そうしてへんのや、彼らは料率をあえて低く抑えとる、何が起こっとるか理解してへん保守派は、アムトラックがもっと利益出さへんことを嘆くんやけど、それが実はポイントやってこと理解してへんのや、それは資本主義システムの残りを助けるための方法として、不採算か最低限の採算しかとらんように意図されとるんやで。もしそれが理解できたら、二つのことが続くんや。
一つ目、マイケルが今言うた中国についての話全部:中国はそれを見抜いたんや。中国は公共部門を使って民間部門の問題と弱点を相殺しとる、逆もまた然りやで。彼らが管理するハイブリッドを持っとるんや、それは結局、他の誰かが思いついたもんより、西側の私企業システムやソ連の国家システムよりずっと優れた経済成長のレシピやったんやで。中国人はどっちもやらへんかったんや、ハイブリッドをやったんや。なんで米国では、政府に対する偏見があるんやろな?なんでわしらの資本家は、政府を使う代わりに政府の足を引っ張り続けとるんやろな?トランプ氏はそれを漠然と理解しとると思うで、彼は今、どっちの党の前任者よりも政府を経済に押し込んどるんや。わしはこれを封建制の復讐と呼ぶことにするわ。
問題は、資本主義がヨーロッパ封建制の歴史のあの時点、いわゆる絶対王政の時代、フランスでヴェルサイユを建てたルイ王とか、イギリス、あるいはドイツのプロイセン封建法とかがあった時代から出てきたことやねん。資本家は、封建制に対してだけやなくて、絶対王政の最後の数世紀に起こったこと、当時そう呼ばれとった高度に集中した国家支配的封建制、それに伴う大戦争に対しても革命せなあかんかったんや。資本家はそれ全部に反対しとったんや、彼らは封建制から出てきた由来ゆえの反国家メンタリティを持ち続けとって、自分らのシステム自体のニーズには全然合ってへんのや。
イデオロギーが現実からずれとるんや、それはマルクスの不均等発展の教訓と共存しとるんや。イデオロギーがおかしくなっとって、可哀想なアメリカ資本家たちは、植民地主義の遺産のおかげで世界経済を継承したのに、いまだに封建的名残のイデオロギーに囚われた経済を支配しとるんや。これは良い組み合わせやないってことが判明したわけや。中国人にはそれが無いんや、その結果、彼らは飛んでいって、その結果として他のみんなの昼飯を食っとるんやで。
マイケル・ハドソン
リチャードとわしが今政治的な言葉で説明してきたことは、19世紀の古典派政治経済学者たちが産業資本主義のための行動計画を発展させた際、もっと技術的な言葉で置かれとったんや。これ全部の焦点は価値理論やったんや。リカードが発展させ洗練させた労働価値説の目的は、価値でないものは何やろか、っちゅう問いやったんや。なんで財やサービスの価格が実際の価値、生産コストより高いんやろな?答えは経済レントやったんや。
リチャードが今説明した封建制の遺産が、今日また盛り返してきとるっちゅうことやな。それは経済レント、地主階級、地代、独占者たち、王様が戦争債務を返済する手助けをするために、その収益を債権者への返済に充てるっちゅう手段として国際銀行家によって作られた独占やったんや。それがイギリス銀行の誕生の仕方やで、イギリスの対外債務を返済するための独占として、彼らが何度も何度も戦争に行けるようにな。金融部門もレント追求として持っとったんや。
古典経済学の議論全体は、価値、価格、レントやったんや。問題は、どうやって経済の全体的な価格構造を実際の生産コストに合わせるんやろな、っちゅうことやったんや。わしらは封建制のこの生き残りと戦わなあかん、わしらが継承した地主階級と戦わなあかん、既に既得権益になってしもた独占と戦わなあかん、何よりも、その主な顧客が不動産、独占、この不労所得階級全体にあることが判明した金融部門と戦わなあかんかったんや。
わしが古典経済学を勉強し始めた時、渡された教科書は経済思想の最初の本当の歴史書で、『剰余価値学説史』っちゅう本やったんや、それはマルクスが人生の大半をかけて概説したもんやったで。彼はこれを『資本論』の第4巻にしたいと望んどったんや、こう言うためにな、古典派経済学者全員が価値と価格を何と説明したかをな。今日、アメリカにGDPがあると言えるやろけど、そのGDPのどれだけが実際に生産物なんやろな、銀行が利子取って、クレジットカード会社が延滞料取る時、それは経済サービスの提供って呼ばれとるけど、その利子とその延滞料はGDPの一部ではあるけど、それは生産物やなくて、オーバーヘッド(諸経費)なんやで。古典経済学にとっては、このオーバーヘッドは経済の実際の生産から支払われなあかんもんやったんや。
古典経済学の議論全体は、生産的労働と非生産的労働の対比についての長い議論やったんや。生産物とは何やろな?経済の支出、収入をどう使うかのうち、どれだけがわしら国民が必要とする実際の生産物で、どれだけがこの不労所得階級への単なる支払いなんやろな、彼らはジョン・スチュアート・ミルが言うたみたいに、地主が寝とる間にレントを集めるみたいに、あるいは延長すると、寝とる間に債券利子を集めるクーポン切り取り屋みたいに、あるいは寝とる間にただ価格を上げて経済レントを作る独占者みたいにな?それ全部は実際には生産物やないんや、全然生産的やないんやで。
多くの人がわしをマルクス主義者と呼ぶで、わしはマルクスが本当は古典経済学やった政治経済学のこの長い学説全体の集大成やったっちゅう意味では、マルクス主義者やで。古典経済学やと言えるんや、それがマルクスの正体やったからやで、トランプや共和党、民主党が社会主義に対してやっとる攻撃は、アダム・スミス、リカード、ジョン・スチュアート・ミルを非難しとることになるんや、マルクスに加えてな。彼らは、第一次世界大戦に至る年月の間、産業資本主義をあれほど成功させ、実際に歴史全体の方向性を変えて、世界経済を新しい方向、価値・価格・レント理論に据えた伝統全体を非難しとるんや。
それが古典派経済学者が経済を分析した方法やねん、マルクスが言うたこと、マルクスは資本主義にとっての大きな楽観主義者やったんや、彼は楽観主義者やったんや、資本主義が生産的やと思っとったからな、それがリチャードが言及した封建制を一掃して、社会主義への道、混合経済への道を準備した、それ全部がめっちゃ生産的やったってな。マルクスが言うたこと、特に『資本論』第3巻で概説したこと、今日それを読んどるマルクス主義者はそんなに多くないけど、剰余価値学説の巻でやな、彼はこう言うたんや、利益を上げること、地代や独占レントを作ること、金融的に金持ちになることが、どうして非生産的やと言えるんやろな、って。
マルクスは、資本家の利益は価値の一部やと書いとるんや。経済レントは価値に含めへんのや、なぜならそれは本当には価値を生み出さへんからで、寝とる間に作られとるもんやからで、それには生産コストが無いんや。せやけど資本家は、マルクスが書いた通り、生産的な役割を果たしとるんや:彼は生産を組織して、市場を開拓して、研究開発に長期投資して、労働と原材料の供給と市場を組織するんや。これ全部が経済が機能するために必要なんや。必要やないのは、産業経済が豊かになって都市化して、人々が住宅や土地の敷地により多く払えるようになるにつれて、地主階級がただ恩恵を受けることやねん、政府が公共交通機関、道路、高速道路、地下鉄システム、鉄道に投資すると、このインフラのコスト全部が、これらのルート沿いの不動産の地代上昇を生み出すんや。
ソースティン・ヴェブレンが米国で、ほとんどの不動産開発が、銀行家が不動産投機家やデベロッパーに借金させて不動産価格を押し上げさせることによって駆動されとることを示す偉大な分析者になったんや、投機家が資本利得、つまり土地価格の利得を得られるようにな、都市が望ましい地域に新しい公園、博物館、学校を建てることからな。これ全部で、産業経済が金融・不動産部門経済に変貌したんや、それが基本的に発展してきたもんなんやで。これは産業資本主義が発展すると予想されとったやり方やなかったんや、誰もマーガレット・サッチャーとロナルド・レーガンが産業資本主義計画の声になるなんて予想してへんかったんや、もちろん彼らはそうやなくて、彼らはその全盛期に産業資本主義をあれほど進歩的で革命的にしたもの全部への反革命の公的な声やったんや。
リチャード・D・ウルフ
もう一つ、これに到達する別の方法があってな、こういう重要なポイントに到達する複数の方法を作るのが役立つと思うんや、なぜならある方法がこの人には効くけど、別の人には別の方法が効くからやな。アダム・スミス、デヴィッド・リカード、カール・マルクス、彼らはみんな、生産的労働と非生産的労働と呼んだもんを区別するのに膨大な時間とエネルギーを費やしたんや。これをはっきり言わせてくれ、それはわしが訓練を受けたエリート機関での主流経済学の授業では絶対にやってへんかった、マイケルもそうやったって知っとるで。今日も教えられてへんのや。まるでわしらが、労働者、賃金労働者、あるいは労働者の、区別のつかへん、分化されてへん塊を持っとるかのようやねん。
それがあんたが始める概念やねん。それをその重要な座標軸の違いに分解していくんや。その違いを共有された運動の中で統一しようとすることはできる、それは理にかなっとるけど、これらの異なるカテゴリーを、それらが存在せえへんかのように装うことで統一しようとするんは、絶対に理にかなってへんのや。それはひどい間違いやで。マルクスがそれを教えるのが好きなやり方は、聴衆をじっと見つめて、こう言うことやったんや、もし地主を取り除いたら、あんたは何かに気づくやろ:土地はまだそこにあるんや。わしらが必要なんは土地なんや、作物育てるため、人を住まわせるため、工場を建てるためになんやで。わしらに地主は必要ないんや。もし彼を雇うのやめて、彼に払うのやめても、まだ土地はあるんやで。別の言い方をすると:地主はこの土地を作ったんか?彼の労働で、彼の額の汗で作ったんか?いや、いや、いや。
もしあんたが宗教的なら、神がそこに置いたんやろな。、どんな権利があって、神が置いたもんに対して彼に決まった支払いをしてやるんや?もっと大胆な一歩を踏み出すことができるんや、なぜならマルクスの時代には、地主についてこれを理解しとる人々がおったからで、そこにマルクスの決定打の議論が来るんや:資本家にも同じことが当てはまるっちゅうことやな。もしわしらが彼にわしらの産業の利益を渡すのをやめたら、その利益はまだそこにあるで、わしら自身で得られるんや、わしらが仕事するんや、わしらが商品を生産するんやからな。
わしらは支払いをする必要ないんや、銀行家にも、地主にも、資本家自身にもな。それは理解すべき一番重要なポイントやで、封建制から受け継いだ、必要ない階級間の関係と、必要な関係の違い、古典派政治経済学の生産的・非生産的装置、スミス、リカード、何よりマルクスが、それを理解する手立てを与えてくれるっちゅうことやな。それは抑圧されてこなあかんかったんや、それを言う気の利いた方法はあらへんけど、現代資本主義が自分自身の悪魔、封建制からの遺産、政府の役割を最小化されるべき邪悪なもんと勘違いすることを含む悪魔に対処するためにはな。もしトランプ氏のMAGA理論家たちの話を聞いたら、彼らはまだトーマス・ジェファーソンを引用するで、統治が最小の政府が最良の政府やって言うた人をな、それに対する唯一の合理的な答えは:いや、そうやない、っちゅうことやで。
マイケル・ハドソン
質問があるんや:なんでほとんどのマルクス主義者は、リチャードとわしが今話しとることを話さへんのやろな?なんでマルクスを非難する人らは、わしらが話してきたこと、生産的対非生産的労働、それが存在するかせえへんか、に焦点を当てへんのやろな?なんで彼らは価値とレントについて話さへんのやろな?これらのレント徴収者は価値を生産しとるんか?わしらのGDP統計は実際の生産物を反映しとるんか、それとも大部分は経済的オーバーヘッドを反映しとるんか?
彼らはそれについて話さへんのや、彼らはただマルクスを言葉として使うだけで、まるでそれがスターリン下のソ連ロシアを意味するかのようにな、けどそれは全然マルクス主義やないんや、それは何かどうも全然違うもんか、あるいは実際には経済的やない問題について話しとるんや、移民の権利支持を非難されたり、人種関係について話したり、反戦を語ったりするけど、マルクスが話しとったことは話さへんのや、なぜならそれはアダム・スミスやリカード、ミル、彼の時代の他のみんなも話しとったことやったからやで、マルクス以外にな。
リチャードが言うた通り、少なくともかつては教えられとったこと、経済思想史は、わしが大学院で受けなあかんかった授業では、もう教えられてへんのや、数学と数学的予測の授業に置き換えられてしもたんや。もし数学を使うんやったら、こう言うんや、既存の経済構造をそのまま前提としましょう、って。せやけど古典経済学は、最も効率的、最も生産的、最も競争的な方法で経済をどう構造化するかについて全部やねん、それは数学的経済学がやっとることとは全然ちゃうんや。、リチャードとわしが今話してきたことを経済カリキュラムのどこに収めるか、ほんまに無いんや。どこで見つけられるんやろな?たぶん経済学賞の代わりに、わしらが話しとることのための文学賞かなんか作るべきなんかもしれへんな。
わしらがやっとることを一体何と呼んだらええんや?マルクス主義っちゅう言葉全体が、キリスト教と同じくらいアモルファス(不定形)になってしもたんや、つまりそれは何を意味するんや?どうやってわしらが話しとることに議論を再焦点化させるんや?既に19世紀後半には、ビジネススクールで教えて政府に入っていったアメリカの経済学者たちが、この同じ問題を抱えとったんや。ハーバードやイェールみたいな一流大学で教えられとったほとんどの経済学は、基本的に聖職者を訓練するために宗教系カレッジとして設立されとったんや、これらのカレッジの最終コースは道徳哲学で、それは基本的に全部自由貿易理論やったんや、一種のトンネルビジョン(狭い視野)やったんやで。
アメリカ人はまず、南北戦争後、産業家たちが、わしらはこのトンネルビジョンを教えたないって言うて、州立大学を設立したんや、保護主義を支持する、植民地主義がどれだけ搾取的かを言う議題を持ってな、わしらはそこから逃れたいんや、ってな。19世紀後半までに、ほとんどの主要なアメリカ経済学者はドイツで訓練を受けとって、彼らは戻ってきてこう言うたんや、わしらは新しい学問分野が必要や、社会学と呼ぼう、社会の研究や、なぜなら経済学は本当は政治経済学やからな、社会学と呼ぼう、ってな。
せやけど経済学をトンネルビジョンにしてしもうた同じ利害関係が、シカゴ大学みたいなとこに行って、社会学もトンネルビジョンにしてしもたんや、ただステータスを見るだけで社会を見えへんようにな。人類学もや、それも社会学なんか、わしら何話しとるんやろな、リチャード?
リチャード・D・ウルフ
わしらは、あんたが言うトンネルビジョンなしで社会を理解することについて話しとるんや、あるいは、こういう問題に敏感になったアメリカ人が、わしらの大学の、いわゆる規律って呼ぶもん、この硬直した壁について話しとるんやな。マサチューセッツ大学の非正統派経済学プログラムの経済学教授として、わしはドックにおったから加わっとったんやけど、わしは試みたんや、わし一人やなくて数人で、経済学の学位持ってへんけど、社会学の学位持っとる非常に良い候補者を雇おうとしたんやけど、わしの同僚たちが許さへんかったんや。わしの同僚たちは、経済学部にいる誰もが、然るべき名門大学の経済学博士号の承認印を押されとらんとあかんって要求したんや。それは、学生が手を挙げて質問して、答えを知らへん困惑した教授が「それは適切な質問やないで、それはあんたの歴史の教授か心理学の教授に聞いたほうがええで」って言うような状況になってしもうとったんや。
これが経済学っちゅう学問なんやけど、知らへん人のために言うと、ほとんどの場合、少なくともわしが取ったどの授業でも、心理学的な命題から始まるんや、人々は商品の宇宙に直面して、アイスクリームとシャツの間で選ばなあかんっちゅう、彼らは効用を評価する、これは作り話やないで、アイスクリームコーンから得る快楽と効用を、シャツと比較して評価して、それに基づいて購入決定をするんや。あんたがそれについてどう思おうと、わしの判断ではこれはナンセンスやけど、わしがこの経済学の心理学的基盤の要約を心理療法士の妻に説明した時、彼女は椅子から転げ落ちるくらい笑ろうたで、大人がこんな単純に考えるやなんて思ってな。せやのに同時に、この学問の基盤が欲望、快楽、効用、これ全部心理学の主題に関わっとるのに、経済学教授はそれらの最も狭い理解を使いながら、これは別の主題や、経済学やないって主張するんや。この矛盾はあまりにも驚異的で、それがなんでこの学問がこんな特徴を持っとるんか、経済学者を3人集めたら、ほとんど何にも同意でけへんっちゅうことを、大きく説明しとるんやで。
マイケル・ハドソン
リチャードとわしが話しとるんは経済史やねん。基本的に、この議論全体がそうやったんや。せやけど歴史家は経済学を勉強せえへんから、彼らは経済史を議論することにはならへんのや、彼らは誰が何を、どんな戦争で、どんな党派がって議論しとる、それは個人の研究やねん。わしは貨幣と借金の歴史を勉強したかったんや、それが文明の中でどう始まったか見たかったんや、わしは25年間ハーバードで、アッシリア学者、考古学者、エジプト学者、ヘブライ学者の考古学グループを組織して、貨幣と利子がどう始まったかを見たんや。
これらのグループ全部に不信感があったんや、まあみんな、あんたらにはこれ全部の経済イデオロギーがあるで、社会主義者もおるし、サッチャー的な自由貿易主義者もおる、みんな貨幣と信用がどう発展したかについて神話持っとるんや、ってな。経済学の授業で教えられとることは、もしミルトン・フリードマンとマーガレット・サッチャーがタイムマシンに乗って古代バビロニアに戻ったら、社会をどう組織するようアドバイスしたやろか、っちゅうもんやったんや。彼らはこう言うたやろな、借金を帳消しにするな、金融寡頭制が発展して土地を独占するのを妨げるな、市場の力に働かせろ、ってな。
もし経済学者が最初に戻って、みんなにそのやり方をアドバイスしとったら、文明なんか存在せんかったやろな。わしはこのグループにどんな見解も押し付けようとせえへんかった、なぜならシュメール、バビロニア、イスラエル、古代中東について何も知らへんかったからやで。わしがやったんは、質問すること全部やったんや:貨幣がどう発展したか知っとることを全部教えてくれ、利子率はどう発展したんや、誰がそれを得たんや、誰が貨幣を作ったんや、それは何やったんや、って。ただ質問しただけやったんや、わしらは古代中東、今は西アジアと呼ばれとるとこの経済史を書き直す、あるいは初めて書くって言うべきかもしれへんけど、5巻を出版したんや。
わしはそれ以来、同じ問題を抱えてきたんや。十字軍から第一次世界大戦までの国際銀行業の発展についての本を、ちょうど書き終えたとこなんやけど、経済史家たちは基本的に、ローマ教会が国際銀行業を後援したこと全部を省いてしもとるんや、支配者たちへの融資、ノルマン軍閥たちへの融資、彼らは教会のために働いて、ローマにコントロールされてへんキリスト教会全部と戦って、国際銀行家にローマの、ローマカトリックやなかったドイツのキリスト教への戦いを補助金出させて、ドイツ人は教皇に従いたなかったんや、フランスのカトリックとの戦い、特に、コンスタンティノープルに支配された4つの主要総主教区が支配する正教会との戦いを補助金出させたんや。十字軍は本質的に、征服と略奪、ローマ教皇の支配を押し付けようとすることを目的としとったんや、それが銀行業に繋がったんやで。
教皇庁は、借金を許すっちゅうキリスト教の教義を逆転させただけやなくて、教皇は王様たちを破門したんや、特に外国の債権者に税金を払うためのジョン王やヘンリー3世の課税に反対したイングランドの貴族たちを破門したんや、彼らは1215年のマグナ・カルタとそれに続く内戦を支持した全員に反対したんや。完全なキリスト教の逆転があったんや、本質的にこう言うとる、教皇権力を得るために、わしらは自分らがやっとることと違う他の全部のキリスト教のルールを破壊せなあかん、ってな。これは中世学者が話すことやないんや、彼らは、封建制って何やろかって話すんや、それは王様と騎士と、彼らに戦争へついていった農奴についてのことで、教会はこの経済史全体から除外されとるんや。
まるで彼らは、教会自体がこれ全部で果たした役割を言うのが恥ずかしいみたいやねん。もしローマが国際銀行業を創ったっちゅう事実を除外したら、銀行業がどう発展したかの神話全体が崩れてしまうで、貨幣が物々交換から発展したっちゅう神話があったのと同じようにな、それは実際にはそうやなくて、青銅器時代のシュメール、バビロニア、他の西アジア経済の宮殿と神殿によって公共財として組織されとったんやで。、リチャードとわしが話し合ってきた古典経済学の議論が無いだけやなくて、世界全体の経済史の議論も無いんや。それはまるで全部がオーストリア学派経済学とシカゴ学派の自由企業経済学であるかのようで、政府の役割は無い、宮殿の役割は無い、神殿の役割は無い、宗教の役割は無い、それ全部が計算に入れられてへんのや、経済交換と富が埋め込まれとる周囲の環境が何なのかっちゅう文脈が無いんや。カール・ポランニーがほぼ1世紀前にそれをやろうとしたんや、わしらがハーバードから出したグループは、まさにそのグループの後継やったんやで。
せやのに、わしらは周縁におるんや、実質的にアカデミックな存在感が全く無いんや。リチャードが教えとったマサチューセッツ大学、あの少し代替的な学術機関の一つやけど、わしが教えとったのはニューヨークのニュースクールで、わしは国民所得理論を教えとったんや、わしの教科書はまた経済思想の最初の歴史書やったんや、マルクスの『剰余価値学説史』使うたんや、その最初の翻訳は『経済学説史』って呼ばれとったんや。わしはそれを使うたんや。
せやけどロバート・ハイルブローナーは、ニュースクールをマルクス主義学部にしたかったんやけど、こう言うたんや、なんで生産的対非生産的労働について話しとるんや、それはわしらが持ちうる中で一番役に立たへん議論やで、そんなもん存在せえへんって。ブルナーのマルクス主義の考えは、新古典派か新古典派後の経済学使うけど、社会問題、人種問題、戦争、独占、こういうこと全部について話すっちゅうことやったんや。わしはそれで学界を去ったんや、なぜならリチャードとわしが話し合ってきたことを、ニュースクールでさえカリキュラムに収められへんかったからやで。リチャードはマサチューセッツでこれをやれてラッキーやったんやけど、今はほんまにどこにも無いんや。わしらは、ロビンソン、あんたの番組でこの議論をしとるんやで。
リチャード・D・ウルフ
もう一つだけ、手短にな、マイケルが正しく説明してくれた状況を、わしらがなんで抱えとるんか説明する方法があるんや。他の人間たちが余剰の生産と分配、あるいは財とサービスの生産と分配をどれだけ違う風に組織してきたかを人々に説明するんは、めっちゃ危険なことなんや、なぜなら過去がどれだけ違うふうに理解できたかを説明したら、意図しとろうがしてなかろうが、今もそれが違うふうになりうる、世界は開かれとる、あんたは銀行を持つ必要ないし、地主を持つ必要ないし、レントのカテゴリーを持つ必要ないっちゅう現実を浮かび上がらせてしまうからやで。それらは存在するようになったんや、存在せんようになることもできるんやで。これは良くないことやねん、あんたはそれをほんまにやりたないんや。
あんたは人々に、今のやり方が常にそうやったやり方やって信じさせたいか、あるいは今のやり方が、まともな人間なら誰も疑問視したり、より良い未来に関連するかもしれへん過去の代替案を探したりせえへんような、素晴らしい達成の高みやって信じさせたいんや。マルクス主義者がやることには何か深く楽観的なものがあってな、それをやらへん非マルクス主義者には何か深く悲観的なものがあるんや。マイケルがやったんは、当然のことながら適切な質問をすることやった:もし現在の資本主義の制度、それが何であれ、について創造的に考えたいんやったら、もちろんその起源、どうやってそうなったか、どんな条件を解決するために意図されとったかを問わなあかんのや。論理的な質問をするんや:それらの条件はまだ当てはまるんか、って。
わしらがまだ見たいと思っとる反応なんか、それとももっと良くできるんやろか?奴隷制と共に生きた人々は、もっと良くできることに気づいたんや、今それはあらへんのや。封建制と共に生きた人々は反乱したんや、今それはあらへんのや。、わしらが従業員と呼ぶ階級の人々が、資本主義について、労働者階級が封建制と奴隷制について達したのと同じ結論に達せえへんって信じる理由は無いんや。それは変化と進化の可能性への扉やねん。マイケルが、わしらは経済史家やって言う時、それが何であれ、イデオロギー的コミットメントなんやで。
マイケル・ハドソン
、リチャード、わしらが直面しとるんは、マーガレット・サッチャーのTINA(There Is No Alternative、代替案は無い)やな。あんたが説明したんは、今日教えられとることが、なんか生存のための闘争で、わしらは歴史の頂点で前進しとるっちゅう信念なんや。そういう言葉がまさに、わしがニューヨーク大学で生産性についての博士論文を書きたかった時に、わしに教えられた言葉なんやで。わしはソロモン・ファブリカントのとこに行ったんや、彼は生産性についての授業を教えとって、全米経済研究所の研究部長やったんやけど、彼はなんでわしが過去の生産性と生産的労働の概念について議論したいんかって聞いてきたんや。彼は言うたんや、まさにあんたが今言葉にしたことをな、彼は言うたんや、これらのアイデア全部は、思想の市場で戦い抜かれてきて、全部却下されたんや、今わしらが持っとるのは経済理論の頂点で、これが他の全部を打ち負かしたんや、なぜならそれが生存のための闘争、知的市場で勝ったからやって。
市場とは何やろな、市場とは何かって、政治的市場とは何かって聞けるのと同じようにな?それはめっちゃ重い補助金を受けとる市場やねん、主要なビジネススクール、例えばウォートン・スクールを設立するための資金を提供した既得権益によってコントロールされとるんや。これらの学校全部は裕福なアメリカ人、あるいは海外のそれに相当する人々によって設立されたんやで。、事実は、もしあんたが本当に歴史が前進してきたって信じとるんやったら、米国の脱工業化政策が、1945年には債権国で工業大国やったアメリカを、今日のような経済にしてしもたのは何やねんっちゅう話やで、国家安全保障戦略が、わしらはこれ全部の以前のアメリカ政策を改革し、抵抗し、置き換えなあかんって言うとるような経済になってしもたんはな、わしらは保護主義的にならなあかん、わしらは世界中に混沌を作り出して米国への補助金を強制せなあかんって言うとるんやで。それがその理論なんや。
これはほんまに文明の生存闘争の終わりなんか、それとも世界にはアメリカのネオリベラリズム、金融化、民営化、サッチャリズム、レーガノミクスへの代替案があるんやろか?それ全部が、世界の残りが前進していく中で歴史のゴミ箱に置き去りにされる袋小路なんやろか?それがドナルド・トランプのイランとロシアへの戦争、石油戦争が全て意味するもんなんやで。未来はどうなるんやろな、世界貿易が中断されたこと、経済がシャットダウンされていくことの結果として世界恐慌に直面しとる今、他の国々は何をするんやろな、ペルシャ湾から来とったエネルギー、肥料、化学物質を持ってへんからやで、それ全部止まったんやからな。それが世界恐慌に繋がるんやで。
他の国々は、このアメリカのアグレッシブな自分の帝国主義の形を達成しようとする試みからどうやって自分を守れるんやろな、トランプが外国から補助金を要求して、アメリカ市場へのアクセスを許す代償として危機を作り出し、彼らがロシアやイラン、中国に対するアメリカの制裁を採用して彼らを孤立させることに同意せえへんかったら禁止的な関税を課すことでやろうとしとる帝国主義の形からな?それとも米国は、前進していく世界文明全体から自らを孤立させることになって、今文明の経済理論の頂点と考えられとるものを全部塵の中に置き去りにして、19世紀の産業資本主義の離陸で経済思想が進化しとった方向性を、拾い上げることになるんやろか?それがわしらが提起しとる問いやと思うで。
リチャード・D・ウルフ
わしも自分の博士号取った時の小さな話を付け加えたいわ、話を締めくくるためにな、なぜならそれは50年前くらいのことやけど、同じことを表しとるからや。わしは博士号を終えようとしとって、教授委員会と座っとったんや、これはイェール大学でのことやったんや、わしはそこで博士号取ったんやけど、3人の著名な教授がおって、名前は言わへんで、あんたら彼らのこと知っとるやろから。わしは、わしの論文は東アフリカでの調査に基づいとるって発表したんや、そこに行って調査したんやけど、わしは「ケニアにおける英国植民地主義の経済学」っちゅうタイトルを提案したんや、それはあの地域の大きな国やねん。わしの教授たち、わしの論文を気に入ってくれてて、実際1年後にイェール大学出版局で出版する手助けもしてくれたんやけど、そのタイトルは受け入れてくれへんかったんや。
彼らはわしに、それは価値中立やない、それが彼らの言葉、彼らのフレーズやったんや、と言うたんや。、もしあんたがイェールから図書館間貸借でわしの論文を調べたら、わしの名前が見えるやろ、見てみいな、こうなっとるんや、「ケニアにおける英国外交政策の経済的側面」ってな。わしは「植民地主義」っちゅう言葉を使えへんかったんや、たとえわしの調査の半分がロンドン、植民地省っちゅう場所でやったにもかかわらずやで、そこはイギリスが何世紀もかけて維持してきた紳士たちがおって、わしが彼らの植民地の経済を理解するために調べなあかんかった文書を蓄積しとったんや。せやけどイデオロギーが歴史より強力やったんや、わしらはその言葉を使えへんかったんや。それが、マイケルとわしが話し合ってきたこと全部を物語る、精神の狭さを教えてくれるんやで。
ロビンソン・エアハート
わしは、あんたが前にほのめかしとった、後ろの席で困惑しとった学生みたいな気分やわ、リック、まあわしの心の支えの動物と一緒にやけどな。でも、あんたら二人が提起したことについて何か質問してもええかな、それともここからどっちに行きたいか、特定の方向あるかな?
リチャード・D・ウルフ
いや、いや、聞いてくれや、わしがあんたに聞いてほしかったんや。
ロビンソン・エアハート
分かった、あんたが前に言うたことなんやけど、リック、ロシアが戦争に負けて小さい国々に分裂させられる可能性、それがわしがティモシー・スナイダーと最近した会話を思い出させるんや。わしは、米国がこの一つの連邦政府を持たへん小さい国々に分裂するのを想像するんは難しいと思うって言うたんやけど、彼はこう言うたんや、かつてソビエト連邦が小さい国々に分裂するなんて想像でけへんかった時代があった、これはわしが生まれる前の時代の話やけどな、ってな。せやけど、あんたら二人に聞きたかったんは、一つには、ロシアが分裂させられるっちゅうのはほんまに現実的な可能性に見えるんかっちゅうことと、わしらがこの会話始めたとこ、ミシガンでの社会主義の勝利について話しとったとこに戻るけど、マムダニの勝利と共に米国での社会主義と、トランプみたいな他の勢力、あるいは社会主義とは程遠いフロリダみたいな州との間の闘争が、米国の分裂に繋がる可能性を見とるかどうかっちゅうことやな。
リチャード・D・ウルフ
わしの最初の答えは、わしは米国とロシアが両方とも別々の単位に分裂するのを想像できるっちゅうことやで、なぜなら彼らは常に一つの単位やったわけやないからやで、どっちもな。彼らは実際、色んな形で形成されたんや。この地の先住民は、米国になったものを、あんたが望むなら部族集団で分割できるようなやり方で、決して分割せえへんかったんや。わしはこれが適切やって言うとるわけやないけど、そうできたはずやで、なぜならナヴァホの人々には、カイオワの人々とは違う、イロコイのコミュニティとは違う、ある種の意味があったからやで、云々な。
同様に、ロシアも、封建制の背景の一部として、違う境界線を持っとったんや。それが今ウクライナで起こっとる闘争の一部でもあるんや、少なくとも、ロシアには、ウクライナ東端の4州はウクライナ人よりロシア人的やっちゅう強い感情があるんや、一部のロシア人は、ウクライナに正当性なんか無い、それはそう遠くない昔にそうやったように、もう一度何かより大きな存在の一部になるべきやって信じとるんや。こういうことは、わしは常に流動的やと思うで。わしは人々に思い出してほしいんやけど、今ロシアと中国の同盟はめっちゃ強いけど、それより前の時点、1960年代の話やから、これは大昔の話やないんやけど、当時ロシアと中国は両方とも、両方の国を支配しとった共産党を通じて同盟しとったにもかかわらず、彼らは実際にお互いに戦争したんや、神のみぞ知る形で自分らの地理を再設計してもおかしくなかったんやで。
わしらの周りには分離独立運動があちこちにあるんや、歴史的に見て、それらが絶対にうまくいかへんふりをするのは、めっちゃ愚かなアドバイスになるやろな。カナダのアルバータ州は今、カナダから分離する過程がかなり進んどるんやで。テキサスにも、米国の他の地域と同様に、分離独立したいっちゅう歴史があるんや。トランプを支持するいわゆるMAGAコミュニティのかなりの部分が、彼らが「内戦」と呼ぶもんを推し進めとって、それはもしそれが起こったら、あるいはそれを避けるとしたら、この国の地理を、わしらが今考えたくないやり方で再構成することを必要とするかもしれへんのや。
資本家は統一された市場を持ちたいんや、彼らはしばしば大きな国が小さい国に分裂するのを望まへんのやけど、その一方で、時々そうなんや。西ヨーロッパの資本家たちは、ロシアを分裂させることに興奮しとるんや、なぜなら彼らは、かつてロシアやったものの中に準植民地的な後付けを持つことで、少なくともヨーロッパの死を先延ばしにする可能性を見とるからやで。カヤ・カラス、EUの外相、あるいはそれに一番近い立場やけど、それをやることについて話せて、ヨーロッパの指導者たちに狂人扱いされへんのは、彼女が彼らを鼓舞する幻想、ユートピア的なイメージを言葉にしとったからやで、マクロンから聞く時、あるいはかつてスターマーから聞いたみたいに、ロシアが勝つのを許すことは可能やないっちゅうな。なんでやねん?何がそんな極端な発言をさせるんやろな?、わしらは既に、国家構成へのあらゆる種類の初期的な挑戦を見ることができると主張するで、米国とロシアがこの種の運動や亀裂、変化の機会から除外される理由なんか、わしには全然無いと思うんや。
あんたが引用したミシガンの選挙、その結果が今世界中に知られつつあるんやけど、これはめっちゃめっちゃ重要やで、なぜならって言うと:これが起こっとるのを防ぐために、莫大な金が注ぎ込まれたんや、つまりイスラエル、アラブ、その他の問題について立場を取る勇気を持った候補者を打ち負かすためにな。これはめっちゃ重要やで、資本家階級が、階級として機能する限りにおいて、反対しとった結果があったってことがな。彼らが気に入っとる他のことで、起こってへんこと、彼らが反対しとることは何やろな?
一つ例を挙げたるわ。もしマイケルの言う通り、資本家の目標が労働コストを節約することやったら、それはどの資本家も言うか、実際に彼らの目標やったりするけど、そしたら彼らは移民をスケープゴートにすることには興味ないんや、それは彼らの利益にならへんからやで。彼らはここにたくさんの移民がいてほしいんや、たくさんの不法移民がいてほしいんや、なんでやろな?なぜなら彼らにずっと安く払えるからやで、彼らは書類持ってへんから当局に行けへんからやで。
彼らはビジネスにめっちゃ都合ええんや、それがなんで150年間、アメリカ資本主義が移民を歓迎してきたか、彼らを何年もの利益の源泉と見なしてきたかの理由やで、実際そうやったんや。アメリカ資本主義が今、移民を生産的なやり方で歓迎して吸収でけへんくなっとるっちゅうのは、弱さのサインなんやで。せやけどそれは、資本家階級が望むことと、資本家階級が適応せなあかんこととが、同じやないっちゅうサインでもあるんや。米国の大きさ、大きな統一市場は、確かに彼らが望むもんやけど、条件が彼らに望むもんを持たせるのを可能にするか、それとも彼らがコントロールでけへん運動に適応せなあかんくなるかは、はっきりせえへんのやで。
マイケル・ハドソン
あんたの質問に戻るけど、ロビンソン、分裂させられるんはロシアやないで、それはEUとNATOやで、彼らは既に内部の緊張を通じて分裂し始めとるんや。わしは、EUが今の形、アメリカの衛星国でありクライアント寡頭制として残るとは思わへんのや、なぜなら米帝国全体が分裂しとるからやで、この分裂は、戦争によって引き起こされた世界恐慌と、全価格の急騰するインフレによって触媒されとるんや。ロシアは今、ヨーロッパに対してめっちゃ強い軍事的優位を持っとるから、エリツィン下でネオリベラルな乗っ取りがやろうとしたことを、ヨーロッパがやれる方法なんかあらへんのや、ロシアがスターリニズムと、泥棒政治を支配下に置き続けとった国家計画のような統治にすっかり幻滅した時にな。
ロシアは今、中国がどうやって自分が取っとるモデルを提供してきたか見とるんや、今、世界経済全体、生産、生産性、産業支配、研究開発、技術の中心が全部中国とそのアジアの隣国に移っとるから、わしらは中国、ロシア、イランが率いる新しい世界ブロックを持つことになって、ますます多くのBRICS国とグローバルサウス国を代替案に吸収していくことになるんや。、ロシアやイランで分裂が起こる代わりに、それらの分裂計画もあったんやで、中国についても同様やったけどな、その代わりに、あんたは新しい統合を見つけることになるやろ、ヨーロッパと米国が孤立させられて、ヨーロッパの経済、それゆえに彼らの政治社会が、米国がロシア、中国、イランを分裂させようとする米国の執着の周りに彼らを動員しようとする試みによって、引き裂かれていくんや。
わしは、米国のこの分裂への衝動は、最終的に米国と世界中のクライアント寡頭制を孤立させることになると思うで、世界は再統合を見ることになると思うで、願わくば、それが19世紀の産業資本主義の離陸で動いとったように見えた歴史と文明の全体的な勢いを再び拾い上げる方向になってくれたらええんやけどな、産業、経済組織の花開き、古典派政治経済学全体がこれ全部のモデルを提供したあの時代のようにな。わしはこれが起こることやと思うで:海外での統合、ヨーロッパの分裂、米国からの離脱、それがアメリカを経済的に二極化させて経済的に分裂させることに繋がるんや、必ずしも政治的に分裂するわけやないかもしれへんけど、でも誰が知っとるんや。わしはアルヴィン・トフラーと一緒に、1960年代にニューヨーク市でノーマン・メイラーの選挙運動に取り組んだんや、ニューヨーク市がニューヨーク州から離脱すべきかどうかについてな、ニューヨーク市を窒息させとった共和党アップステート支配から自由になるためにな。マムダニ市長が、今後何年かでその力学について何と言うか見てみようやないか。
リチャード・D・ウルフ
せやな、わしらは米国大統領がカナダを51番目の州に変えることについて話す時代を生きとるんやで。それが、こういう類の変化が、たとえ話題にされてへんくても、決して表面のすぐ下から遠くないってことを示しとるんや。マイケルが言うとったことを見る別の方法があるで:もしドイツのメルツ氏、あるいはフランスのマクロン氏の世論調査を見たら、この人たちは10?15%くらいの支持率しか得てへんのや、彼らは歴史のゴミ箱に向かっとるんやで。すぐに、メルツ氏の政権は、彼のアドバイザーたちのせいで、文字通り今日ぐらついとるんや。もし聞いてへんかったら言うとくけど、ドイツでは代理出産が法律で違法になっとって、自分の配偶者以外の誰かに胎児を出産まで運んでもらう手配をすることはでけへんのや、それがドイツの法律やで。メルツ氏の非常に高位のアドバイザーにゲイのカップルがおって、そのうちの一人はドイツでの代理出産禁止の重要性を政治的キャリアの主軸にしとった、米国の一部での中絶反対に似たようなもんやけど、彼は自分のパートナーと一緒に米国で代理母を手配するっちゅう悪趣味なことをしとって、それが先週公になって、既に不人気な政権を崖っぷちに追いやっとるんや。
ドイツでは今、メルツ氏に辞任を求める公の声が上がっとるんや。もし知らへんかったら言うとくけど、メルツ氏の首相になる前の仕事は、ドイツでのブラックロックのトップやったんや、アメリカのベンチャーキャピタルとヘッジファンドの会社やな、彼は米国のエージェントと見なされとるんや、彼はおそらく、選挙があれば、AfDに取って代わられるやろな、ヨーロッパでそういう右翼大衆政党の中で一番強いやつやで、まあ2番目に強いのはフランスやけどな。ドイツのAfDは、まず第一に、ウクライナ戦争への支援を終わらせることにコミットしとって、ロシアとの貿易再開にもコミットしとるんや、ドイツがまたロシアから安いガスを得られるようにな。それだけで、マイケルが前に言うたことをやってしまうんや、NATO・ヨーロッパの全体性を根本的な形で分裂させてしまう、そこから彼らが立ち直るのは想像しがたいくらいにな。皮肉なんは、彼らはそれをロシアで見ることができるのに、実際にはヨーロッパの内側でそれにもっと近いっちゅうことなんやで。
ロビンソン・エアハート
あんたら二人は、ヨーロッパが劣化していってるっちゅうことでは意見一致しとるみたいやな。ロシアが分裂する可能性については、ちょっと意見の相違があるみたいやけど。でもマイケル、米国が分裂することについてはどう思う?
マイケル・ハドソン
米国が、何やって?
ロビンソン・エアハート
米国が分裂すること。
マイケル・ハドソン
わしはそうは見てへんな。二極化していくと思うで。わしらは長い危機に向かっとると思うんや、なぜならここでのネオリベラル政策の結果として、人口の大部分が債務危機に直面しとって、経済システムが今のやり方で機能できるっちゅう信念の崩壊に直面しとるからやで。わしはここで政治的・経済的革命が起こるか、あるいは深まる恐慌へのただのゆっくりとした崩壊のどちらかを見とるで。反応の一つは実際に、特定の州が団結して、わしらは違うシステムが必要やって言うことかもしれへんけど、米国は失敗した経済であるだけやなくて失敗した国家でもあるんや、憲法が作られた全体のやり方のせいでな、現在の右派が最高裁を乗っ取ることを可能にしてしもて、本質的に最高裁に、リチャードが今説明したドイツで起こっとることを、ここでやらせとるんやで。
わしはここでの問題を解決する方法が全然見えへんのや。民主党全国委員会に反対しとる民主社会主義候補でさえ、あらゆる汚い手を使って議会内で孤立させられとるんや、ヒラリー・クリントンが2016年にバーニー・サンダースに対して彼らを使ったのと同じようにな、あの時民主党は、バーニーで勝つよりヒラリーで負ける方がええって言うたんや、なぜなら民主党は金融政策の党になったからやで、オバマ、ロバート・ルービン、ウォール街、シティバンクの党、金融資本主義全体の党になったからやで。民主党と共和党、両方の政策が二極化、貧困化、デフォルト、1%の手への富の集中を提唱しとるんや。こんな経済、こんな二極化する国や州が、18世紀のフランス革命に相当するもんなしに、どれだけ生き残れるんやろな?
明らかに起こることになるやろ、わしらが本当に話しとるのは、米国の外交政策が現状のまま持つ、本質的な不安定性と存続不可能性やで、なぜなら、リチャードとわしがここだけやなく、様々なインタビューでほぼ毎週説明してきたように、米国は今日、19世紀のヨーロッパ植民地主義がやろうとしとったこと、他国を搾取することで自国の繁栄を達成しようとしとることをやっとるからで、それがもう限界に達したんや。ちょうど他の国々で金融植民地主義と軍事支配に対する反植民地主義的反応があるように、今米国に対する同じ感情が起こっとるんや。トランプはアメリカ帝国を破壊したんや、まるでトランプがアメリカ帝国を破壊しようと決意したかのようにな、彼はリチャードとわし、わしらの支持者たちが絶対でけへんかったことをやってしもたんや、彼は他の国々に、生き残るためだけに違う道を選ばせるように仕向けたんやで。
リチャード・D・ウルフ
ロビンソン、もし米国が世界の覇権国やったんやったら、わしはそうやったと思うんやけど、それが第一次・第二次世界大戦の結果としてその地位に成長したんやったら、わしはそうやったと思うんやけど、選択肢が無かったから世界に受け入れられたんやったら、多くの植民地主義が一つになっていったように、多神教が一神教になっていったように、たくさんの神々を持つ代わりに一つの神を持つように昇格していったのと同じようにな、ホルムズ海峡で起こっとることを、それが何であるかとして見なあかんと思うで。それはアメリカが支配しとった通路やったんや。もしトランプ氏の話を聞いたら、誰も料金を取らへん、誰もコントロールせえへん、わしらがコントロールする、わしらは自由な通行を確実にする、ってな。それはアメリカがそこでの地位を失っとるっちゅうことなんや、それがすべてやで。
イラン人は、自分らのミサイルとドローンを端っこに置くことで、通路をコントロールできるって気づいたんや、彼らはこの小さな水の一部を取って、ある程度、それをアメリカ帝国から引き揚げることができるんや、それまではそのアメリカ帝国が事実上そこを支配しとったんやからな。アメリカ人は激怒しとるんやけど、ここでオチがあるんや、彼らの力はそれを止めるのに無力なんや、止められへんのや。わしらが話しとる今この瞬間も、トランプ氏は交渉について繰り返し話さなあかんのやけど、一方相手側は、交渉なんか全然行われてへんってプレスに繰り返し説明しとるんや、それは彼らがあんまりうまくコミュニケーション取れてへんっちゅうサインやで。
その理由は、米国はイラン人が要求しとることに応じられへんし、イラン人はアメリカ帝国の継続に応じられへんからやで。彼らはそれをそんな言葉ではっきり言うてへんけど、一部の人はかなり近いことを言うとるで。要求の一つは、米国があの地域から撤退すること、湾岸諸国に、イラン人が爆撃してきたアメリカ基地を再建せんこと、ただ手放すことやったんや。湾岸諸国のいくつかはその立場を支持しとって、既にそれを明確にしとるんや、なぜなら米国はそれらの基地が想定されとったような安全網として機能してへんかったからやで、その代わりにそれらの基地はイラン人にとっての標的になってしもとるんや、文字通り安全の反対や、彼らの不安の象徴やねん、今何が起ころうと、これからもそうであり続けるんやで。
わしらは、アメリカ帝国の様々な下部組織が離脱していく様子を、リアルタイムで見とるんや。イランがそれをできる理由が、ロシアと中国との同盟に大きく依存しとることも見逃したらあかんで、けど問題は、文字通り何十もの他の国々がその同盟の一部でもあって、その支援を引き出せるようになるっちゅうことなんや。変化の方向性は間違いないんやで。トランプについて一言:アメリカ政治における社会主義の台頭が、トランプ氏の台頭とほぼ文字通り同時期やっちゅうのは偶然やないんや。わしは正直な社会主義者なら、彼が彼らが望める最高のオルガナイザーやって言うと思うで。
ロビンソン・エアハート
わしはPETAが言うように、既に満腹の馬に餌をやろうとしてへんとええんやけど。でもマイケル、あんたはフランス革命の可能性について言及して、二極化について話しとったし、リック、あんたは右派の一部が内戦を望んどることについて話しとった。わしが疑問に思っとるのは、たとえ米国が分裂せえへんとしても、そう仮定しよか、この国には確かにたくさんの不穏な動きと高まる不満があって、それが暴力に転じる可能性があると思うんやけど、あんたら二人は、これが深刻で長引く暴力的な紛争に発展するのを何が防ぐと思うんや、それは、わしらが国中で見とるような軍事化された警察力の継続的な正常化、監視、AI、ロボット工学への投資なんか、それともなんかもっと自然な政治的緩和なんかな?
リチャード・D・ウルフ
わしはあんたにすぐ答えるで、あんたに反論することでな、わしはそれが初期的やとか、来つつあるとか、可能性があるとか、ありそうやとは思わへんのや、わしはそれは既にここにあると思うで、これはめっちゃめっちゃ具体的に言うとるんやで。わしの判断では、新しい専門軍、ICEを創設したこと、表向きは犯罪を犯した不法移民をターゲットにしとる、それが元々の指定と設立目的やったんやけど、今わしらは、それがあらゆる種類の移民グループを追いかけとることを知っとるで、不法な者もおれば、書類持ってる合法な者もぎょうさんおる、それは移民やない一般の人々、市民を移民と間違えとって、それを是正する努力をほとんどしてへんのや。せやけどわしにとってもっと重要なんは、公式のスケープゴートに指定された人々に課されとる恐ろしい状況やで、拘留施設で死んでいく人々、家族から引き離される子供たち、いくつかの州でハイチ人が足首バンドをつけさせられとること、どの州か忘れたけど、それは今週始まったみたいやで。
これ全部が必要ないんや、これまでのアメリカ史でも必要やなかったんや。わしらは第二次世界大戦中に日系人にひどい仕打ちをしたけど、カリフォルニアで彼らにやったことがどんだけ行き過ぎたか謝罪してきたにもかかわらず、まるで歴史は関係ないみたいなんや。今、わしにとって何よりも重要な例は、過去半年間、ヘグセス氏、わしらの戦争長官によれば、トランプ大統領によれば、わしらは200人以上の人々を、カリブ海とラテンアメリカの太平洋岸の小さな漁船みたいなボートで処刑した、殺したんやで。ヘグセスとトランプが与えた説明は、これらの人々は、引用符付きで「麻薬テロリスト」やった、つまり麻薬密輸者か麻薬ディーラーかそんなもんやって。
みんなに思い出してほしいんやけど、アメリカ軍はロケットかドローン、あるいは両方でこれらのボートの人々を殺しとるんや。これらは何の罪にも問われてへん人々やで、弁護士も与えられてへん、告発者と対峙もでけへん、裁判官の前にも出られへん、陪審員に判断されることもでけへん、それ全部が拒否されとって、彼らはただ殺されとるんや。これをやる決定がされる前は、これらの人々を扱う手順は、米国海軍か沿岸警備隊が、何か違法なことをしとると疑わしい船を止めて乗り込んで確認して、もしそうやったら、彼らを裁判にかけられる場所に連れて行って、もし麻薬密輸で有罪になったら、懲役刑を与えられる、なぜなら米国では麻薬密輸は死刑に値する犯罪やないからやで、わしらはそのために人を殺さへんのや。一体どんな正当化があり得るんやろな?
ちなみに、先週、わしが今から言うことに関係あらへんかもしれへんけど、トランプ氏の下の麻薬取締局は、この人々を殺すこのプログラムによって、米国へのコカインの流入が何らかの形で影響を受けたっちゅう証拠は無いっちゅう報告を出したんや。驚かへんかったで、なぜならその行動は、いわゆる麻薬戦争によっては正当化しようがないからやで、米国で生まれ育ったわしからすると、こう分かるんや:わしが知る限り少なくとも60?70年、わしの人生のほとんどの間麻薬戦争があってきたんやけど、わしは今日、5年前、10年前、15年前、20年前、25年前と同じくらい、わしが住んどるところから短い散歩圏内でそれらの麻薬を買えるんやで。麻薬戦争は一つの巨大な失敗やったんや。
ポイントは何やねん?わしが思うに、ポイントはMAGAの支持基盤を鼓舞することやと思うで、一種の応援団活動みたいなもんや、わしらは殺す準備ができとる、わしらは悪人と指定した人々を殺す準備ができとる、あるいは、わしらの大統領を引用すると、「悪いオンブレ」ってやつやな、それが彼のスペイン語の試みやで。よっしゃ、わしらは彼らを殺すんや、時間を無駄にせえへんで、まるで悪い西部劇映画みたいや、わしらは人身保護令状、マグナ・カルタ、米国内外の法の伝統に時間を無駄にせえへん、いや、いや、いや、わしらはそんなん認めへんで、ってな。ちなみに、スティーブン・ミラーや他の高官が他の文脈で言うてきたことと一致するんやけど、わしは内戦への移行、露骨な超法規的暴力でそれをやるっちゅう決定が既になされたと思うで、それはこの政府の最高レベルでなされたんや。それは、マイケルとわしが経済評価をする中で伝えとる以上に、危機がどれだけ深刻かの証と証拠やと思うで。
マイケル・ハドソン
リチャードが言うたことに反対でけへんわ。人々に代替案となる政策が提示されへんかったら、警察国家が出現すると思うで、必要なんは経済的教義と政策で、代替政策を提供して本質的に代替案があるって言うことやねん。わしの父は政治犯やったんや、ミネアポリスでのストライキ指導者で組合オルグやったんや、ミネアポリス17は、1941年の真珠湾攻撃の前日に、スミス法の下で投獄された最初の社会主義者やったんや。彼らは棚に社会主義の本を持っとったっちゅうことで有罪判決受けたんやで。わしは既にこれ全部見てきたんや:ルーズベルト政権下の司法長官は、それが彼がやったことの中で唯一恥じとることやって言うたけど、彼はそれをやったんや、なぜなら民主党は労働組合のコントロールを維持する必要があったからやで、ミネアポリス17みたいな社会主義的政策を労働組合が持たへんようにするためにな。ミネアポリスは、わしが思うに1930年代、世界で唯一のトロツキスト都市やったんや。、そう、わしはこれ全部を見てきたんや。問題は、ほぼ、まあ80年間、人々が投獄されてきたこの議論を、どうやって蘇らせるかっちゅうことやな。それは将来の機会のための長い議論やろな。
ロビンソン・エアハート
マイケルが約束に行かなあかんまで、あと10分くらいしか残ってへんのやけど。、締めくくる前に、あんたら二人に何か締めの言葉があるか聞きたいんやけど?
リチャード・D・ウルフ
一つ言えるで。世界の歴史は、帝国の興隆、進化、最終的な終焉の多くの例を与えてくれるんや、ローマ、ギリシャ、オスマン、ペルシャ、まだまだ続けられるけど、彼らの衰退期には、これらの帝国は常に選択を迫られるんや。わしは、その選択が今日の米国にも与えられとると思うで。わしは米国は偉大な帝国やと思うで、20世紀にそうなったんや、二つの世界大戦が全ての古い帝国を消滅させて、それを一種の遺産として米国に渡したからやで。わしは米国はそれ以来進化してきたと思うで、1945年以降、あるいはあんたが望むなら、大恐慌以来な。
せやけど、わしはそれがピークを過ぎて、今は衰退期にあると思うで。わしにとって、中国の台頭は、その方向への非常に強力な指標や。イランを迅速に制圧できひんかったこと、1年前、2025年6月と今回もまた、これも別のサインやで。BRICSの台頭も別のサインやし、ここ米国内での社会主義的代替案の台頭もまた別のサインやで。、わしの見方では、それは選択を迫られとるんや、他の全ての帝国が衰退期に迫られた選択と同じやつをな。わしは、衰退は避けられへんと思うで、世界史上どの帝国もそれを避けられへんかったんや、それを考えたら、米国だけがなんとかそれを回避したり避けたりできるって期待するのは不合理やで。選択とは何やろな?選択は、一方では、それを否定すること、その否定の中で生きること、あんたの衰退のあらゆるサインを、衰退のサインとしてやなく、破壊するためにあらゆる利用可能なメカニズムを使う必要がある、あんたの権威と力への挑戦として見ることやで。
わしは、他の政治家を抑えとるフィルターが欠けとるように見えるトランプ氏が、彼がイランを石器時代に爆撃し返してやる、とか、イラン文明を消し去ってやる、みたいな発言をする時、これをずっと言い続けとると思うで。せやな、これらは、わしが思うに、そうやろけど、状況がどう見られとるかについても何かを教えてくれるんやで。選択はそこにあるんや:否定して全てを圧倒的な力で対処せなあかん挑戦として見る代わりに、代替案と座って話し合うこと、それは新興の新しい帝国、わしらの場合それは中国やろな、あるいは平和を前提とした多国間グローバルガバナンスプロジェクトの一員になることかもしれへんな、そこでは米国は、中国や他の全員と一緒に、この惑星に共存するための共存共栄アプローチを見つけ出さなあかんことになるやろな。
わしが今言うたことをやるのが難しないとは言わへんけど、でもわしはみんなに、代替案が何かを考えてほしいんや。イランはたった一つの小さな国や、それが米国を妨害する能力、米国を、この3日間、冗談抜きに、ミサイルが、あるいは特定の種類のミサイルが尽きたって見出しが出るような地点まで追い込んだこと、わしらは奇妙な敗北の一世紀に直面しとるかもしれへん、それはわしらに予告してくれとったんかもしれへんな。米国はベトナムで負けた、アフガニスタンで負けた、イラクで負けた、イランで負けつつある、これらはヒントやで、それはわしらに高くつくことになるやろな。
それと比べたら、習近平を脅すよりも彼と座って話し合う方が賢明な選択やないやろか、イランの指導部を脅し続けるよりも彼らと座って話し合う方がな?わしらは後者の反応をどれだけもっと見ることになるんやろな?歴史的な類推を使わせてもらうなら:100年前にできたことは、たぶん今はもうでけへんで、50年前にできたことも、たぶん今はもうでけへんのや。もしそれを理解せえへんかったら、もし新しい条件を吟味せえへんかったら、あんたは恐ろしい行き止まりに向かって突き進んでしまう可能性が高いんや。ヨーロッパは北米、オーストラリア、南アフリカ、ニュージーランドで入植植民地主義をやれたけど、それは2、3世紀前にせなあかんかったんや。イスラエルは今パレスチナで入植植民地主義をやろうとしとるんやけど、それが結局ジェノサイドに終わっとる理由は、もう今それはでけへんことやからやで。彼らはそれに向き合いたないんや、彼らは否定の中におるんや、それが彼らを、今後見通せる将来にわたってイスラエル人を苦しめることになる方向に連れて行っとるんや、それが同時に彼らの犠牲者たちを、世界規模で、苦難を経た英雄・ヒロインにしてしもたにもかかわらずな。そういう未来がわしらを待っとるんや、もしわしらが今の本当の選択が何かを理解せんと、正しい選択をせえへんかったらな。
マイケル・ハドソン
わしは米国もヨーロッパも、自発的により良い世界秩序に参加するとは思わへんな。わしは彼らは両方とも最後まで戦うと思うで、それが彼らのメンタリティやからな。わしは新しい国際経済秩序が発展すると思うで、なぜなら1950年代以来初めて、インドネシアでのバンドン会議での最初の試みがあった時以来初めて、初めて臨界質量があるからやで。代替案があるんや、その代替案は中国によって提示されて、今ロシアとイランが加わっとるんや。
これはおそらく、来年にかけて設計・提案されることになるやろな、彼らがトランプのロシアとイランへの戦争、ベネズエラも言えるやろけど、が引き起こした危機によって代替案を発展させることを強いられていく中でな。わしは、この代替案が世界史が進んでいく方向やと思うで、けどそれは米国とヨーロッパを置き去りにすることになると思うで。中国の主席とロシア外相ラブロフの演説を読むと、わしは彼らがヨーロッパとアメリカを見限ったと思うで、ほとんどの国は、単独で行く方が楽やって気づくことになると思うで。アメリカ人はネオリベラリズムにあまりにも囚われとるから、彼らはこれ全部に対して戦い続けて、置き去りにされることになるんやで。
ロビンソン・エアハート
あんたら二人は絶対に素晴らしい、補完的なコンビやな、わしはいつも個別にあんたらと話す機会を得られるのがめっちゃ嬉しいんやけど、あんたら二人一緒にすると、さらに素晴らしいご馳走になるんやで。改めて、今日わしとミーシャのポッドキャストに参加してくれて、ほんまにありがとうな。
リチャード・D・ウルフ
あんたの犬が、わしらが言うたことの一部が眠って過ごすくらいには価値あるって思いつつも、残りは目を覚まして注意払っとるみたいやったの見れて嬉しかったで。
ほんまにありがとうな、ロビンソン、こういう会話とアイデアをもっと大きな公衆に届けようとしてくれてることに感謝しとるで。
マイケル・ハドソン
わしらは、わしが望むに、長く続く議論の土台を築いたと思うで。絶対にな。

